Song-bird
 

「……お疲れさまです、相楽先生」
 イメージキャラクターをしているブランドの、新しいパンフレットの撮影が終わって、着替えに戻ると見知った顔。
 K/Sのデザイナー兼社長である彼、相楽潔氏(28)が私の控室にいました。
 まあ、いてもおかしくないんですどね。
 彼のブランドの宣材撮影だし、この撮影に使ったホテルは彼の一族の持ち物であるらしいので。
 ……どうして私の部屋にいるのかは考えたくありませんが。
「お疲れさま。やっぱりよく似合うね、詩歌の為に作った甲斐があるよ」
 まだ撮影衣装のままの私を見て、フンワリ微笑んだ彼は私よりじゅう――いえ、七つ年上の方で、自らモデルをしないのが不思議なくらいルックスの良い男性です。
 身長は180cm以上、体つきは華奢だけど、貧弱なわけではなくて、均整がとれています。
 クォーターである彼の顔立ちは、僅かに異国風で、それがかえって整った顔立ちの魅力を引き立てているのです。少し不思議な光り方をする黒髪を長く伸ばし、灰色がかった瞳はいつも穏やかな眼差しで。
 私が彼の本性を知らなければ、頬を染めて恥じらうほどの良い男だと言えるでしょう。
「――有難うございます。ところで」
 部屋のドアを開けて固まっていた私は、冷ややかな声を出して彼を睨みました。
「何故貴方がここにいて私の荷物をひっくり返しているのですか」
 私の詰問に彼は悪びれた様子もなく、うん? と首を傾げるだけ。
 ベッドに斜めに腰掛けて、私がキチンと片付けておいたバッグからお財布、化粧道具、筆記具、ドラマの台本、着替え、し、下着までっ……、シーツの上に広げていたのです!
「何やってんだって訊いてるんですよ! 空き巣ですか貴方はッ!」
「ねえ、詩歌。ないよ、アレは?」
 バッグを逆さにして振っている彼はまるで無視なのです。
「ひとの話をきけええぇぇッ!!!」
 その場でジダンダを踏み叫ぶ私に廊下にいた男性が気付き、慌てて駆け寄って来ました。
 あれは廉せんぱ……いえ、
「木崎さん……、あああ…やっぱり……」
 部屋の中にいる彼を見て、がくう、と肩を落としたのは相楽廉さん(20)、居直り強盗っぽいやつの実の弟君です。気の毒です。
「兄貴! 何やってんだよ、木崎さん困ってるだろ!? ったく、人を足代わりにして、着いた途端に行方くらますしどいつもこいつも自分勝手なんだからーーー!!」
 後半、何か違う内容が混じっていた気もしますが、その通りだと私は同意の頷きを返しました。
「いくら兄貴の彼女だからって木崎さんにもプライバシーってものが、」
「彼女なんかじゃありませんッッ!! 恐ろしい誤解はやめてくださいいぃぃっっ!!! 」
 廉さんの言葉を遮って恐ろしすぎる誤解に涙目になって叫ぶ私に怯んだ彼は、え? そうなの? でも兄貴は……、とかブツブツ言っています。
 最悪です。
 そんな嫌な根も葉もない関係をスクープされたら私の芸能生命は瀕死なのです。
 あっという間に結婚引退に持って行かれて、この、顔は良いけど変な男に一生縛りつけられる予感がして私の人生も終りです。
 神経がやられそうな未来予想図にぶるぶる震えていると、不満そうな顔をした相楽先生が私に言いました。
「詩歌。チョコレートは?」
「は? なに寝惚けたこと言ってんですか、お菓子なんかないですよ」
 調整中の私に何のイヤガラセなのですか。
 チョコなんか持ってたら小煩いマネージャーにニキビがどうの言われちゃうじゃありませんか。
 はッ、あの使えないマネ、どこに行ったのですか?! さては長いものに巻かれてトンズラしましたね!? 私はイケニエですか!!?
「チョコ」
 ねだるように手をこちらに差し出して唇を尖らす相楽潔28歳。
「うっとうしいですよ! お菓子が欲しいならラウンジにでも行って下さいよ!」
「いや、あの、木崎さん、今日は何日かわかります……?」
 私と実兄の噛み合わないやりとりを見かねたのか恐る恐る発言したのは廉さん。
 そう言われてようやく、私にも相楽先生が何を求めてるのかわかったのです。
「2月14……ハァ? バレンタインを要求してるですか、この変質者は」
「そう言いたい気持ちはとても良くわかりますがこれでも実の兄なのでもう少し言葉を選んで頂けると嬉しく……」
「詩歌からチョコ貰えると思って来たのに…」
 知りませんよそんなのっ!
 ん? まさかと思いますが――
「……今日の撮影が無理矢理早められたのって……」
 本当は、今日私は夜のラジオ収録までオフだったのです。
 でも、撮影に使われるこのホテルが今日しか使えないと言われて、仕方なく朝早くからお仕事に来たのです。
 撮影スタッフの方々も急に集められたらしく、とってもとっても大変だったのです。
 それがまさかもしやこの男のチョコが欲しいという我が儘から来たものだとしたら……、
「うん。僕がお願いしたんだよ。詩歌もチョコ渡しやすいでしょ」
 にっこり。
 ……この、私からバレンタインチョコを貰えるに違いないという根拠のない自信は何処から来ているのでしょうか。
 震える手をギュッと握り――廉さんが耳を塞ぐのが目の端に見えました――息を吸い込みます。

「いっぺん死んでくるが良いですよッッ!!」

 木崎詩歌、公式年齢21歳、女優、歌手。
 秘密を抱え、美形だけど変な男に取り憑かれた、私の明日はどっちでしょう………。


 End.
初出:2008/12/24


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