I'm crazy about you.




 眠りに沈んだ街を駆けながら、陸鷹は舌打ちした。抜刀したまま、小路に身体を滑り込ませる。追ってくる気配は、十人以上。ただが一人を相手におおぎょうな、と口元を歪めた。
 帰る道で突然黒ずくめの集団に囲まれ、問う間もなく襲いかかられたのだ。五人斬った。それを合わせれば、少なくとも二十人前後の刺客が彼を狙ってきている。今までにも、食事に毒を盛られたり、故意の事故に遭ったり、寝床に毒蛇が入っていたり――もちろん刺客も寄越されたりしていた。だが、それらは嫌がらせの域を脱していなかったので、黒幕に気付いていたにもかかわらず、あえて何も手を打たずにいた。
「今回は、本気かな」
 呟いて振り向きざま剣を横に走らせる。声を上げて、一人が倒れた。
 面倒がらずに脅しのひとつでもかけておくべきだったか――そんなことを考えながら、陸鷹は的確に剣を振るい、刺客の数を減らしていく。
 腕に覚えはあるが、この暗闇、しかも尋常ではない敵の数。逃げ切れるかどうか。
 角を曲がったところで足を止める。袋小路――行き止まりの壁は、頭のはるか上。立ちはだかる壁を睨んでから、陸鷹は腕を一振りして、刀身についた血糊を払った。
 迎え撃たせてもらおうか。逃げ回るのはもういい加減疲れてきた。
 溜息をついた時、ふと声が聞こえたような気がした。
 ――街へ行く? またですか?
「ちょっと出かけるから」と、書庫にいた桜秀に声をかけたら、呆れた様子で言い返された事を思い出し、苦笑する。
 自分と一緒にいるよりも、書物に埋もれる時間のほうが多くなってしまった二十年来の親友は綺麗な顔をしかめて、こちらを見やった。
「女に逢いに行くならともかく、ただフラフラするだけなんでしょう」
「いいじゃないか。悪さをするわけではなし」
「当たり前です。そんな事をされては私たちが困ります。――二十五にもなって、どうして貴方はそう落ち着きがないんです」
 どうしてと言われても、何と返せばいいものか悩んだ陸鷹を横目に、彼は手にしていた書物を卓の上に置いた。
「もう少しご自分の立場を考えてですね、」
「充分考えているぞ。だからほれ、仕事を終えてから出かけるんじゃないか」
「意味が違います! いいですか、琅・陸・様、貴方は」
 わざと諱名を強調した桜秀に、さっさと手を振って、陸鷹はその場から逃げた。親友からまで説教を聞かされたくない。背後から怒鳴る声が追ってきたが、無視した。
 ――刺客に襲われたって、知りませんからね!
「その通りになった事を知られたら、説教くらいじゃすまないな」、剣を持ち直し、陸鷹は身構える。
 残る刺客は八人。あと少し踏ん張れば、倒せない人数ではない。
 追い詰めたと確信したか、急く様子もなくゆっくりと近付いてくる気配に向かって、陸鷹は先手を打って走り出した。




「ふへぇえ」

 思わず漏らした声に、激しく肩を跳ねさせて、菱本が振り向いた。
 眼鏡の奥の瞳が、背後の席から乗り出したあたしを認めて、大きくなって。

「……大崎っ? おま、なにやって――」
「知んなかった、菱本ショーセツ書くんだね!」

 興奮したまま席を乗り越え、あたしは彼の隣を陣取った。



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