★エブラーナの密偵★

ミシディアの老人の手記に記載されていた、聖なる力について調べるため、俺はエブラーナで密偵を雇った。
バロン城へ侵入させ、地下書庫にある禁書を取りに行かせるのだ。
昔に封印された術があるというのは聞いたことがある。
陛下が父を殺さねばならなかった理由。父は禁を破ったのか。それで罰せられて?

何日もかけ、密偵には城へ忍び込んでもらったが、結局、聖なる力についての書物を発見することはできなかった。
聖竜騎士という単語も、地下書庫には無かったらしい。
代わりに、聖なる力と対極の力、暗黒についての資料を持ち帰ってみた。
俺は少し落胆しながら、その報告を聞いていた。

大昔に、人間の体に暗黒の瘴気を封じ込めた杭を打ち込み、体に闇の炎を流し込む。
そして、その力を操り、体から瘴気を自由に出せるようにするため、杭に暗黒の鎧を固定させる。
悪魔の騎士団。
杭を打ち付ける時のあまりの痛みと苦しみに、ほとんどの者はショック死した。
しかし、適合出来た者は、悪魔の力を自由に使い、その身が粉々に砕けるまで戦いに昂じた。
その力に対抗できる者はなく、暗黒騎士を作り出すことができれば、戦争の勝利者になるのは間違えない。
しかし、あまりの禍々しさに暗黒の施術は禁止され、その術式はバロンの地下書庫に封印された。

そして、驚いたことに、陛下はこの暗黒騎士を再興させようとしているらしい。
あろうことか、最初の被検体として名が挙がっているのはセシルだというのだ。
「馬鹿な!そんなはずがあるか」
俺はエブラーナの密偵に吐き捨てるように言った。
「俺にそんな風に詰め寄られても困る。これは俺が城で掴んだ情報の全てだ」
黒い布で覆われた不気味な顔の密偵は、俺から報酬をふんだくると、さっさとエブラーナへ帰って行った。
陛下の言うことを聞かずに近衛兵になることを拒み、陸兵隊に入ったセシルに対する充て付けか。それにしてはあんまりだ!

俺はすぐにセシルの塔へ行った。
そして、暗黒騎士の話を持ちかけると、驚いたことに、セシルはそれを既に知っていて、承諾済みなのだという。
なぜ!
セシルは俯きながら、暗黒騎士になることは恐ろしいけど、陛下がそれを望むのなら受け入れようと思う、と話した。
「カインには誇りがある。でも僕には何もない。カインが竜騎士になりたいと思ったのは、お父様が竜騎士だからろう?僕に本当の父親はいない。自分が誰なのかもわからない。陛下がいて下さらなかったら、僕は森の中で飢え死にしていた。本当だったら、兵学校にも入れなかった。カインが竜騎士団に入ろうと言ってくれた事はうれしかった。でも、僕は僕の力で何かを成し遂げたかった。だから陸兵隊に入ったんだ。今回の話だって、なかなか適合者のいない暗黒剣を究められたら、僕はバロンの騎士だと胸を張れると思ったからだ。カインには竜騎士の血が流れている。でも、僕に流れている血が一体何なのかわからない。僕は陛下の命令に従うほか、何も無いんだ。他に何もないんだ」
長い独白を終えると、セシルは俺の胸に凭れかかって泣いた。

セシルの涙をぬぐってやった。
孤独な瞳を慰めてやろうと思ったが、セシルの瞳には自尊心がきらめいていた。
セシルの他人へ対する柔らかい態度は、何もかも受け流す柳のように見えたが、一度決めたことはどんなことがあっても曲げない強い意志が隠されていた。
セシルは俺の手を払うかのように立ち上がり、来てくれてありがとうと礼を言うと黙り込んだ。
セシルを説得することはできなかった。

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