*未来形シェスタ・プレ*
 
 ガッガッガッと六センチヒールの音も高らかに、社長補佐が床を激しく蹴り歩く。
 キッチリ編み込まれ纏められた黒髪は後れ毛のひとつもなく、スーツに合わせたストールがたなびいて。
 その姿を見た瞬間、モーゼの十戒ばかりに人々が両サイドの壁に張り付き道を開けた。
 そうでもしなければ撥ね飛ばされかねない勢いだ。
 小柄な彼女が起こした風圧が治まったあとに、揃って皆がため息をつく。
 ――またか、と。

(あ・ン・の・クソボケ! 今日は何処だ何処でサボってやがる!!)
 ――ヤツのお昼寝スポットは残すところあと三つ。
 彼女は野性の勘が働くまま、手近な空き部屋を目指した。
「総吾! リコールされたくなかったら速やかに投降しな!」
 蹴りあげる勢いでドアを開け放つ。
 そうして彼女が見たものは。
「きゃ、やだァ」
「ん〜……、アレ、沙羅ちゃん? もう晩ごはんのじかん……?」
 目を擦りながら横たわったソファーから起き上がる青年、その上にあられもない格好でまたがったオンナの姿、だった。
 ずる賢い笑みを華やかに彩った面にちらつかせる半裸の女を蔑んだ目で見て、沙羅はツカツカ二人に歩み寄る。
「ちょ、ちょっとアンタ……」
 思った反応が返ってこないことに戸惑いつつも自分の有利を疑わない女が、静止しようとして――うおぁっ、と悲鳴を上げた。
「こンのクソボケダメ社長ッ! のうのうとサボってんじゃないよッ!!」
 小さな外見に似合わぬ脚力でもって、沙羅はその青年をソファーから蹴落とした。
 床に転がる総吾。そして女。
 続けざまに沙羅は足を振り上げる。ゲシ、と彼の頭を遠慮なく踏みつけ。
「ああ? てめぇ自分の立場わかってんのかコラ。学生時代とは違うっつうこと、オシオキされてもまだわかんないのかエエ?」
 チンピラが乗り移ったような迫力とドスの利いた可愛らしい声が叩きつけられる。 ウリウリと自分の頭を踏む小さな足をウットリ堪能して、総吾が呟いた。
「邪道だよ沙羅ちゃん、サポートガードル履いてるなんてー。そんな悪あがきしても安産型ってもうわかってぐぎゃ」
 ゴリッ、という何かヤバイ音と共に、青年の戯言が途絶えた。
 たわわなバストを晒した女に、沙羅の据わった目が向けられる。ひい、とひきつった声を漏らして後退る女子社員。
「営業部マーケティング課新人飯坂理香子さん。社長のサボリを増長する社員はうちには必要ないんだけど、依願退職ご希望?」
「な、た、ただの秘書にそんな権限が――」
「あるよー。だって沙羅ちゃん、うちの筆頭株主だもん。本気になったら僕も退任させられちゃうー」
 夏に出る黒いアレのようにしぶとく復活した総吾が、沙羅の腰にへばりついてのたまう。
「僕と結婚したときに、親父から株の配当受けたんだもんねー。それからコツコツ貯めた持ち株合わせたら、一番主だし」
 チッ、と忌々しげに舌打ちした沙羅は、飯坂に再び視線を投げた。
 その視線におののいた彼女は、ままよと総吾に泣きつく。
「社長酷い……! さっきのことは遊びだったんですか、あんなにわたしの――」
「あ、たぶん浮気現場目撃させて修羅場ろうと思ってたんだろうけど、無駄だよ? だって僕、」
 ウフフ、と笑う青年が次に何を言うか予想のついた沙羅は、拳骨を握る。が、一瞬遅く。
「沙羅ちゃんのぷちぱいにしか勃たないもんねっ」
 チョコレート色の頭に沙羅は遠慮なく拳を振るった。


 ランジェリーブランド【マテリアル】。
 一年前社長の座についたのは、前社長の長男宮澤総吾。
 能力はあるが、その頭脳の88%は嫁に関することしか詰まっていないと評判の彼が今も社長でいられるのは、ひとえにその嫁で社長補佐というお守役を押し付けられた宮澤沙羅(旧姓相田)のお陰だ。
 一日に最低二回は彼と結婚したことを後悔すると言って憚らない彼女と、一日に最高五回は嫁に虐げられることをヨロコビとする彼、そんな二人がこの会社のトップだった。
「まだ若の愛人の座を狙う奴いるんですねー」
 あれだけ妻馬鹿っぷり晒しているのに、と第1秘書。
「今回のは愛人じゃないわよ、後妻狙いよ」
 誰かのせいで予定がズレ込み、スケジュール調整に追われながらも沙羅は訂正した。
「飯坂さんて、あのGカップでしょ。スゴイですねぇ、それでも勝つ社長の貧乳好き……」
 ポショリと呟いた言葉に馘り殺されそうな視線を感じた幹部は慌てて口を閉ざす。
 貧乳がどうしたオラ、と爛々と光る眼差しを投げていた沙羅の頭の上をノンビリした声が飛び越えていく。
「貧乳が好きなんじゃなくて沙羅ちゃんのお胸が好きなんだよー」
 スリスリと後頭部になつく夫という名の犬に沙羅は裏拳を放つ。
 あう、と間抜けな声を上げて倒れた総吾を無視して、沙羅は打ち込んだデータをそれぞれのPCに送った。
「さて、夏にあるK/Sとの提携ファッションショーの事だけど。知っての通り、あちらは上流階級にも人気のブランドです。が、今回うちと合同でお祭りを行うのは、春に発表されたばかりの若年向けK/Sティーンということで、普段とは違う客層が対象の商品展開になります。詳細は添付しておいたから、あとで目を通すこと。それに合わせる形で、こちらも新作を発表するわけですが――社内コンペで駄作しか出てこねえってのはどういうことだコラ」
 沙羅の恫喝に社員たちがおののく。
 ベシリと書類の入ったクリアファイルを叩きつけ、彼女は傲然と微笑んだ。
「三日後までに各々社員のケツを叩いてマトモな案を出させるように」
 女王様の通告に逆らえるものは、誰もいなかった。




(2010/08/03 ブログSS)
総吾がなんだか当初の設定を上回るおバカに。
続きを書きたいんだけど、これといったテーマがなくて放置中……。


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