はにー・むーん

*1
 
 青い空! 青い海! 白い雲!
 どこまでも続く水平線が、あたしを呼んでるの――

「とか言っちゃってー。目の前に広がるのは、どんよりした空ー。どんよりした海ー。鈍色の雲ー」
「時期が時期だから仕方ないだろ。ぼやいてないで荷物運べ」
 馬鹿を言うあたしを小突いて、旦那さんがカートを引く。
 あたしはダウンコートの前を開けながら、嗅ぎ慣れない空気を吸い込んだ。
「潮の匂いなのかな。でもなんか違うかな」
「すーず。旅先の空気を楽しむのはあとにしろ」
 おのぼりさんのように、落ち着きなく辺りを見回していたあたしは、フミタカさんの叱責にぴょんと背筋を伸ばして返事をした。
「アイサーボス! まずどこに向かう? お腹すいたよー」
「レンタカー取りに行って、途中で適当な店に寄るとするか」
 宿泊先に送りきれなかった荷物が入ったキャリーケースを引きずり、フミタカさんのところまで駆け寄る。
「予想してたけど暖かいねぇ。コートだと汗かいちゃう」
 いっそのこと機内で脱いでおけばよかった。あたしは手で顔を扇いでぼやく。
「こっちは冬でも二〇度超える日もあるらしいからな。どうせ車だ、移動の途中で服装は合わせたら良いだろ」
「はいはーい」
 キョロキョロしている間に離れた間隔をまた小走りして、先を行くフミタカさんの隣に並んだ。ひょいっと顔を見上げると、心持ちゆるんだ顔をしているから、あたしも気の抜けた笑みを浮かべた。
 もうずっと忙しかったし、厳しかったり疲れてたりと、そんな表情ばかりだったのでリラックスしているフミタカさんを見ると嬉しくなるのです。
 街路樹の赤い花はブーゲンビリアかな。ほかにも名前の知らない花がいくつか見える。こんな時期に咲いてるんだ。
「冬なのに花もいっぱい咲いてるね。街路樹の種類も違うし、南国ってカンジ!」
「空が広いよな」
「解放感だよね」
 お天気が微妙だということだけが残念。
 とはいえ、一週間も滞在するのだ、何日かは晴れてくれるはず。さすがに海には入れないけど、散策すると気持ちいいだろうな。
 ――歓迎の垂れ幕の文字をうきうきしながら読み上げた。

「めんそーれおきなわっ」

 本日から一週間、南の島でバカンスですよ!
 十一月に式を挙げて、晴れて夫婦となったワタクシたちでしたが、雑多なことに追われて、新婚旅行は危うく無しになるところだったのだ。
 立場上まとまった休みも取りにくいし、年末年始の休暇を利用して、よ・う・や・く、のハネムーン!
 新婚旅行といえば、海外が定番だけど、あたしたちが選んだのは国内旅行だ。
 旅行先では何も考えないでのんびりしたかったし、そもそもあたしパスポート持ってない! いまどきパスポートも持ってないのかと旦那に馬鹿にされて、ちょっと喧嘩になったりもした。
 ……と、いうことで選んだ行き先は沖縄。
(シーズンオフだし、人も少なかろう……って思ってたんだけど、意外と年越しでこっちに旅行にする人って多いみたい。決めた時期もギリギリだったから、チケット取るのに苦労したわ……)
 本当は、副社長就任・結婚後初めての年末年始ということで、実家や来生のお家にいたほうがいいのだろう。でも、「せっかくの新婚旅行なんだからいってらっしゃい」と両親たちが背中を押してくれたのだ。
 無理ならいいや、と思っていても、やっぱり行きたかったなっていう本音が駄々漏れになっていたのかな。家族との新年はこれからも過ごせるけれど、新婚時代は今だけだから、遠慮なく甘えさせてもらった。
 北海道と、京都と、沖縄の三択で、なんとなく新婚旅行っぽいだろう三番目を選んだのはあたし。
 ハネムーンっていったら南国ってイメージだもんね! 寒いときにさらに寒いところはやだし。
 選に漏れたあとの二つは、またの機会をお楽しみに! ってところかな。行く機会があればだけど。
 一日目から三日目までは本島北部中部を中心に廻って、四日目は南部、残りの後半は離島でのんびりリゾートする計画。
 ホテルもちょっとリッチなところを取って、こんなときでもなければしない贅沢をするつもり。
 旅行が終わったら節約生活するよ……!
 うん、いや、特にお金に困ってるってことはないんですけどね?
 旦那さんは稼いでいるし、あたしも就職してから何かと忙しくて、使う機会がなかった貯金がけっこう貯まってたし。
 結婚式の費用でぶっ飛んじゃうかな、と思っていたら、ありがたいことに両親が式費用をずっと貯蓄していてくれた上に、フミタカさんがほとんど負担したから、あたしのヘソクリを出すまでもなかったし。
 そんなわけで、即お金に困るってこともない経済状況なのですが、この先何があるかわからないからね!
 子どもだってできたらあれこれと物入りになるもの。
 使うときは使う、節約できるときはする、ってことでいいでしょう。
 そう主張して、わあ、あたし主婦みたいだーとか言ったら生温かい目で旦那さんに見つめられました。
 ……失敬な。

  ***

 空港近くのレンタカーショップは同じような旅行者でにぎわっていた。
 むむう、シーズンオフ……とは、嘘だったのか。たまたまなのか。
 手続きに向かったフミタカさんに言われて、あたしは店の前で荷物番。
 キャリーに軽く腰を預けて、開いたガイドブックに目を落としていると、影が割り込んだ。ハイカットスニーカーの爪先が視界に入る。
「君たちもここで車借りるんだね」
 顔を上げると、同じ年代の青年が人懐こい笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
 あたしが怪訝な顔をしたのを彼は読み取ったのか、慌てたように手を振った。
「いや、そんな不審者見るような目をしなくても。気づいてなかったのかな、俺、同じ飛行機に乗っていたんだよ」
「……はあ」
 だからなんだというのか。
 というか、あたし飛行機の中でずっと寝てたんだよね。
 離陸と着陸するとき窓から外を眺めるのが好きだったのに、用意で疲れていたのか旅行にコーフンして昨日眠りが浅かったせいか、席についてフミタカさんと話してた途中から記憶がないんだ。
 到着したぞって揺り動かされて、自分が寝てたことに気づいたくらいだ。
 飛行機で同席していたなんて言われても、まったく記憶にごさいませんし、声かけられる意味わかんない。
「同じ飛行機で同じレンタカーショップ、恋人とこの時期に旅行って一緒が重なるな〜って、仲間意識感じちゃって」
 ……ナンパとは違うのかな。
 恋人と旅行が一緒って、連れがいるってことだもんね。こっちは恋人通り越して旦那だけど。
 あたしの反応が鈍いことに困惑したのか、男は少し首を傾げる。
「……あれ、もしかしてお連れさん、恋人じゃなかった? 兄妹とか……似てなかったけど」
 返事をしない間に妙な誤解をされている。あたしとフミタカさんのどこをどう見たら兄妹に見えるのだ。
「違いますが」
「鈴鹿」
 連れは旦那さんだよ、と言いかけたところで当の旦那が戻ってきた。
 ちょっとムッとした顔で、車のキーを手にこちらへやって来る。何やら後ろで店員さんがペコペコしてるから、何かあったのかな?
 ガイドブックを閉じて迎えようと思ったら、隣にいた彼が先に進み出た。
「どうしたの、敦子さん」
 フミタカさんに隠れて見えなかったけど、すぐ後ろにいた女性に声をかけていた。
 ちらっと目にした彼女は、涼しげな美人さんで軟派っぽい彼の恋人というにはちょっとギャップがあった。って、人様のこと言えないか。
「お帰りー。何か時間かかってたね?」
「ああ、ちょっと手違いがあってな」
 ムッスリしたまま言うフミタカさんに、どうかしたのかと問う前に、彼女さんが申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、本当によろしかったのでしょうか……」
「ああ、そちらが悪いわけではないから、気にしないでください」
 でも、とまだ何か言いたげにする彼女に会釈して話を打ちきり、フミタカさんは荷物を持って歩き出す。
「何がどうしたのさ」
「店のミスで、俺たちと彼女の予約の車がダブルブッキングになってたんだよ。で、代わりが空いていたミドルクラスになるから、そっちを俺が借りることにしたんだが」
「うん?」
「それをあちらの彼女が気にして、ちょっと押し問答した」
 予約のタイミングを考えると、あたしたちのほうが先約だったようで、譲られた形になった彼女さんが申し訳なく思ったらしい。
 うん、ミドルだとレンタル料金が割り増しになるんだって。
 でも慣れない土地を長く運転することを考えたら、女性に大きめの車はキッツいんじゃないかな。あの彼氏の様子じゃ、彼女さんがドライバーのようだし。うん、フミタカさんの選択で正解。
「気にし屋さんなのかな?」
「損しそうな性格だな。――で?」
 で? ってナニ。
 ぐるりと回って駐車場にたどり着いたあたしたちは、これから数日お世話になる車の前で立ち止まった。
「さっきの男はどちらさん?」
 気がついてないと思ったら気づいてたー!
 フミタカさんてば、笑みを浮かべてるようでいて、目が笑ってないんだよ!
 どうしてあたしが慌てなきゃいけないんだと思いつつ、答える。
「件の彼女さんの連れでしょ。なんか同じ飛行機でどーのこーの話しかけられただけですし。待ってる間ヒマだったんじゃないの?」
 こっちをカップルだと認識していたし、あっちだって女連れなんだ。別に気にすることないと思うんだけどなー。
 ていうか、どうでもいい相手ですよ。
 アナタの奥さん、亭主が思うよりぜんぜんモテてないから、いちいち周りに寄ってくる男を警戒する必要ないと思うの。
「……ああそうだな、鈴鹿はどっちかというと女にモテモテだもんなー……」
「フミタカさんに言われたくないよ!?」
 誰を思い浮かべたのか知らないけれど、遠い目をした彼にツッコむ。
 結婚したあとも、虎視眈々と愛人から本妻蹴落として成り上がりコースを女豹どもに狙われてるくせに!
 他人のもの盗りたがる人の気持ちがわかんないあたしは、一生関わりたなくない方々です。社員だから関わらざるを得ないけどね!
「お前の場合は恋愛絡まないから、余計に面倒だっていうか……」
 女友だちとキャッキャウフフして何が悪い。可愛いものでしょうよ。
「フミタカさんはけっこうオジサンにも好かれてるよね〜」
 社長の昔馴染みの面々とか。女ホイホイの他にオヤジキラーの名も増やすべきかな。
「好かれてないから。違うから」
 おバカな会話を交わしつつ、トランクに荷物を積み込み、シートの微調整を済ませれば、準備万端。
 これから数日よろしくねとボンネットを撫でて、車に乗り込んだ。

 
読んだよ!

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