★第2話★

「待たせてしまって、ごめん」
シンプルなコートを羽織ったセシルが、フリオニールに駆け寄ってくる。
ふわふわと銀色が舞っている。その姿にまたもや見とれてしまった。

おもちゃ屋の中は、クリスマスプレゼントを買いに来た客でごった返していた。
女の子向けのぬいぐるみや人形、男の子向けの模型やスポーツ用品。
店の中にはなんでもそろっていた。
「君が言っていた模型ってこれのこと?」
線路の上を走る列車が飾られている。
「よくできているね」
目を輝かせながらセシルが言う。
「この模型がダムシアンでは一番もてはやされているんです」
「こんなにたくさん種類があるんだね・・・
 君に来てもらってよかった。僕じゃ選べなかったよ」
「俺は、駅舎で働いているから、列車には詳しいんです」

フリオニールは展示されている模型を指さしながら言う。
「あれが、あなたが乗ってきた旅客用の列車、あれが貨物用・・・」
「ふーん」
「これが軍用で・・・これは王族専用車。この車両にバロン王が乗るんです」
「・・・」
列車に興味を持っていたセシルだったが、フリオニールが最後に指をさしたその列車を見ると、ふと視線をそらした。
「?」
フリオニールはいぶかる。
セシルはすぐに笑顔を取り戻して
「じゃあ、旅客用にしようかな。ダムシアンに来た思い出もあることだし」
特に迷うことなく、買い物を終わらせた。
本当はクリスマスになんか興味がないのかもしれない、とフリオニールは思った。
支払いと配送の手続きをするセシルの後姿を見つめる。

「よかった。君のおかげでダムシアンに来た目的は達成されたよ」
セシルは何かから解放されたような明るい表情を見せた。
「買い物ついでに、君にお礼をさせて欲しいな」
「そんな。昨日一緒に食事ができただけでも、俺は・・・」
「せっかくの休暇を僕のために使ってくれたんだから、
 昨日は昨日、今日は今日でお礼をするよ」
すみれ色の瞳が優し気に微笑む。

「君のために洋服をあつらえたいと思うよ」
急な申し出に、フリオニールはとっさに断ろうとした。
「この服、かなり擦り切れてしまっているよ。
僕、ダムシアンで服を作ったことならあるから、店は知っているんだ。
今度は僕が案内するよ」
そう言いながら、セシルはフリオニールの手を引いていった。

セシルが入っていったのは、ダムシアンでも老舗の洋品店だった。
セシルが足を踏み入れると、店の従業員はうやうやしく頭を下げ、奥の貴賓室へと案内した。
理由をつけて帰ろうとしていたフリオニールだったが、これでは断れないと慌てていた。

生地の見本が並んでいる。
「どれにしようかな。少し時間がかかりそうだから、決まったら呼ぶよ」
セシルは慣れた口調でそう言うと、フリオニールと二人を残してテーラーは室から出ていった。
「君って、僕と正反対だから、どういうのが似合うかわからないなぁ・・・」
思案しながらセシルがフリオニールを見つめる。
「セシル、俺、本当にいいんです。洋服なんて・・・」
「遠慮なんかしないでよ・・・
 この服を着て、今度は君から僕を訪ねてきてほしいんだ・・・」
そういって寂しそうに微笑む。
すみれ色の瞳が伏せられると、フリオニールは何も言えなくなった。

「君って、立派な体をしているねぇ・・・」
しげしげと見つめられる。
セシルが好みの記事をフリオニールに充てながら言う。
「浅黒い肌・・・太い首筋・・・胸も・・・鉄道の仕事って、こんなに鍛えられるものなんだね」
首から胸にかけて白い指先に撫で下ろされる。
「腕もこんなに・・・」
くすぐられるように触れられて、フリオニールはおかしな気持ちになりそうだった。
少しかがみ込むようにして、自分の体を眺めているセシル。

その銀色の髪が胸に触れる。
そこから漂う甘い香り。
無意識のうちに、その髪に指を絡めていた。
撫で下ろすようにそっと触れる。
セシルは気づいているのに顔を上げない。
フリオニールの指が頬に触れようとしたとき、セシルはふと離れた。
セシルの体温を感じ、胸が高鳴っていたフリオニールは部屋の温度が急に冷えたように思えた。

気に障ったのだろうか。声をかけようとしたとき、セシルが言った。
「生地を決めたよ」
何事もなかったかのようににこりと笑う。
呼び鈴を鳴らし、テーラーを招き入れる。

セシルはフリオニールから離れたところに設置されているソファに座り、
採寸されている様子を眺めていた。
姿勢よく立つフリオニールの体に素早くメジャーを当てていく。
採寸が終わったころには日が傾いていた。
「明日にはバロンに帰らなくちゃ・・・」
ぽつりとセシルが言う。
セシルが発する「バロン」という言葉は、どこか悲しみが込められているように思われた。

「フリオニール、クリスマスの休暇に予定はある?」
「・・・いや・・・何も・・・」
「それじゃあ、僕の家に遊びに来てよ」
なぜ、この人は俺に執着するのだろう。
旅行先で目が合っただけの人間に、何を求めているのだろうか。
しかし、セシルから発せられる言葉はフリオニールにとって、
何か啓示のようにすら思えた。
「君はバロンを好まないと思うけれど・・・
僕の家は郊外にあって、自然がいっぱいで気持ちの良いところだよ」
そう言いながら、セシルはフリオニールの目をのぞき込む。

その瞳に見つめられると、正常な判断ができなくなってしまう。
「あなたがかまわないのなら・・・」
「それじゃあ、来てくれるんだね。君の家に切符を届けるよ。
 バロンにつく頃に迎えに行くから、きっと来てね」
弾けるような笑顔で言われて、フリオニールもつい頷いてしまった。

セシルは来た時と同じように、列車の一等車両に乗り込んで帰っていった。
磨きたてられた靴。
毛皮のついたケープにはバロンの紋章。
手の届かないような貴族の紳士然としているセシルは、
フリオニールに微笑みながら小さく会釈をすると、車両の中へ消えていった。

フリオニールは不思議ないきさつを思わずにはいられなかった。
従業員向けのアパートに帰り、セシルのいない日々に戻ろうとしていると、
宅配業者がひっきりなしに来ることに気が付いた。
最初は、セシルのあつらえたスーツと靴。
次には、バロン滞在用に大きなトランク。
フリオニールの家にあるものをすべて詰め込んでもまだ余るくらいの大きさがある。
そして、日用品やめったに目にかかれないようなワインまで届いた。
ワインケースには、カードが入っており、セシルの字でメッセージが書かれていた。

『いろんなものを突然送り付けてすまない。
 バロンに来た時に必要なものを送っておいたよ』

セシルからの贈り物を紐解き、一つずつ身に着けてみる。
そして、曇った窓ガラスに姿を映してみる。
すると、どこから見ても、バロン貴族のような出で立ちをする自らの姿を見出した。
この姿なら、バロンの軍事地域ですら、検問に身分証を呈示しなくて済むだろう。
これはセシルの心遣いなのか、何かの陰謀なのか、フリオニールは思案しようとしたが、もうすぐセシルに会えるという高揚感がものを考えるのを妨げていた。

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