*crystalsugar #1*

 

 
 クリスマスをきっかけにカップルになる人々もいれば、破局を迎える者もいる。
 どちらの割合が多いのか、統計を取ったら面白いかもしれない。
 当事者としては、まったくもって面白くもなんともないけれどね。

 ジングルベルジングルベル商業主義〜、と歌ったのは部下の誰だっただろう。
 不景気とはいえそれなりに賑わいを見せている店内を眺め渡しながら、本日の予算達成まであと何万、と考えている販売業の私にとってはクリスマスなどリア充をカモる絶好の機会。
 恋人に服のプレゼントはいかがですか! 服はよくわからないとおっしゃるかたは小物はどうでしょう! うちは質のわりにリーズナブルなお品が揃ってますよー! などという思いを営業スマイルの裏に潜ませて道行く人々に「いらっしゃいませ」と声をかけ続ける。
 サービス業従事者に季節のイベントも年末年始もなく、あるのは便乗商法だけ。
 アパレルマネキンも十年を過ぎると悟るものだ。
 特にクリスマスから続く年末商戦は一年で最大の稼ぎ時。
 十二月に入ると店内にはエンドレスでクリスマスソングが流れ、脳内に刷り込まれる頃には次の新年福袋作業(かせぎどき)が迫っている。もういくつ寝ると、なんて悠長なことは言っていられない。
 夏物クリアランスセールが終わるのを待たずに秋物、と思ったらさして間を置かずに冬物対応そして年々早められるセールに対しての山積み作業。在庫管理に目を回し現場のこちらはてんてこ舞いだというのに、上の方々は会議だミーティングだ報告だと一息着く暇も与えてくれず、命じてくださる。
 呼びだすのは成績悪いときだけにしてくれよ! 十分間だけのお褒めのお言葉を賜るためだけに一時間かけて本社に出向きたくないのよ! うれしいけど!
 まともな休みを取ったのはいつだろうと手帳を眺め、店長試験など受けるのではなかった、と思うのは何度目か。
 かといって、横暴上司に楯突く権利を得るために上がったステージを簡単に捨てられるわけもなく、今日も今日とて商いに精を出すしかないのだった。
 いや、店長である私自ら店頭で数を稼ぐことはないんですけどね……、本来なら下の子に任せて、日に日に山積みになっていく事務仕事に取り掛かりたいんですけどね……。
 サービス業従事者に季節のイベントも年末年始もなく、あるのは便乗商法だけ――という私の常識はもう古いのだろうか。
 最近の若いアルバイターは土日祝日イベントが何よりも重要らしく、悪びれもせずに「この日出勤できませんから!」と率先して申し出てくるわけで……うん、まあね、気持ちはわかる。世間の皆様がキャッキャしたりのんびりしている時に何故働かねばならないのかと、私も思ったことがないとは言わない。
 だけどね、そこはそれ、働くってそういうことだからね……。この職務を選んだのは自分だし……。
 だというのに、ここを休むならあっちは出てきてほしいな、とお願いしたら人非人扱いされるのは解せぬ。
 一人だけの希望を聞くわけにもいかないのよ? と諭したら「パワハラです!」と子供が覚えたての言葉を得意げに使っちゃうみたいに鼻息荒くしてくれるし。
 十歳も離れてると言葉が通じないときもあるよね……。
 あげくに「店長は恋人がいないからクリスマスに仕事でも平気なんですね」などと言うにあたってはもうおばちゃん物が言えなくて、保育士の魂寄せをするべきかなって思ったわ……。
 堂々巡りの会話に結局説き伏せることに疲れた私がどうしようかな、と遠い目になってると痺れを切らした他の娘たちが穴埋めをすることで決着がついたのだ。
 店長の威厳がない私が悪いのか、時代が違うのか。
 出勤せずに済むとわかった途端、ふてくされた態度をご機嫌にして訊いてもいない彼氏とのイベント予定を教えてくれたバイト娘は、呆れた顔をした先輩同僚たちの、あの、冷ややかな眼差しの意味も分かっていないだろうな……。
 こっちは『このガキそろそろ何とかしろ』という副店長の無言の訴えに恐々としていたというのに。いやもう、切る方向で考えているけれどね……。
 それとなく、アルバイトの解雇と交替要員の補充を本社に要請したけれど、お前の管理が悪いからだとけんもほろろだし。
 見てろ、せめて今年もダントツの数字叩き出して「そろそろ若い娘に引き継ぎしたらどうだ」とかおぬかしくださった野郎に吠え面かかせてやる……!
 普段よりも思考が荒んでいるのは決してハッピーメリークリスマスのせいではない。きっと。
「……いらっしゃいませ〜!」 来店の気配に条件反射となった笑顔を振り撒く。入ってきたのは若い男の子三人だった。
 私の声掛けにびくりと立ちすくんだのは硬派な印象の男の子で、続けて「こんにちは〜」と西のイントネーションで愛想よく笑顔を返してくれたイケメンくん、俺は単なる付添いですという風を隠さないクール眼鏡くん。
 あらあら、ご来店いただくには少し珍しいタイプの青年たちですこと。
 高校生か大学生だろうか、うちはレディースだから、十中八九彼女へのプレゼント購入ですねー?
 ブランド対象は少し背伸びしたい学生から働く女性までなので、予想される年代から場違いというわけでもない。学生さん向けラインの物もございますので、是非どうぞ。
「何かお探しでしたら、ご遠慮なくおっしゃってくださいね」
 ニコリと微笑んで、視界に入る範囲で商品を整頓する姿勢になる。
 一人であればアドバイスのために接客につくが、ご友人がいらっしゃるなら付かず離れずがよいだろうとの判断だ。
「花野ちゃんにはこれとかいいんやない?」
「うるせえ、お前は自分のほう選んでろ」
「妃菜ちゃんはアレで身に着けるモノに確りとポリシーがあってやな、めっちゃむつかしいねん……」
「知るか」
 察するに、硬派くんの彼女ちゃんに贈るものをお求めのよう。イケメンくんが彼におススメしたバッグがイメージに合致しているなら、彼女は清楚な可愛い系、と。うーん、それならアレとかコレとか……。
「姉さんいないな。それを見越してきたんだろ?」
 会話を小耳にはさみながら提案する商品を思い浮かべていると、フロアを見回した眼鏡くんがそんなことを言う。硬派くんは苦い顔だ。
 ねえさん、とは……。
 怪訝な表情は見せなかったと思うのだが、ふと目が合ったイケメンくんがこちらへ寄ってくる。
「ごめんなさい、えーと、井澤実咲さんて今日お休みです?」
 ……あのおっぱいめが若い子侍らかしてるとかバツイチの私に対する自慢かあああああ!!
 指名された部下に対する理不尽な八つ当たりを押し止めて、表面は申し訳なさげな表情を作る。
「井澤はいま休憩に出ておりますが」
「いらっしゃいませー!」
「……戻ってきました」
 タイミングがいいのかコントでもねらっているのか。元気よく帰店したおっぱいもとい副店長井澤を振り返ると、彼らの姿に「おお?」と目を瞠っていた。



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