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「俺、あんたのこと嫌いやわぁ」

合宿でダブルスを組んで2週間が経った頃、突然夜更けに毛利が言った言葉である。風呂に入り、髪を乾かし、歯を磨いてさぁ寝ようかという時だった。毛利は気怠げにガシガシと襟足を無造作に掻きながら、はあっと溜め息をついた。

「あんた、俺とダブルス組んどって楽しいん?」

鳶色の瞳は笑っていなかった。同じ部屋になって少し経ち、彼が真剣な顔で冗談を言う人物ではないことは分かっていた。唐突だったし質問の意図は読めなかったが、相手がそういう態度ならば建前を使う必要はあるまい。

「楽しい楽しくないと問われるなら、どちらでもない。コーチの方針に則っているまでだ」

「あ、そ」

スンッとそっぽを向いて、毛利は自分のベッドにボスンとダイブした。何故急にそんなことを聞くのかと越知が尋ねると、“別に”とだけ返ってくる。
そのまま静かな時間が訪れた。毛利は布団にうつ伏せになってスマホをいじり、越知はデスクで読書をしている。やがてあと10分で消灯時間だと言う時に、ポツリと呟きが聞こえた。

「あんたやのうて、種さんやったらええのにな」

わざと、越知に聞こえるように言ったのだろう。自分が好かれてなどないなんて(いや嫌われてるとも思っていないが)、微塵も思っていなかった越知はスルリと視線を赤毛に向けた。ああ、察するに2つ年下のこの男は、自分があまり気に食わないらしい。好かれていたら好かれていたで鬱陶しいと思う部分もあるだろうが、嫌われているならそれはそれでやりづらいこともあるのだ。
パタン、と読んでいた本を閉じた。思ったより大きな音がしたのだろう、毛利が越知の方を見やった。本を引き出しへしまうと、越知は立ち上がりベッドへ向かう。

「お前が俺をよく思っていないのなら、無理に合わせる必要などない」

「……は?」

隣り合わせのシングルベッド、サイズは背の高い2人に合わせた特注品。毛利の瞳をジッと見つめながら、越知は続けて口を開く。

「自由にするといい。今までは連帯責任を負わされるのを避けるがためにお前を気にかけていた。が、そこまで言うのならもう何もしないし言わない」

サボり癖のある毛利を集合時間に合わせて起こしてやったり、どこかへフラッと消えようとするのを阻止したり、そういうのは越知がいつも一声かけて上手くコントロールしていた。お陰でここ最近は、練習に遅れましたーなんて言ってコーチからペナルティを足されることも無くなっていた。だがそれが毛利にとっては苛立ち以外の何物でもなかったのだろう。越知には越知の、毛利には毛利のペースがあるらしい。自分以外と組みたかったと言わせるまでのストレスなら、もう好きにしてくれればいいのだ。

「おやすみ」

答えを聞くことなく、越知は布団に潜り込んだ。いつもは天井を見上げて静かに寝入っていたのだが、今日は毛利に背を向けていた。
対する毛利は、思いの外ドライな反応に呆気に取られていた。いやこの男からドライな部分を取ったら何が残るんだと聞かれたらおしまいなのだが、正直言うともっと反論されるかと思っていた。だから、静かに寝息を立ててるこの男と対照的に、呆然とその背中を見つめていた。
しかし自分の好きにしていいのなら都合がいい。今まで通り自分のペースで練習をして、自分のペースで休めばいいのだ。そもそもこの人と自分とでは性格が合わないのだから、ダブルスなんて以ての外だろう。どうしてコーチは自分らを組ませたのか。やりづらいったらありゃしない。

(もう、やってられんね)

フンッと越知から顔を逸らし、毛利も布団にすっぽりおさまった。








翌朝、毛利が起きたのは練習時間をとっくに過ぎた頃だった。日は高くのぼり、窓からさんさんと差し込んでいる。カーテンが開いていて眩しいのにも関わらず随分と寝こけていたようだ。
隣を見た。布団は綺麗に折り畳まれていて、あの男の気配など微塵もなかった。ただ無機質な空気が広がるばかりである。
……本当に、起こされなかった。いつもならユサユサと揺さぶられて声をかけられるのだが、何にもなかった。お陰でぐっすりスヤスヤとこんな時間まで寝て過ごした。思うがままに眠ったのは久しぶりである。
うーーんと背伸びをした。もう自分の好きなペースで過ごしていいのだ、あの男のペナルティなんてどうにでもなれ。自分のペナルティも自分次第、やるかやらないかなんて自分で決める。のんびりとジャージに着替え、寝癖のついた髪をとかす。身支度にはそう時間もかけず、部屋を出た。
向かうのは、以前までずっとお気に入りの場所にしていた木陰である。練習場とは正反対の位置に向かって歩いた。途中誰ともすれ違うことなどなく、静かに風が通り抜けていった。こんなのは久しぶりだ。鼻歌が飛び出す。練習なんてものは縛られてやるものではない。やりたい時にやればいいのだ。
大きな木の下、涼しい影に毛利は腰を下ろした。サワサワと葉が揺れて、心地よい音を奏でる。やはりこの場所はいつ来ようと落ち着く。座っていたつもりがいつの間にか後頭部まで草っ原につけていた。このまま目を閉じたら終わりだとは分かっているが誘惑に勝てるなんて思っていない。

“また寝るのか、練習が始まるぞ”

どこからかあの青メッシュの男の声が聞こえた気がした。思わず背をビクッと震わせ、パカッと目を開く。辺りをそっと見てみたが、誰もいない。なんやねん、と呟くとまたゆっくり仰向けに転がった。

「あほらし、空耳かい」

頭の中にぼんやりと浮かぶ男の顔、頭を振って散らそうとする。そこで気付いた、何で今、越知なんかの顔が浮かぶのか。リラックスして気ままに過ごしている筈なのに何故あの顔が。

「…………」

“ほら、行くぞ毛利”

声どころか手を招かれる光景まで再生される。いつもサボろうとすると、おいでと招かれるのだ。
ムカつく。何か、負けた気がする。この場に居ないくせに精神にまで侵食してくるなんて。……いや、あの男はこうだったか。精神に潜り込んできて内側から崩すのが彼のプレイスタイル。そうならば、自分は既に越知の手の中なのだろうか。ああ、腹が立つ。こんなんじゃ寝れるもんも寝れない。

(ええわ、もう。うさいぬん事だけ考えたええわ)

心がヂリヂリと焦げるような感覚が、どこか遠くにあるような気がした。それを抑え込んで、毛利は昼寝を続けた。

浅い夢の中で、誰かが毛利のことを呼ぶ。この気配、またか。誰か、なんて……正体は分かってる。“遅れるぞ”という声も、チラリと覗くクールな瞳も、分かっている。寝ても逃げられないのか、くそ。ここまで来るとストーカーみたいに思えるが本人はここにいない。全部自分が生み出した幻影に過ぎないのだ。

…………ヂリッ

ヂリヂリ

ヂリヂリヂリ

ヂリヂリヂリヂリ


「……だあーーーーっ!!!!もおーー!!」


ガバッと跳ね起きた。背中についていた葉っぱがヒラリと落ちる。
燻っているざわめきが五月蝿い。越知のことなんか考えたくもないのにどうして頭に浮かぶのか。何で嫌いなくせに夢にまで出てくるのか。自分の中で捻り作ったまやかしも、それを作った自分にもイライラが募る。1人でいる時間をゆったり過ごせないなんて、今までこんなことがあっただろうか。自分の私生活に越知が介入してきて、まるごとひっくり返されたのだろうか。……もう、越知と出会う前のマイペースには戻れないのだろうか。
他人に左右されているという屈辱感、自分の精神を奪われていく感覚。焦がされる。自分の身も心も焦がされていく。甘いなんてもんじゃない。炙られるように、少しずつ削られていくようだ。
このうざったい痛みを消すには、どうしたらいい。こんなに騒がしくては敵わないのだ。日が傾きかけた午後の原っぱで、毛利はすくっと立ち上がった。


宿舎のある方向へと早足で戻る。自分の部屋に戻り、ロッカーを開け、ラケットを取り出した。柄を強く握りしめ、何もない空間へ、感情のままに1度振り下ろす。無機質なラケットから、ブンッと低い唸り声がした。くるくると空中で回し、また綺麗に手のひらへと納めた。キャッチして一呼吸起き、深いため息をついた。
コートへ向かう。喧騒の中、ひと回りもふた回りも大きな白髪の背丈が見えた。ヤツの背中だ。彼は毛利に気付くと、少しばかり首を傾けた。

「毛利?」

いつも通り、淡々とした声だった。名前を呼ばれて、ヂリヂリが強くなる。毛利の目つきが鋭くなったのにも関わらず、彼は冷静だった。

「……あんたのせいで、リラックスできんよぉになったやないか」

「何のことだ」

「やめーや、うざいねんそういうん」

今年で1番声を荒らげたかもしれない。
越知はきっと、毛利の背中に草と土が付着しているのに気付いている。それを毛利も分かっているからこそ、彼の言動に棘を刺したくなるのだ。まるで反抗期。自分のどこかに隠れている大人な精神が、やめなさいと嗜める。だがそんなものの言うことを聞けるくらいなら、最初からサボりなんてしてないのも事実だ。

「俺んペース崩しよってからに……ほんま腹立つ」

越知の脇を通り過ぎて、コートに入った。その場が一気に静まり返る。
今まで越知が行っていたのはダブルスの試合形式の練習。彼は毛利不在の中、平&原ペアに対して1人で戦っていた。毛利はその隣にするっと入り、構えた。結局ここが自分の場所だとでも言うように。

「あんたのこと許さへんわ」

中腰の構え、両手の内でラケットを思いのままに回す。ぺろりと舌を出した。一部始終を見ていた原がボールを垂直に投げる。空中で狙いを定めて思い切り叩き込み、毛利の守備範囲へとサーブを打った。
越知の瞳が、ボールを追う。その延長線上にいる毛利を視界に入れると、おもむろに瞼を閉じた。そうして少しだけ、フンッと呆れたような笑いを漏らす。

「結構だ、お前のやりたいようにやればいい」

「ああそお。……ほな、そうさせてもらいまっさ!」

流星のような軌道を描き、原の打ったボールが力強く跳ねる。ギラつく鳶色の瞳を揺らがせながら、毛利は己のラケットにそれを捉えた。








越知と出会って変わってしまった。それが良いのか悪いのかは分からない。自由人の自分が、この男の手のひらで転がされてやろうと思ったのは気まぐれに過ぎなかった。カンに触るが、彼といると次第にヂリヂリが薄くなる気がしたのだ。それならもう少しだけ、この男の隣にいてやってもいいかもしれない。あくまで自分の気まぐれで、だ。

毛利がヂリヂリの正体に気付くのは、もう少し先の話だ。
そして2人がペナルティを喰らうのは、あと1時間後の話。




END

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