★魔王降臨★

トロイアに来て、1週間ほど経った時に、このパブの薄汚いドアを開けて、ローザが入ってきた。
僕みたいな人間と、最も隔たった所にいるはずのローザだったけれど、僕を追いかけてここまで来たらしい。
ローザは少し怯えた目をしていたけれど、僕を探し出そうとする執念が瞳の中に燃えていた。
僕を目に移した時、ローザは安心したのか、探していた獲物を見つけ出して昂奮したのか、急に自信を帯びたその表情が妙にきれいだったことを覚えている。

ローザは僕に優しくしてくれた。
ステージの上で、バカみたいな恰好をして歌って、解放感と同じだけの絶望を同時に味わう僕を慰めてくれた。
ローザは言った。
「あなたの声が好き。でも、あなたの歌は嫌い」
細くてきれいな指が僕の髪を梳く。
「あの人の作る歌は嫌い。あなたはもっと、優しくて明るい歌を歌うべきよ」
ローザはギルバートのことを嫌っている。それでも少し悲しい顔をして
「あなたに必要なのは優しい歌じゃなくて、あの人の歌だってことはわかってるわ。あなたに本当に似合うのは、あの人の歌だもの」
と言って、僕を肯定してくれた。
そして、そのまま同じベッドで眠りに就いた。ローザは僕の頭を抱え込むように優しい腕で包み込んでくれた。
ローザのふわふわした胸に抱かれる。
僕はローザの心臓の音を聞きながら眠りに就いた。
ローザが傍にいてくれる時は何の夢も見なかった。恐ろしい幻影を忘れさせてくれた。

そうやって、僕たちがまどろみの中を漂っていた時、ギルバートが荒々しくドアを開けて入ってきた。
「いつまで寝ているんだ。起きろ」
僕のおでこをパシッと叩くと、怖い顔をしたギルバートが言った。
「これに着替えろ」
服を投げつけられる。それは僕が一番嫌いなステージ衣装だった。
薄い青のレースの服で、ほとんど透けていた。着る意味があるのかもわからないくらい、何も隠されていなかった。
「どうして急にそんなことを言うの?」
僕は口答えした。ギルバートは僕を睨みつけながら言った。
「今日はお前に音楽プロデューサーを紹介する。うまく取り入れば君は成功するし、失敗すればそれで終わりだ」
のろのろと着替え始める僕を小突きながら、ギルバートは彼らしからぬ不機嫌な様子で言った。
「せいぜいうまくやるんだな」
吐き捨てるように言う割に、妙に優しげな手つきで僕の顔に化粧を施してくれた。

出かける支度が終わると、ギルバートはどこから呼んだのか、ストレッチリムジンを1台用意していて、一番後ろの座席に僕を押し込んだ。そして、ギルバートはその音楽プロデューサーのことを教えてくれた。
彼いわく
「このトロイアで彼を知らない人はいないくらい、影では有名な人だ。その人はいつもバロンと呼ばれている。男爵、という意味。彼は本当に貴族の血筋と噂されているが、本当かどうかはわからない。今までに彼に気に入られた人は全世界で売り出されて、発売されたCDは400万枚売れた。逆に気に入られなかった人は存在を抹殺されて、戸籍から何まで奪われるんだ」
ということだった。
僕は昔映画で見た、ゴッドファーザーを思い浮かべていた。
「こわい人。それで、ギルバートもその人を恐れているの?」
ギルバートは神経質そうに爪を噛んでいた。僕のその言葉に一瞬ムッとしたらしいが、無視したみたい。
「君は良かったな。失うものがなにもなくて。首尾よくやれ」
リムジンはトロイアで一番豪華なホテルの前に止まった。
VIPルームに連れて行かれると、広いダイニングに、一人の男の人が座っていた。
「こんにちは」
僕たちに、気さくにあいさつをしてくれた。悪い人には見えない。たぶん。
ギルバートはさっきまでの不機嫌が嘘かの様なさわやかさで挨拶を返した。
「やあ、セシル君だね?」
僕がハイ、と返事をすると、満足そうな顔をして、僕の頭を撫でた。
「君の生い立ちはギルバートから聞いているよ。随分大変なことがあったんだね」
同情しています、という表情を作って、更に僕の髪を執拗に撫でている。
この人は僕のことをどこまで知っているのだろう。僕が生まれた時のことを知っている人は少ないはずだ。
「君たちに料理を振る舞ってあげよう。さあ、座りなさい」
バロン、と呼ばれている人はずっと一人でしゃべり続けていた。
僕たちはテーブルに着く。
すぐにドアがノックされ、給仕の係が皿を運んできた。
次々に出されてくる料理。
僕は久しぶりにおいしい物を食べられてうれしかった。
あのパブで食べさせられるものは何か変な味がしたり、変な匂いがしたり、あまり良いものではなかった。
子供用にアレンジされたケチャップ風味のソースが掛った肉をナイフで切っていると、バロンは僕に問いかけた。
「その肉、おいしいかい?」
何かそわそわとした顔をしている。
「ええ、とても」
僕はにこりと笑った。
「それが好きかい?」
僕の笑顔を見ると、バロンは頷いた。
「そうか。じゃあ、それが何の肉かわかる?」
ナイフを動かすのをやめずに、僕は考え込んだ。牛でもないし、豚でもなさそうだ。
「それはね、君のお父さんの研究所で死んでいった、クローンの肉だよ」
バロンは切なそうな顔をして言った。
「君のお父さんってば、腕が三流だから、クローンをどんどん殺していったそうじゃないか。かわいそうにと思ってね。私は唯死んでいくクローンに意味を与えてやろうと思って、食べることにしたんだ」
遠くを見るような目で続ける。
「君も気に入ってくれたようでうれしいよ。君のご兄弟も皿の上で喜んでいるね」
全部聞き終わるか終わらないかの内に、僕は食べたもの全てを吐き出してしまった。
テーブルから転げ落ちるようにして、床に全てを吐き出す。
涙まで出てきた。
「君は兄弟の肉を吐き出すというのか!?料理人にも失礼と思わないのか。古代ローマの貴族のようだ。素晴らしい」
バロンは胸が悪くなりそうな笑い声を上げた。
僕は泣きながら、やめろ!と叫んだ。
ギルバートはその様子に目を反らしている。彼は肉の皿に手を付けていない。
僕が泣きやまないのを見て、バロンは楽しそうに言った。
「おやおや。冗談だよ。いくら私でも、そんなことはしないさ。驚いたかな?」
悪戯を成功させた子供のような無邪気さで、バロンは笑った。
ギルバートを初めて見た時、この人は悪魔だって思ったけれど、バロンの話を聞いた時、この人は魔王だと思った。

★☆★☆★☆★
セシル「ギルバートさんは本物の悪魔だァー!ゴートゥーDMC!」

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