花と彼のそこへ至る顛末。
「丁重にお断りします」
「花さん、デートしませんか」
いつも通りに母のお華の稽古についてきていた花は、笑顔で彼女を迎えた年上の友人の言葉に丸い目をキョトリと瞬かせた。
ぷっくりした唇を尖らせて、リピートする。
「でぇと」
「ええ。公園の薔薇が咲き終わる前なので、見に行きたいなと」
笑顔のまま続けられた誘いに、花はクワッと目を見開いた。
「どおしたのりょうちゃん! 引きこもり魔王であるりょうちゃんが自分からお外に行こうとするなんて!」
こういうときはヤリが降るっていうんだよね! と空を見上げてキョロキョロする花に、綾は苦笑を漏らす。
「……僕だってたまにはそんな気になることもありますよ……というか、花さんの中で僕はどんなですか」
「シャカイテキにだめなひと」
はきはきと返された少女の答えは相も変わらず意味を分かって発せられているのかいないのかわからないが、鋭いところをついてくる。
面白いなあ、とこれまたいつも通りの感想を抱きつつ、綾はずっと下にある花の顔を屈んで覗き込んだ。
「僕とデートは嫌ですか?」
「イヤじゃないけど。だいじょーぶなの?」
道を歩けばストーカーにあたる、を具現化しているような綾だ。花の心配は大げさでない。
しかし綾は「今はちょうど波が引いている周期なので」と深く考えたら怖いことを告げて、では参りましょうとにこやかに花の手を引いた。
藤枝の屋敷から徒歩で10分圏内にある公園には、管理者やボランティアが寄って集って手をかけ育てた数種の薔薇がこの時期見事に咲き誇っている。
めったに見ることができない華麗な光景に、花は満面の笑みを浮かべて青年を見上げた。
「うちのお母さんもね、庭でバラ育てようとしてたことあるよ。ぜんぶ虫とかビョーキにやられちゃってあきらめたけど」
「それは残念でしたね」
「いんぐりっしゅがーでにんぐー、とか、ようするにミーハーなんだよ。めずしいことにすぐ飛びつくとことか、お姉ちゃんソックリだし」
花の性格形成にかなりの影響を与えているらしい件の姉の話題に、綾の好奇心がうずく。
情報を仕入れようと綾が口を開きかけ――間に割り込んだ甲高い声に邪魔された。驚いた花が綾の腕に飛び付く。
顔を向けた先に立っていたのは、一見して美人といえる女性だった。しかしその表情は醜くひきつっていた。
「藤枝さん! 私との約束を無視して子どもと一緒なんてどういうことっ」
「……あなたと約束した覚えはありませんが」
「二時に待ってますって言ったわ!」
(いま四時だけどそれ約束じゃねーじゃん、ただのイッポウテキな宣言じゃん)
横で断片を聞いた花にもわかることが、このお姉さんにはわからないらしい。無表情かつ凍てついたまなざしで彼女を一瞥した綾を見て、キレイな顔も大変だなあと花はひとり頷いた。
「申し訳ありませんが。あなたに割く時間は僕にはありません」
「子どもの子守なんてどうでもいいじゃない!」
(知ってる知ってる、こーゆーのひすてりっくっていうんだー)
うつろな半笑いを浮かべた花と、苛立たしげな息を吐いた綾の視線が絡む。すっと目を細めた綾の唇に浮かんだ薄い笑みに、花の本能が警鐘を鳴らした。
(なんかりょうちゃんワルダクミの顔してる!)
反射的に逃げようとした花のつるぺた胴体に綾の腕が巻き付く。
「子どもではありませんよ、失礼な。――僕の大事なひとに」
耳の奥からぞわぞわするような声でそう言って、綾は花を背後から抱きしめた。
その瞬間の綾の表情を見ることがなかった花は幸いだったのだろう。
女の顔がカッと赤くなって青くなる。
「なっ……、そん、こ……子どもでしょう……!?」
「年齢なんて――僕たちの間には関係ありません」
頭上のやり取りの剣呑さと裏腹に、耳元でしゃべるのはくすぐったいのでやめてほしいと花はのんきに思っていた。
綾に抱えられ、手足を宙にぷらんと浮かせた花を、女が悪鬼もかくやという形相で睨み付ける。
(はんにゃ……)
ボソリと花が漏らした呟きを拾って、綾は吹き出しそうになった。台無しになる前に笑いの衝動をトロリとした笑みに変えて、これ見よがしに花に頬擦りする。そうして女を横目にした。
「――開ききったものに興味はないんです。花なら蕾でないと」
深読み危険な発言に、女が言葉を無くす。金切り声を上げて、判別不能な罵詈雑言を喚きたてひとしきり罵ると走り去っていった。
「……ヘンタイ、だってー」
かろうじて聞き取れた単語を花がつぶやくと、綾は心底心外だという表情でため息をつく。
「せっかく綺麗な花を楽しんでいたのに、無粋な人ですねえ?」
「ぶすい」
新しい言葉を脳内で咀嚼している花に、綾は今度こそ裏のない微笑みを見せた。
了
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花「思ったんだけどアレって完璧最初から私を利用する気満々だったわよね」
綾「僕は花さんと薔薇を楽しみたかっただけですよ?」
花「黙れこのくされロリコン」
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