花と彼のそこへ至る顛末。
花と彼のそこへ至る顛末。(九)
「……綾さん、遊んでますよね? 私の反応で」
花が低く問う声に、綾は楽しげに瞳を煌めかせた。
何度見合いをしても、恋人ができても長続きしないはずだ。
この綾の言動に初対面のお嬢様はヒクだろうし、恋人も疲れるだろう。
他人を寄せ付けないためなのかそこまで結婚したくないのだか、知らないけれどワザとだから、たちが悪い。
――再会して気が付いた。
花が知っていた彼は、作られたものだったことを。
妙先生によく似たおっとりさんで子どもの自分の生意気も笑顔で許してくれる、優しいお兄ちゃん。
花はずっと彼のことをそんな風に思っていた。
彼が、そう見せていたから。
母のお稽古について行き、見よう見まねで自分も花を生けてみるがすぐに飽きて、しばらくすると「いらっしゃい、花さん」と彼がやって来て微笑む。
幼い頃の彼女はそれがちょっと、いやかなり嬉しくて、ご迷惑かけるんじゃないわよという母の小言もそこそこに、彼の手招きに稽古部屋から飛び出すのだ。
あの頃の花は確かに彼に好意を持っていた。
そう、『きれいな優しいお兄さん』という仮面を被った彼に、恋よりは淡い、憧れめいた気持ちを抱いていた――
それが、だ。
おかしい言動はする、常に浮かんでいる微笑みは作り物、人の話は聞かない――子どもの自分が気付かなかっただけで昔からこうだったのかも知れないが。
――あの頃のりょうちゃんを返せ、と胸ぐらを掴みたくなるのよ。
なんだか裏切られたような気がするのは花の勝手な感情だとはわかっている。
――わかってるけどそれなら一生現れずきれいな思い出にしておいて欲しかったのよー!!
勝手な恨み言を心で叫びながら、ギリギリとまなざしに険を込めて自分を睨みつけてくる花に、やはり彼はおっとりと微笑んだ。
ああ、と、どこか嬉しそうに感嘆して。
「――期待通りです。やっぱり、僕は花さんがいいな」
何が。
花が聞き返そうとしたところで、どこからか自分たちを呼ぶ声が聞こえて、綾が応える。
「戻りましょうか」とニッコリ。
その笑顔がもう作り物だとわかってはいても、子どもの頃に刷り込まれた条件反射ゆえに、花は差し出された手を取ってしまったのだった。
その後、彼を問い詰めたところによると。
相手を試すような真似をしていたのは、どこまで綾の容姿や言動、そして背景に惑わされずに自分を通せるか、もしくはついてこれるか調べていたのだということで。
……花はめでたく合格を頂いたそうだ。
いらん! そんな合格通知は!
と叫んだ花に綾は声を上げて笑った。
花は確信している。
あのアヤシイ言動はゼッタイこの男の素だと。
全ては後の祭りになってしまったけれど―――。
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