★天国へ続く階段★

飛竜の背に跨り、カインは夜の中を天高く飛んでいた。
頬に風を感じる。
目をつむると、燃え上がったミストのオレンジ色の炎が目の裏側に浮かび上がった。
その熱気が頬を焼くようだ。
そして、業火の中で立ち尽くすセシルの姿を反芻した。
自分に助けを求めようと振り返るその姿。
そして、セシルは自分を見る。
その怯えた表情。

そこまで思い描いて、カインは瞳を開けた。
そして、こうしてダムシアンへ向かいクリスタルを奪おうとするまでに至った道のりを思った。
あの日、ゴルベーザの手を取ってからというもの、カインは自分の身の中に恐ろしいほどの自由を感じていた。
ゴルベーザに出会わなかったら、自分は竜騎士団長として、陛下に従い、セシルが陛下の下で飼い殺されるところを歯ぎしりしながら見ていただろう。
だが、今は違う。

ミストへ行くこととなった前の晩、カインはバロン城の庭へ出た。
王の執務室から灯りが消える。
遅くまで仕事をしていた陛下が、就寝するので、灯りを吹き消したのだ。
それを見計らい、カインは陛下のいる部屋の窓辺へジャンプした。
窓枠をはずして中へ入る。
すでに陛下は廊下へ出たようだ。部屋は空っぽ。
音を立てずに廊下に出る。
すぐに、陛下の後姿を見つける。
恐ろしい速さで駆け寄り、剣を抜く。
剣が鞘から出る時、カインは陛下へ向けて殺気を放った。
その気配に陛下は振り返る。
陛下の顔がこちらへ向く前に、剣は陛下の心臓に刺さった。
「誰だ・・・お前はッ・・・ッ!」
剣を突き立てた衝撃で、カインからは、姿を隠すために羽織っていた黒いマントが落ちる。
「・・・カイン・・・お前か・・・」
陛下の口から血が溢れ出る。
叫びを上げるかと思いきや、陛下はその唇に笑みを湛えた。
まるで、カインの心を読んでいるかのように。
陛下の瞳に暗い炎が宿る。
―私はお前を咎めない―
あの日、そうカインに告げた時と同じ瞳。
陛下の体が廊下に落ちる。
カインはその体を見降ろした。
窓辺にちらと視線をやると、細く欠けた三日月が浮かんでいることに気が付いた。
今日は満月ではないのか。
狂気を増幅させるという満月。
しかし、その助けなしに、自分は王に刃を向けるまでとなった。
一瞬の眩暈。
その時、カインは自分の肩に大きな手が置かれていることに気が付いた。
驚いて振り返る。
「・・・ゴルベーザッ・・・」
「いつかはこうなると思っていたが、いささか早すぎはしないか・・・?」
落ち着き払ったゴルベーザの声が響く。
「この死体をどうするつもりだった?」
その声の中には呆れが含まれている。しかし、どこまでも冷静だった。
陛下の体を黒い炎が取り囲む。
それが全身を焼き尽くしたかと思うと、陛下の姿は消えた。
「明日はミストへ行くのだ。はやく休め」
命令するような口調で、ゴルベーザは言い残し、すっと消えてしまった。
何もかもお見通しということか。
陛下にも、ゴルベーザにも。
カインは面白く無さそうな顔をしたが、それでも、計画は着実に進んでいることを思うと心が躍った。

―もうすぐだ。セシルを手に入れるまで、あと少しだ―

ダムシアンに侵攻したカインはクリスタルを奪い取った。
もう邪魔をする陛下もいない。
しかし、ゴルベーザはどうするつもりなのだろうか。
陛下の世界征服を食い止めようとしているはずのゴルベーザだが、その陛下が死んだとなると、この集めたクリスタルをどうするつもりだろう。
どっちみち、陛下を殺してしまった以上、もうバロンにいるつもりもない。
世界の終焉を、ゴルベーザと共に見下ろすこともいいかもしれない。
カインは自嘲的な笑みを浮かべると、淡い光を発するクリスタルの輝きに魅入った。

そして、今度はファブールのクリスタルが目標となった。
今度の敵は手強い。
飛空挺を操り、今はゴルベーザの操り人形となってしまった赤い翼の兵士達が艦内で動き回るのを尻目に、カインは甲板で物思いにふけっていた。
ファブール周辺での斥候から電信が入る。
どうやら、セシルはファブール城にいるらしい。
バロンの兵士達がクリスタルを強奪しに来ることを知ったセシルは、クリスタルルームに閉じこもり、籠城作戦をするという。
―それでは、おそらく・・・―
カインは少しぼんやりとしている頭を働かせにかかった。
―おそらく、セシルと剣を交えることとなる―
陛下がいない今、セシルの身空は自由だった。
むしろ、バロンに背いた反逆の徒として扱われていた。
―一体、この事の成り行きはどうだろう―
ゴルベーザと出会う前、セシルに近づこうとする自分の行動を、全ての障害が阻んでいるように思えた。
セシルに触れる寸前で、陛下に、陸兵隊に、暗黒剣に、阻まれてきた。
しかし、今となっては、その障害どもはセシルに続く道を歩いて行く自分に、その道を譲るようにさっと消え失せた。
これは何かの罠なのだろうか。
ゴルベーザの計り知れないすみれ色の瞳を想った。
きっと、あいつは俺を破滅させるに違いない。
しかし、こうなった以上、他に歩むべき道もない。
カインは、ファブール城の城壁前に降り立った。

赤い翼の砲撃が城壁を直撃する。
石造りの固い門は、徐々に崩れて行った。
城へ突撃する。
モンク僧たちは、バロンの兵士たちに次々にやられていく。
アンデッドと化したバロン兵に勝てる人間などいるはずもない。
ファブールの王の間を抜けると、クリスタルルームの扉を開く。
その中には少数の兵士と、セシルが剣を構えて待っていた。
カインの姿を目にしたとたん、セシルが動揺して叫ぶ。
「・・・ッ、カイン!・・・」
その目が訴えかけている。なぜ!
カインとセシルは向かい合った。沈黙が流れる。
その間にもなだれ込んだバロン兵が、セシルの仲間たちに襲いかかる。
剣が交わる金属音と呻き声が上がる。
今にも剣を降ろしてしまいそうなセシルに、カインは突然ジャンプで攻撃を始めた。
槍を握り直す時のカインの表情に、セシルは旋律していた。
カインの攻撃を交わさなくては、セシルは頭では思っていた。
しかし、体が言うことを聞かない。
天上へ舞い上がったカインが、急降下してくる。
槍がセシルを襲う。
セシルは体に槍が食い込んでくるのを感じていた。
一瞬のことで、痛みはまだ来ない。
その時、兜の中で二人の目が合った。
苦悩に揺らぐセシルの瞳。そして、セシルはカインの瞳を見た。
「カイン・・・その目は・・・」
それは声にならなかった。
セシルの体がクリスタルルームに沈みこむ。


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