★二人の奴隷★

カインは気が付くと、黒い甲冑の男と向かい合わせに座っていた。
今まで竜騎士団の兵舎の中で一人作戦を考えていたはずだ。
しかし、ここはどこか見知らぬ、機械仕掛けの部屋のようだ。
操作パネルやパイプ、鉄骨などが複雑に入り組んだ壁が目に入る。
そして、目の前にいるこの男は一体・・・?
突然のことで何が何やら分からないでいると、男が口を開いた。

「驚いても取り乱しはしないのだな。さすが、最年少で竜騎士団長になっただけのことはある」
揶揄するような口調で低く呟かれる。
「お前はいつでも、あの男、セシルのことを考えているのだな」
セシル、という言葉を聞いて、カインはハッとし、男を厳しい顔で見据えた。
「セシルにはミストへ向かっている」
まるで独り言を喋るように話し続ける男。
カインはこの男に隠し事は無用だと思った。
「残念なことに、セシルはバロンを裏切った」
男は信じられないようなことを言った。
「セシルを追いかけ、息の根を止めて来い。バロン王陛下の命令だ」
カインの思考を支配するかのような息吹が全身を駆けまわる。
この男は一体自分に何をしているのだろう。
カインは考えようと思った。

しかし、一度瞬きをすると、先ほどの通り竜騎士団の兵舎の中に自分がいることに気が付いた。
白昼夢だろうか。
そう思うと、急激に記憶は薄れ、あの男がどのような形態をしていたのかも忘れ去られてしまった。
忘却によって開けられた空白に、カインは一つの映像を見た。
セシルがその銀色の髪を揺らして、走り去っていく後ろ姿。
セシルはバロンを裏切った。
そして、逃れて行く。
徐々に小さくなっていくセシルの背中。

今すぐ、セシルを追いかけて、息の根を止めなければ。
カインは思った。
バロンを裏切るということは、すなわち、俺を裏切ることだ。
映像の中のセシルがこわごわとこちらを振り返る。
怯えた瞳。
思えば、いつもセシルは窺うようにこちらを見た。
従順なふりをして、逃げる隙を窺っていたのか。
カインの怒りは燃え立った。
逃しはしない。
追いかけて行って、必ず捕まえてやる。
俺から逃れられると思うな。

カインは唐突に槍を掴んで立ち上がり、セシルの行った道を走りだした。
洞窟を抜けて、ミストへ辿り着くと、そこは大火事が起きたような散々な有様だった。
建物は全て焼け焦げ、黒い炭になってしまっている。
生存者が瓦礫の下敷きになったものを助け出そうとしている。
セシルは・・・?
この村を焼いたのはセシルだろうか。あのセシルがこのようなことを?
この惨事は自分への当てつけのなのだろうか。
半分焼けてしまった家屋から、軽傷を負った小さな子供が出てきて泣いている。
―これが当てつけだとしたら、セシル、お前はまだ甘い―
俺が同じことをするなら、こんなちっぽけな家もこの子供も、存在していたことすら気付かせないほど焼き尽くしてやる。
後に何も残らないほど、燃やし尽くしてやる。
カインは見ず知らずの子供に冷酷な視線を浴びせ、立ち去った。

村の奥の方に砂漠へ続く道が見えてきた。
もしかしたら、セシルはカイポへ行ったのではないか。
生存者の中にセシルがいないことを確認すると、カインはカイポを目指した。

砂漠を歩き詰め、カイポの村へ辿り着く。
宿屋を当たってみると、セシルの姿を見つけた。
「・・・!・・・カイン!」
カインの姿を視界に入れると、セシルは華やいだ顔をした。
「お前、なぜ裏切った?」
「カイン、何を言っているんだ」
ミストを焼いたのは陛下だ、セシルが主張した。
ところがカインは持っている槍を構えると、表へ出ろと言い放った。
カインは何を誤解しているのだろう。

砂漠の中で、カインを対峙する。
「俺から、逃れられると思うなよ」
「カインッ・・・」
「問答無用!」
カインが空に舞い上がる。
なぜ、こうまでして自分を陥れようとするのだろう。
カインの槍を交わす。
その槍をはたき落とそうと、セシルは攻撃を繰り出す。
一進一退の攻防を繰り返していると、カインが鋭い突きを入れてきた。
セシルのわき腹を掠める。
バランスを崩したセシルに、さらに追い打ちをかけるかのようにカインの槍が襲う。
ここまでか。
自分は理由も分からず、カインに殺される。
しかし、カインの手で殺されるのなら。
覚悟を決めて、最後の突きを受け入れようとしていると、カインは突然持っていた槍を取り落とし、その場に倒れ込んだ。
「・・・カイン?」
動かなくなってしまったカイン。
一体どういうことだ、カインは混乱しているのだろうか。
少し警戒しながら、カインに近づいてみる。
すると、額から汗を流し、苦しげに呻いていることに気が付いた。
抱き起こし、兜を脱がせてみると、酷い熱病にかかっていることが分かった。
こんな状態になってまで、自分を殺すためにカイポまで来たのか。
カインの考えが読めなかった。

カイポの住民の厚意で、民家のベッドを一台借り、カインをそこへ横たえた。
息をするのも辛そうなカインの顔をセシルは黙って見つめていた。
カイポの医者はダムシアンに出向いており、不在だった。
医者の帰りをじっと待っている。
セシルはその医者が帰って来なければいいと思っていた。
医者がカインの病をいやしたのなら、きっとカインは自分に再び刃を向けてくるのだろう。
セシルはカインから滴り落ちる汗を冷やしたタオルで拭いながら思っていた。

数日たっても、医者はカイポに戻らない。
セシルは不眠不休でカインの看病に当たっていた。
村の住人はセシルの献身的な様子に心を打たれていた。
同胞があのような病気になったらさぞ心配だろうに。
住人達はその実、カインのかかったこの恐ろしい熱病を、移されることを恐れ、看病の手が自分たちに回って来ないことを喜んでいた。

セシルの方でも献身的な身ぶりはすれど、カインの病を軽くするためには働いていなかった。
零れる汗を拭きはするが、その熱を冷ます術は知らなかった。
日を追うごとに顔色が悪くなり、土気色の死相まで浮かびあがって来そうなカインを見やった。
整った形をした唇は乾燥し、荒れていた。
そこから、辛そうな呼吸が聞こえてくる。
カインはうっすらと目を開けた。
その瞳はセシルの様子を伺うようだった。
先程の戦いで、セシルにいきなり刃を向けた自分が、セシルの前に力なく倒れ込んでいる。
セシルは自分を殺そうとしているだろうか。

セシルはその表情に見覚えがあった。
カインの動向を恐々と伺う、以前の自分の表情と同じだった。
今度はカインの方が、セシルを伺っている。
畏れ、機嫌を取ろうとする奴隷の表情。
それに気が付くと、セシルはカインの乾いた唇に夢中で口付けを落とした。

★☆★☆★
形勢逆転

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