ひとめあったそのひから
 

「責任者を出せッつうのよ、聞いてんの耳あんのそれとも言葉理解できないの」

 イライラと大理石っぽい床を蹴りながらハルノは目前に平伏している老人たちをねめつけた。
 お年寄りには親切に、そう小さい頃から教育されていたハルノだが、相手は誘拐犯。
 しかも頭のネジがどっかに飛んでる奴等だ。甘い顔をすれば付け上がるのは目に見えている。
「どうか我らの話を聞いて頂きたく……、」
「落ち着いて、お怒りをお鎮め下さい、勇者どの」
「王は長年のご心労が重なり、臥せっておられるのです」
「ならあたしがその枕元にでも行ってやるわよ、案内しなさいよ文句のひとつふたつやみっつやとお言ってやらなきゃ気がすまないわこの誘拐犯ども」
 滑らかに歯切れよく薔薇色の可憐な唇から流れ出てくる罵詈雑言に魔術師たちは冷たい汗が背を伝い落ちていくのを感じていた。
――何故、我々は、我々が呼び出した勇者たる少女に叱られているのだろう。
 国中の魔術師を召集し、計算に計算を重ね、別世界からこの世界を救ってくれる運命を持つ勇者を召喚した。
 その勇者が、年端もゆかぬ娘だったのには驚いたが、我々に間違いはない。
 しかし。
 勇者を呼び出したあとは聖剣を授け外で待機している選りすぐりの旅の仲間たちと引き合わせ、魔王討伐の旅に出ていただく予定だったのに――かれこれ、一刻半ほど、勇者が発する淀みない叱責に身を縮めている。
「だいたいね、いい大人のくせに礼儀がなってないわよ、ひとの都合も聞かず、勝手に知らないところに連れてきて“あなたは選ばれた勇者、どうか世界を脅かす魔王を倒してください!!”って頭おかしいんじゃないの何で義理も縁もないどっちかっていうと加害者な誘拐犯のためにあたしが手を汚さないといけないのよ、人に物を頼む時は事前に連絡をしてコレコレこ〜ゆ〜理由でどこそこに来て頂きたいのですがご都合はいかがでしょうかくらい一言寄越しなさいよ、それでもあんたたち大人なの、こんなネットも繋がらない辺鄙な田舎に勝手に連れてきたんだから衣食住の保証はもちろんしてくれるんでしょうね、ゆっとくけどあたしお嬢よ? 生半可なもので満足させられると思ったら大間違いよ、そうそう、魔王とやらを殺害してあたしにどんなメリットがあるのかしら、それ相応の報酬は戴けるんでしょうね、タダ働きなんてゴメンだわ、ああ、魔王を倒さなければもとの世界には帰れませんなんて脅迫しやがったら、魔王とやらより先にあたしがこの世界破滅させてやるから覚悟しときなさいよ? っつったくもー! 異世界人をナメんじゃないわよっっ、聞いてんのご老体!!」
 ……自分たちは、とんでもないものを呼び出してしまったのかもしれない。
 ひとしきり文句を並べ立て、気が済んだのか、長い黒髪を指先で弄びながらハルノは唇を尖らせた。
「怒鳴ったら喉渇いちゃった。何か飲み物出してよ、ハナシはそれからね」
 この上まだ何を話そうと言うのか。
 老魔術師が恐々としていると、突如として広間の真中に炎の柱が立った。
 ゆらりゆらりと揺れる炎の壁の中に、金の髪を長く伸ばした美しい男が浮かぶ。
 その姿を見て、魔術師たちは悲鳴を上げた。
「ま……魔王……!!」
 ほえ、とハルノは間抜けな声を出し、自分が殺せと強要されている相手の姿を炎の中に探す。
「…強い魔術の波動を感じたので見に来てみれば……異世界人をまた刺客に仕立て上げるつもりか。 さて、気の毒な我の宿敵は何処に?」
 魔王が首を巡らせ――磁石が引き合うようにハルノの銀灰の瞳と、彼の青金の瞳がぶつかった。
 時が止まる。
 その青年を見た瞬間、ハルノはすべてのことがどうでもよくなった。
 青年も、また然り。
「……なんと……そなたが次の勇者だと? 花持つのに相応しい白き手に剣を握らせようと言うのか、非道な……! あぁ、我が姫、貴女のその聖なる銀の眼差しに心撃ち抜かれた哀れな下僕にどうか名をお教え願いたい……」
 魔王である青年の情熱的な言葉に、ハルノは俯き、頬を染める。
 意味もなく、スカートの裾を弄り、ドキドキと高鳴る鼓動が自分でも聞こえそうだと思った。
「……ハルノ……、古賀晴乃と申します」
 先程まで威勢よく出されていた声は消え入りそうに儚く、しかしその音は胸ざわめかすほどに美しいものだった。
 ウットリと魔王の瞳に夢見るような色が浮かぶ。
「ハルノ……不思議な響きだ……影など使わず現身でお訪えば、その絹糸のような黒髪、柔らかな象牙の肌に触れることが出来たものを……」
「……そうして頂きたかったわ、なんて言ったら、はしたない娘だとお思いになる……?」
 恥じらいながら頬を押さえ、そっと魔王に上目遣いに視線を向ける晴乃の可憐な媚体に、魔王は今すぐ身体を呼び寄せそうになった。
 しかしそれは出来ぬこと。
 自分は己の領域から一歩も踏み出せぬ定め。
 こんなにも、彼女をこの腕に抱きしめたいと魂が求めているのに。
「我が愛しのハルノ……このままそなたを連れ去りたいところだが、我は影の身、それも叶わぬ。どうかその心を震わす鈴の音で、我の名を呼んでくれぬか……?
 アルカード、と」
 再び空間が揺れる。影を離れた場所に投影する術の効力が消えかけているのだ。
 薄れゆく愛しい男の姿に、晴乃は慌てて呼び掛けた。
「アルカード様……! 待っていて、私、必ず貴方の所へ参ります! その時はきっと、抱きしめて下さいませ……!!」
 魔王は頷き、音はもう届かなかったが、ハルノには自分の名を愛しげに囁く彼の声が確かに聞こえた。
 ポトリと人差し指ほどの火が床に落ち――魔王は消えた。
 魔術師たちは、今、目前で何が起こっていたのか理解したくなくて、ひたすらポカーンとバカ面を晒している。
 名残惜しげに彼のいた場所をじっと見つめていた晴乃は溜め息をひとつ吐いた。
 そして。
 クルリと魔術師たちに向き直った晴乃は、先程まで見せていたふてくされた態度が消え、辺りを圧倒する覇気と輝きに満ちていた。 そう、これこそ彼らが望んだ勇者としての存在感――だが。
「彼が魔王?」
 嵐を秘めた銀の瞳に言葉は出ず、魔術師たちはただ頷く。
 ふぅわり、晴乃は微笑んだ。
 誰もが心奪われるその花の笑み。
「私は、勇者」
 再びコクコク頷く魔術師たち。
 逆らってはいけない。そんな空気を今の彼女からは感じた。
「じゃあ彼は私のものね♪」
 いや、それはなんか違う、と言う間もなく、軽やかにステップを踏んで晴乃は行く。
 魔術師が勇者に手渡そうと捧げ持っていた聖剣とマントを抜かりなく奪い、扉を開けて、見知らぬ世界へ―――

 待っていてね、私の貴方☆

 そう歌うように呟きながら行く彼女とすれ違った者は、のちにこう証言した。
 間違いなく、彼女の瞳はハート型に煌めいていたと。



 少しして、純白の花嫁のような衣服を着た少女が魔王城に入っていったという噂を最後に、それ以来、魔王が世界を脅かすことはなくなったという―――。


 END ?
初出:2008/08/07ブログSS
変則的トリップもの第二弾。
勇者と魔王、強烈な一目惚れをかます編。

いや、こうゆう召喚ものって、
何でいつも主人公言われるまま、
流されるまま、
巻き込まれるままなのかな〜と思ってて
(そうしなければ話にならないからだ)
ちょっとツッコんでみたかったの。

皆様もツッコんで下さい。

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