▼ バレンタイン・デイ
「よし、今日こそ渡すんだ……!」
私は魚屋の前でチョコを持ってウロウロしていた。
今日は世間一般ではバレンタイデーである。私もまた、チョコレートを渡そうと待ち構えていた。
魚屋を覗いてみると、青髪の男性――――ランサーさんが店番をしている。
私は話しかけよう……と思ったが仕事の邪魔になってしまうのではないと思う。ここは一旦、撤退しよう、そう心に決めて去ろうとする。
「ん、ありゃ、嬢ちゃんじゃねえか……」
その姿をランサーさんが見ていたとも露知らず。
「もうバレンタインも終わるっていうのに……」
私は1人、公園でブランコを漕ぎながらそう呟いた。
もうじきバレンタインも終わる。私はまだチョコを渡せずにいた。
渡せずにいるバレンタインチョコを見つつ、私は立ち上がる。
「渡せずにいるんなら……」
「待てよ」
「へ!?」
私がゴミ箱の方へ歩き出すと、突然誰かが私の腕を掴んだ。ランサーさんだ。
突然腕を掴まれたことよりも、ランサーさんがここにいることに驚きを隠せない。
私は思わず固まり、ぎこちない動きでランサーさんの方を向く。
「な、ななな、なんで」
「さっき魚屋の前に嬢ちゃんを見かけてな」
「でも、なんで」
「それよりも、渡すモンとかあるんじゃねえか?」
ランサーさんは私の手にあるチョコを見る。私も「ああ!」と頷き、捨てようと思っていたチョコレートを渡した。
ランサーさんは「サンキュな」と返した後、チョコを受け取り、袋を剥がす。
「おお、美味そうじゃねえか」
「い、いえ、不格好ですよ……」
「見た目よりも味じゃねえのか」
そう言って、ランサーさんはチョコを口に含んだ。しばしの無言が流れた後、「美味ェな」というセリフが返ってきた。
私はあまりにも照れ臭くなり、顔が高揚するのを感じる。
ランサーさんはチョコを食べる手を止め、私の顔を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
「そうか。チョコレート、ありがとな」
ランサーさんはそう言って、頭をポンポンと優しくなでた。私は思わず恥ずかしさで身を縮こませる。
そんな私を眺めつつ、ランサーさんは苦笑した。
「ハハッ、嬢ちゃんは可愛いな」
「かわ、可愛いって……!」
「お返し、期待してろよ?」
「……は、はい」
ランサーさんはそう言って、公園を出て行ってしまった。
私はそんなランサーさんを眺めつつ、しばらくその場にいるのだった。
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