グッドラック・ミスフォーチュン
 

 たった一つ、外界との接点である扉の向こうから漏れる光を頼りに、サチアは全ての術印を記し終えた。
 間に合った、と胸中呟いたのはその唯一の扉の向こうから響く足音が聞こえたからだ。
 近づく――悪意を持って。
 一番自分の近くにいたリーフェが怯えたようにギュウッとサチアのスカートを握る。その手をポンと叩いて、暗闇の中身を寄せ合って、不安気に瞳を揺らしている子どもたちに言い聞かせた。
「いい? お姉ちゃんが術を発動させたら、迷わずに。一人じゃ怖い子は、手をつないでみんなで、せーの、よ」
 コクリコクリ小さな頭が頷くのを確認してから、サチアはペチコートを裂いて作った布切れを、使い方を教えながら年長の少年に手渡す。
 子どもたちの準備が出来たタイミングギリギリに、扉が開かれた。
 暗闇に慣れた身には乱暴なまでの光が目を射す。
 ろくでもない性根に外見まで侵された格好だけは立派な男と、なんの感情もない目をした外套を着込んだ人物が現れた。
「さあお前たち、ご主人様のお迎え、だ……?」
 いつものように、恐怖と絶望に満ちた弱者の視線が彼に向けられるはずだった。
 ――しかし。
 彼の目の前に現れたのは、予想もしない光景。
 商品である子どもたちは、狭い隠し部屋の両壁に固まり耳を塞いでいる。
 男の真正面の壁には、円と円、直線と曲線、文字のようなものが記された、複雑な陣が赤く描かれ、それを背に、すっくと立ち、こちらに不敵な笑みを向けている、小柄な娘の姿があった。
 何故か右の袖が真っ赤に染まっている。
 あの陣はなんだ?
 小娘は――確か、一番高く売れそうな子どもを調達したときに、邪魔をした者がいた。貧相な体つきで、たとえ売っても娼館へ渡す手間の方が高くつきそうだったから、とりあえず商品たちと一緒に詰めていたはずだ。
 一体何を――
「厄介な札を引いてくれたな。お前との取引はもう終りだ」
 ゾッとするような冷ややかな声が男の耳に忍び込む。
 彼が振り返ったときにはもう、そこに商売相手である人物はいなかった。
 と、同時に――

『 ら ん ! 』

 サチアの発動呪が紡がれた。


  ***


「突入しますか、隊長」
「いや、まだだ。……おそらく、しばらくしたら中で騒ぎが起きるはずだ。それを合図に」
 カーデッシュが言い終わらないうちに、見張っていた屋敷の壁が、轟音と彼らのいる場所までも照らすほどの光と共に、吹っ飛んだ。
 位置的に何もないはずの場所だったが、壁が崩れ落ち、ポッカリと穴が空いたそこから小柄な人影と、その倍ある人影が揉み合う姿を発見する。
 おまけに、風通しが良くなった外壁からポロリポロリと落ちていく固まりは――小さな子どものよう見える。
「今回は早ぇなオイ! 野郎共突撃!」
 彼の命令が響き渡ると同時に、辺りから一斉に猛る声が返った。
 以前から調査対象にあった、商人の館。密輸や禁猟、人身売買の疑いもあった彼の人物は、今までのらりくらりと当局の追及をかわしていたが、悪運尽きたのかよりにもよって国内要人の縁者を今回拐かしたらしい。
 高貴なる方は怪しい箇所全てを焼き払いかねぬほどお怒りで、商人の裏にいる貴族がいつものようには手を回せなかったようだ。
 訴えても揉み消され、調査をしても圧力をかけられ、散々辛酸を舐めてきたカーデッシュたち警邏部隊は、ようやく借りを返せるときが来たと張り切りまくっている。
 まるでお祭り騒ぎのように雄叫びを上げながら館を襲撃する部下たちに、俺ら街の平和を司るおまわりさんだよな……? と疑問に思いながらカーデッシュも足を早めた。
 ――災厄の人物がいるであろう、破壊された部屋に向かって。


「おわっと! ちょちょ、君たち拐われた子でしょー? 俺たち味方味方! 助けに来ましたよー、おまわりさんですよー!」
 商人の兵と部下たちがやり合う剣撃の隙間に、お調子者の副官の声が聞こえた。
 バシッと電光が暗闇に光る。あいてっ、という副官の叫びに、眉をしかめてその場に向かう。
 崩れた外壁が落ちた場所に、子どもたちが集まっていた。
 その手前で困惑している部下に声を上げる。
「ルーア、何やってる。ガキ共見つけたんなら早く保護しろ」
「たいちょー、この子たちビリビリのお札持ってるー、近寄らせてくんないの」
 はあ? と子どもたちの方へ視線を向けると、彼を見た子らが戦いて身を震わせた。涙目になるものもいる。ぶるぶると震える手で、よれた呪符をこちらに向けてくる。
「ちんぴら……おねーちゃんが……ひげづら……そうかな……」
 ぼそぼそと呟かれる言葉はよく聞き取れない。彼を見た子どもの反応などこんなものなので、気にせず見聞した。
 身形は色々、共通して容姿の優れた子どもたちだ。薄汚れた衣服に、赤いものが付いている。
「怪我をしているのか?」
「いえ、浮遊陣が描かれていて。そのお陰であそこから飛び降りてもピンピンしてますよ」
 頭上を指差す副官につられて上を見ると、上から小さな瓦礫が降ってきた。慌てて手で払う。と、同時に。
「くそハゲ! デブい手でさわってんじゃないわよキモイ!」
「貴様……!」
「このドサンピン! 買い手は誰よ、さっきの男!? 通報して取っ捕まえてやるから! アンタのせいでバイト無断欠勤よ! 首になってるだろうからその慰謝料も請求してやる!」
 土埃と石と一緒に降ってくるけたたましい娘の罵声にカーデッシュは額を押さえた。
「あ〜あ〜……お嬢さんてば逆撫でしてどうすんの……」
「行くぞ、捕獲する」
 どっちを? と訊ねるルーアの声は無視し、カーデッシュは館の上階へ向かうため、踵を返す。
 子どもたちは上を気にしながらも、ようやくこちらが助け手だと理解したのか、比較的穏やかな印象の隊員に手を引かれ、安全な場所へと移動を開始した。
「……お前のせいで……!」
「逆恨みすんなハゲ! ……きゃあっ」
 ガツリ、と響いた鈍い音に、カーデッシュは反射的に上を見上げた。バランスを崩して落ちてくる赤毛の娘に手を伸ばす。
「なんでお前は自分に浮遊陣施してねぇんだよ!!」
 むぎゃあ、と間抜けな声と重いものがぶつかる音。
 上官の予想された行動を眺めていたルーアが、やれやれと嘆息し、こちらにかかりきりになるだろう隊長の代わりに事態の収拾へ向かう。
 一方、落下したサチアは、思っていた痛みが訪れないことと、固いものにぶつかる寸前耳にした怒声に嫌な予感を覚え、冷や汗を流した。
 身体の下に敷いた物、いや者が唸り声を発する。
 慌てて身を離そうとしたサチアの三つ編みを、ごつい手が掴んだ。
「……っやっぱりテメエか、このアンラッキー!」
「ぎゃーチンピラ出たあああああ!!」

 誰がチンピラだっ! と続く罵声と娘の悲鳴が夜の街に響き渡った。


 了
初出:2011/06/11ブログSS掲載読者さまよりいただいたネタ案
『刑事らしくない刑事とトラブルメーカーの苦学生のお話』
で、出来上がったのがこれ。
……あれ?
何故にファンタジー世界になったか。
(現実世界だといろいろ調べないといけないのと事件が思いつかないという情けない事情)


★ヒロイン:サチア/赤毛・黒い瞳/孤児出身の魔技術士見習い/19歳/不幸中の幸いの神様の加護があるのかもしれない/何故かいつもトラブルに巻き込まれているところをヒーローに助けられお説教される。
★ヒーロー:カーデッシュ/灰髪・金目/警邏隊長/30歳/一見チンピラでも有能人望もあるでもガラ悪/何故かヒロインがトラブルに巻き込まれているところにいつも出くわし尻拭いに追われる。

ヒロインが異世界トリップ転生者だとかヒーローがお貴族様の三男坊とか王様は実は彼の幼馴染みとかどうでもいいお約束設定は入れない方がいいですねハイ。

一発書きなので設定の矛盾や文章のおかしいところは無視してください。
とりあえずネタキープ!

続きや本格始動は期待しないで下さい……。

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