花と彼のそこへ至る顛末。2(五)

存在自体がいかがわしく思われる男を連れて、校内をなるべく人目につかないように進むのは、至難の技だった。

普段デートでもあまり人が多い所を出歩くことはしないので、忘れていたのだ。

綾が10メートル歩けば、ストーカーが二、三人わいて出ることを。
視線が痛い。

当の綾は若い頃あれだけ人嫌いの顔を見せていたくせに、最近開き直ったのか何故か、ご機嫌に繋いだ手を振りながら辺りを見回している。

「楽しいですねぇ。必要な単位を取るためだけにしか通っていませんでしたから、こんな雰囲気は面白いな」

もちろん、と繋いだ手を握り直して花の方へ屈みこんだ。

「花さんが一緒だから、楽しく感じるんでしょうけれどね?」

艶っぽい囁きを耳に落とされた花は、トリハダを立てる。
ぞわぞわ震えた花を見てまた笑う男を、頭の中で蹴って殴って踏むことで、彼女は実際に行動しそうになる自分に耐えた。

 罵倒したい!
 でも喜ばせるだけだ!
 耐えろ、耐えるのよ、花!

そうして煩悶している彼女をも、楽しんでいることがわかっているだけに忌々しい。
クスクス笑いを隠さない綾の手に花は爪を立てる。
そしてやっぱり喜ばれた。



「ああ、あそこでしょうか」

無事目的地である華道部展示室に辿り着いた花は、安堵の息を吐く。
予想した通り、人はまばら、というより全くおらず、受付の部員が出入り口にいるだけだった。

チラシを受け取って、会場内に活けられた花へ足を向ける。
さすがに自身の領域に来たためか、綾はさっきまでのヘラヘラした笑みを引っ込めてじっくり花姿を眺めていた。

きっと綾の目には拙く感じるだろうというものも、それでもどこか見るべきところはあるのだろう。
柔らかく微笑む唇は、花弁の揺らぎにも茎の撓(たわ)みにも愛情を持っている。

 ――いつもそういう顔してればいいのに。

と考えたあと、そんな綾はらしくなさすぎてこれまた気持ち悪い、とすっかり毒された自分を発見して遠い目になった。

「……あのぅ」

無言で見回ること十数分。
おそるおそるといった風に掛けられた声に、瞬きして振り返る。

頬を染めた受付の部員が綾を熱っぽい目で見ているのに、花はヤベエと呻いた。

「もしかして董紫流の藤枝綾さん、でいらっしゃいますよね?」

横にいる花は全く無視して、綾に向けられた視線に、しくじったと思う。

 流派が違うと言えどもそれなりに知られているんだ。綾さんだし。顔が顔だし。

一瞬で余所行き対外向けうすら寒い笑みを貼り付けた綾に、花は、さてどうするかと天井を仰いだ。
そんな花たちの様子には全く気づかず、うっとり顔の女性はキラキラした眼差しで続ける。

「あの、よかったら、お話聞かせていただけませんか? 他の部員も集めますので……!」

ぴくりと繋いだままだった綾の手が反応する。

 あ、ダメだコリャ。

「ごめんなさい、プライベートなので、遠慮させて下さい」

綾が笑顔で毒を撒き散らす前に、割り込むようにして断りを入れた。案の定、ナニアンタ、みたいな目が向けられたけど。

まだ見学途中だったが、目をハートマークにした女の子たちに囲まれることは避けたい。
引き留められる前に退場しようと、花は綾の腕を引っ張った。

綾は素直についてくる。
オマケに声を掛けてきた女も。

部屋を出た瞬間ダッシュをかけた。




 

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