★来訪者★

ダムシアンがバロンに襲われたという事実を確かめるために、セシルは城まで来ていた。
崩れてしまった城壁、そして、焼けてしまった城内を見渡しながら、小さなリディアは恐ろしくなり、セシルの手を握る力を強めた。
王はこの侵略で命を落としたと聞いている。
ダムシアンには王子がいたはずだ。第一王位継承者ギルバート。
ギルバートに会って、バロンの様子を詳しく聞きたいとセシルは思っていた。

ギルバートの所在を聞くと、大臣たちの表情は曇った。
クリスタル強奪の唯一の目撃者であるギルバート。彼の話を聞かないことには、事の真相はわからなかった。
大臣はセシルを聖堂に案内する。
言葉を濁しながら、あまり有益な情報は得られそうもない、とういうようなことを口にしていた。
セシルはその様子に疑問を抱きながら、後を付いていく。

聖堂の扉が開く。
火が放たれても焼けることの無かったステンドグラスから光が差し込んでいる。
聖人の絵が光に浮かび上がる。その黄色の光が聖堂の中を優しく包んでいた。
城が焼けても、芸術の都と言われるにふさわしい荘厳さに、一同は目を奪われた。
しかし、その光の下にいる人影を見て、全員は息をのんだ。
「ギルバート王子です・・・」
大臣はそう言うなり、下を向いてしまった。

ギルバートは侵略の際に、負った目の火傷を包帯で包んでいた。
頬には黒色の火傷のあとが残っている。
聖堂に作られた階段に腰をかけ、竪琴を抱きかかえるようにして奏でている。
どんな表情をしているのかはわからない。
「あの惨劇を目の当たりにして、王子はこうなってしまったのです・・・」
大臣が目を覆った。
リディアはギルバートのその様子が恐ろしくて、セシルの後ろに隠れた。
セシルもギルバートを視界に入れた瞬間、ハッと息を飲んだ。

しかし、話しかけてみないことには、始まらない。
そう思いなおして、ギルバートの下へ進んで行く。
リディアは握っていたセシルの手を離し、その場に残った。
「ギルバート王子・・・」
セシルが呼びかける。
しかし、ギルバートはまるで気づいてもいないかのように竪琴を奏で続けている。
短調で奏でられるその曲は、荒涼とした大地に吹きさらす冷たい風のように悲惨で空恐ろしく聞こえた。
ギルバートの乾ききって、切り傷のある唇が小さく動いている。
何か話している・・・?それとも歌を・・・?
セシルはギルバートの口元に耳を寄せた。
「光が・・・光・・・・ひかりが・・・」
かすれて弱弱しい声が聞こえた。
「光、ですって・・・?」
セシルが復唱する。
「竜が、光を・・・・ひかりを・・・」
ギルバートの指が震えだす。
竪琴の弦を引っ掻くように爪が不調和音を立てる。
弦が聞くに堪えない音を立てると、セシルは驚いて身を固くした。
ギルバートの爪は割れ、血が滴っている。
「うわあああああぁぁぁああ」
竪琴を床に落とすと、ギルバートは突然叫び出した。
セシルはびくっと体を震わせる。
竪琴が飾り階段を落ちて行く。ギルバートは我を忘れて、目を掻きむしった。
「いけないッ」
セシルが止めにかかる。
「ああぁぁぁあああぁ」
喉が張り裂けそうな声。暴れるギルバートの爪はセシルの手を傷つける。
ギルバートの指が顔を覆っている包帯に引っかかり、その布地を落とした。
セシルはギルバートの目を見た。
その様子に絶句し、後ずさりをしてしまった。
ギルバートは叫び声を収めると、取り落としてしまった竪琴を探しに這いだした。
膝を使って、階段を下りて行く。
セシルの脚は震える。
竪琴を取りに行って、ギルバートに渡さなければならない。
セシルは考えた。しかし、あまりの出来事に体が動かないでいた。
ギルバートが階段から落ちる。
その時、指先が竪琴に触れた。
この世に唯一残った大事なものを慈しむように、竪琴を拾い上げると、また演奏を始めた。

リディアがきつく目を閉じ、耳を手で覆っている。
セシルは、ギルバートの様子も、幼いリディアが怯える様子にも、いたたまれなくなってしまった。
リディアの下へ駆け寄る。
セシルが近くに来ると、リディアはセシルの腰元に抱きついた。
緑色の豊かな髪を撫でる。
セシルはギルバートと会話をすることを諦め、聖堂を後にした。

大臣が聖堂の扉を空け、客間へセシルとリディアを案内した。
「王子は残念ながら、もうこの世の人間ではありません」
渋い表情をして、絞り出すような声を出した。
二人は何も言わずに、ただ聞いていた。
「竜が光を、と言って、うなされるのです」
絶えず、光がと言っていたギルバートの様子を思い出していた。
「どうやら、我が城のクリスタルを奪ったのは、バロンの竜騎士のようだと、皆は噂しています」
光、それはクリスタルのことだったのか。
そして、バロンの竜騎士とは、きっとカインのことだ。
カインがこんな厄災を招いたとは・・・
セシルの心は沈みこんだ。
大臣は、城で起こったことを、どうか口外しないように、と告げると、ダムシアン城を後にするセシルとリディアを見送った。

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