Melty Lover | ナノ

T. How came it to be so?

 11. 彼女の迷い

「……ちょっと会わない間に、そんなコトに」
 一ヶ月ぶりに会う学生時代の友人に、見合いの流れから婚約、まさかこのまま結婚!? と晶子が今置かれている状況を語ると、彼女は丸い目をさらに丸くしてパクリと口を開けた。
「そんなことに」
 重々しく頷く。
 目の前の友人はパチパチ瞬きを繰り返し、小さく開いていた口にサラダを押し込むと、しばらくの間咀嚼して黙り込んだ。
 彼女のテンポには慣れていたので、晶子もパスタを口にしながら反応を待つ。
「――えっ、晶子ちゃんそれちょっと流され過ぎ! えええ、ご両親もお姉さんも瑠璃ちゃんも納得してるの? ……お相手何考えてるの?」
 ようやく頭の中を整頓し終えたらしい友人が出した驚きに、晶子は安堵する。
(そうよねそうよね、これが正しい反応よね、私ひとりがおかしい訳じゃなかったんだー)と。
「何考えてるのかサッパリわからない人なの」
 正直な所を述べてみると、友人は遠い目になってカクリと肩を落とす。
「うう……私たちとは生きるリズムが違う人か……」
 やっと理解者を得た晶子はコクコク頷いた。
 大学時代の友人である涼子とは、名前も背格好も性格も似ているため、実の姉妹よりよほど姉妹に見えるとは同級生たちの談だ。
 似ているのは否定しないけれど、あっちのほうが自分よりポヤポヤしてるよね、とお互いがお互いのことを思っている。
 フォークをくわえながら涼子が首を傾げた。
「そういう、テキパキした人なら、お姉さんに似合ってると思うんだけど……」
「……お姉ちゃんの好みは、年下わんこ系なんだって」
 なら、あれだけタイプ別に揃っている崇拝者は一体何なんだと思う。
「あらぁ、人生の彩りよ」、なんて花のような笑顔が返ってきそうで怖くて聞いてはいないが。
 姉が言うには、飼い主に忠実で、可愛がり(弄り)甲斐のあるタイプがベスト――確かに、宇都木とは全く違う、というかどちらかというと姉と彼は同類項。……恐ろしい結論に達しそうなのでそれ以上考えないことにする。
 聞いた涼子が無言になった。姉妹を交えて出かけたこともあるこの友人は、廣川家長女の人となりをよく知っているからだ。
「う……ううん……、なるほど、言われてみればある意味お姉さんにピッタリな好みだというか」
 わんこ美青年を愛でている姿がありありと想像でき、晶子もまだ見ぬ姉の恋人(ペット)に同情めいた思いを抱いた。
 腹立ち紛れにグサリとトマトを刺し、声を大きくする。
「おまけにさ、一ヶ月も仕事休んで大丈夫だったのかって、人が心配してるのに! 転職するのよ今有休消化中、なんて言うのよ? お父さんもお母さんも知らなかったみたいで目が点だし、瑠璃は面白がるしっ」
「何て言うか……相変わらずだね」
 破天荒。紅美香を表す言葉のひとつだ。あれだけ勝手に振る舞って、他者の恨みを買わないのが不思議に思える。昔から姉の勝手の被害を受けている晶子だって、身内の贔屓目がなくとも彼女を嫌ったりは出来ない。
 妹ラブ! と恥ずかしげもなく言う姉だから、困った人だなと思いながらも受け入れてしまうのだ。
 シスコンのくせに見合いを押し付けるのも疑問だが。
 宇都木からは、約束通り毎日電話がある。紅美香のことは話題に出ぬまま。
 口では晶子に調子のよいことを言っても、姉に会えば心変わりをするだろうと思っていたのに――
「もう、何か、どうしようって感じ……」
 実のところ、宇都木と過ごす慣れない男女の時間に、晶子の許容量はパンク寸前だった。
 このまま、婚約者でいていいのか。
 このまま、結婚なんてできるのか。
 間違いなく、カウントダウンは始まっているのに、どうにも実感がわかないでいる。
 眉を下げてため息をつく晶子を見ていた涼子は、「でも、」と口を開きかけた。
「――晶子?」
 店の出入り口方面から響いた声に、晶子がパチリと大きく瞬きをする。首を巡らせて、思った通りの人物がそこにいることに気づいて、腰を浮かせた。
「あ、敦也さん?」
 頬に朱を上らせた友の様子と、そんな彼女を見て柔らかく微笑んだ男性の姿に、涼子はナルホドと呟く。
 ――これは手に負えない。
「こんなところで会うなんてね。得した気分だ。メールは見た?」
「え、ぇっ、メール?」
 アタフタとバッグを探る晶子から、向かいに座った涼子に男の視線が移る。少し怪訝な顔で彼女を眺める男に、涼子は軽く会釈した。
「あ……」
 やっと携帯電話を取り出した晶子が、届いていたメールを発見して項垂れた。先ほどまで映画をハシゴしていたので、ずっと電源を切ったままにしていたのだ。
「定期連絡に出ないから、心配していたんだけど。どこにいたの?」
「映画館に……」
 しょんぼりした晶子の髪を指先で軽く引っ張ってから、彼はその額を弾く。
「出掛けていたなら仕方ないけれど、一言欲しかったな。――そちらは、お身内の方?」
 宇都木は晶子の家族構成を知っているため、そのような言葉が出たのだろう。
 身内――おそらく従姉妹かその辺りに間違えられた涼子は、二人の間に流れる空気を見て、そんなに心配することはないかもしれないと、密かにほっと息をついた。
「ううん、友だち。……電話、ごめんなさい」
「まあいいよ、会えたから。この後は、帰るだけ?」
 頷いた晶子に、彼はポケットから何かの紙片を取り出す。
 タクシーチケットだった。
「帰りに使いなさい。あと、帰宅したらメールでもいいから連絡すること」
「えっ、いらな――」
「晶子?」
 受け取り拒否しようとした晶子に、圧力を感じる笑みを向け、宇都木は名を呼ぶ。
 ビクリと肩を跳ねさせた晶子は、呻いてチケットを受け取った。
「近くても、そんなに遅い時間じゃなくても、僕の安心のためにワガママを聞きなさい。いいね?」
 甘いまなざしと声、晶子の頬を撫でる仕草に、涼子のほうが目のやり場に困った。
 仕事帰りに食事に寄ったらしい彼は、仲間に呼ばれて名残惜しげにしながらもそちらへ向かう。
 気をつけて早く帰るんだよ、と子どもにするような注意を再度残して。
 チケットを手に、頬を赤くして拗ねた顔をしている晶子に、涼子は先ほど口にしかけた言葉を紡ぐ。
「――結局、彼のすることを許しちゃうってことは、そういうこと、なんでしょう?」
 晶子は不満げに、しかし最後は諦めたように頷いた。


  ****


 宇都木に、恋愛感情を持っている。
 わずかにやり取りを垣間見ただけの友人に、「そういうことなんでしょう?」と言われて、晶子は自分の気持ちを認めるほかなくなった。
 見ないふりをしていた、認めたくなかった、男への想いを。

 本当に最初は何とも思っていなかったはずなのだ。
 見合い相手の交換に、不快にならないどころか好意的なんて変な人だ、というのが初めて会ったときの印象。
 大抵の異性は、姉や妹を知ると、晶子にガッカリするから、そういった態度を見せない彼が、少し新鮮だった。
 強引なのに、それと感じさせない話術や行動に、困った人だとは思いはしても、何故か結局許してしまっていた。
 ショック療法に似たものだろうか。
 全く免疫のなかった男女の触れ合いを彼に教えられ、刷り込まれ、慣らされる間に、心まで馴染まされてしまったのかもしれない。
 あるいは、錯覚。
 触れられて快楽を与えられる相手だから、好きなのかもしれない。
 この気持ちを恋だと思うことすら、間違っているのかもしれない。
 最近の晶子はそんな堂々巡りの自問自答を繰り返していた。

 無機質な機械音声が、彼の不在を告げる。留守番電話に伝言を残すと、晶子はひとつため息を落とした。
 偶然会ったあの日から、一度も会っていない。電話もすれ違いがちで、留守番電話とメールのやり取りだけで、二週間が過ぎている。
 宇都木と出会ってから、実のところまだ二ヶ月もたっていない。なのに、顔を見ない日や声を聞かない日が続くことに違和感を持つなんて、不思議だった。
 もしかして、私は彼に会えないことを寂しいと思っているのだろうか――
「廣川さん、彼氏さん何て?」
「あ、ちょっと不在で……伝言だけ残しておきました」
 電話をかけるために店の裏へ回っていた彼女に、我妻が角から顔を覗かせ、声をかける。それに答えて、晶子は小走りに皆がいるところへ戻った。
 明かりは消され、戸締まりがされた店の前で、割合親しいと言える仕事場の友人たちが数人そこで待っていた。
「ごめんなさい、行きましょうか」
「おー! 行こ行こ、お腹すいたぁ」
「こっちも居酒屋確保できたよー」
「飲むぞー!」
 すでにアルコールが入ったようなテンションで皆が吠える。
 明日は定休日。見合いからこっち、晶子の休日を占有していた宇都木は忙しさが続いているらしく、ろくに連絡も取れない状況だった。
 だからというわけではないが、以前断った飲み会に今日は参加することにした。
 晶子の結婚を祝う、という目的もあるらしいので断るのも失礼だし。
 質問攻めにされるんだろうなぁ、と思いつつ、そろそろ話しておかないとマズイということはわかっていたので、晶子は覚悟を決めた。
 ちなみに、宇都木の笑顔の圧力に逆らえず、上司には先に話をしていた。「なんか、結婚するみたいです」という聞いた方が不安になるような報告だったが。
「――大丈夫なのかな?」
「大丈夫ですよ? 留守電に、“仕事場の友人とちょっと飲みに行ってきます”って入れておきましたから」
 宇都木の許可がなくても構わないのかと問うた我妻に、晶子は笑って返した。
 涼子と出掛けていたときに言われたことを守っているつもりだ。
 我妻と二人きりになるなという不可解な約束通り、二人きりにはなっていない。他の皆もいる。
 出掛けるときは一言。彼の安心のために。
 彼に心配される、ということにホンノリ嬉しさも感じる。とするとやっぱり自分は彼を想っているのか。
 いま少し、自分でもハッキリしない気持ちに晶子は揺れていた。
「……大変だなあの人も」
 ボソリと呟かれた言葉に首を傾げて、隣を歩く我妻を見る。
 我妻は曖昧な笑みを浮かべ、軽く彼女の背を押して歩みを促した。

「で、彼との馴れ初めは?」
 大ジョッキを片手にわくわくと晶子に詰め寄るのは、バイト時代に彼女の指導役を務めた臼井麻子(うすいあさこ)。姉と同い年のため、人見知りの気のある晶子も最初から親しみを覚えて、仲良くしてもらっていた。
 飲み物も行き渡り、待ち構えていた皆が彼女の言葉をきっかけに晶子に注目する。
 反応が見えているだけ、話す口が重かった。
「…………ええと……お見合い、で」
「は!?」
「ええっ? 見合いするほど廣川ちゃん結婚願望あったっけ?」
「え、ちょーラブくなかった? チラッとみただけだけど! 見合いで、あれ?」
「晶子ちゃんまだ二十二歳でしょ、なんでー? いやあのオットコ前ならわかるけど、いやでも!」
 一気に詰め寄る彼らに、予想していたとはいえ晶子は身を引いた。
 これで、最初は姉が相手だったなんて言おうものなら、どんなに騒ぐか。その辺りはどうにか誤魔化したい。
「はいはいはいお前ら落ち着けー。廣川さん混乱するからなー順番になー」
 グラスを箸で叩いて、注目を集めてから我妻が指揮を取る。「はいっ!」とやはり一番に麻子が手を上げた。
「彼氏いくつ? 何やってる人?」
「ええと、今年二十九歳で、古賀グループの経理部でお仕事されているそうです」
「おお、エリート。なんで見合い?」
「両親の知人の紹介で……」
 晶子はホッと息をつく。我妻が入ってくれたお陰で、なんとか凌げそうだ。
 こうして一つずつの質問なら、パニックにならずに落ち着いて答えられる。余計なことも口走らずに済む。
 チラリと我妻に感謝の眼差しを送ると、おかしそうにも見える柔らかな笑みが返ってきた。



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