1/1
加治風多が好きだった。
と言えば、その一言で結論としては十分だろう。
しかし、そんな言葉で足りてしまうほど淡いものを抱いている訳ではなかった。形の見えないぼんやりしたものではない。これは明確な強い好意だった。赤い赤い血のように、止まることなく体を巡る。胸の奥から指の先までもが溢れんばかりの想いを放った。心すべてが惹かれる。自分の意思というものが抵抗できない。激しい恋だった。
やがて、焦がれた。苦しくて、胸を刺されるような日々が続いた。彼の事を一番に想った。このまま身が燃えてなくなってしまうのではと思うほど、その愛は強かった。瞳に焼き付くほど彼を見つめていた。気付けば彼の名を口にしていた。
あぁ、好きだ。純粋に、しかし猛烈に愛していた。結ばれる結ばれないなど頭になかった。髪の毛先がピリリと浮き上がるほどの純愛を内に秘めていた。
加治風多。
何て素敵な名前だろうか。その文字を見るだけでも首が火照る。あぁ、あぁ、大好きだ。加治風多が大好きだ。
今日も彼の姿を見ているだけで幸せだ。彼のつんとした声を聞いているだけで幸せだ。息が荒くなる。思わずしゃがみこむ。目の前がぐらぐらして睫毛が震えた。遠くにチラリと後ろ姿が見えただけ。それでも跳ね上がりたくなるほど“大好き”は滲んだ。今日も、可愛い。今日も、綺麗。今日も、カッコいい。ここから彼までは30メートルは離れている。それでいい、それでいいんだ。ぽそり。到底聞こえないほどの大きさで、ありがとうと呟く。
自室へ戻った越知は、ドアを閉めるなり桜色に染まる己の顔を掌で覆った。よろよろと数歩あるくと、壁に背をもたれさせてぎこちなく座り込む。
「今日も変わらず可愛らしかった……」
深く息を吐き出しながら、激しく打ち付ける鼓動を落ち着かせようと胸に手を当てる。ただ小さな後ろ姿を見ただけだというのに、その鐘のような心音は頭の中にまで響いてきて、とてもじゃないが恥ずかしい。冷静になろうと囲碁の事を考えるが、そんなものはあの小さい彼に敵うわけなかった。次第に顔だけでなく、全身がぽうぽうと温かみを帯びてくる。暑い。全身が暑い。
今、脇に体温計を突っ込んだら、医務室で休めるくらいの熱は出ていることだろう。背中に感じる壁のヒタリとした薄っぺらい冷たさを気持ちよく感じた。汗が吹き出す。額に浮かんだ僅かな玉粒を拭い、またふうっと遠くへ息を飛ばした。
がに股で座っていたその膝に手をぶらりと乗っける。そうしてから露骨に項垂れた。
その時ふと目に入った。この状況だったらそうなってもおかしくないそれが。
……ああ、しまった
眉を潜めた。やんわりと唇を噛む。
頭では制御しているつもりだが、どう足掻いたって体は正直なものだ。思考と本能の間は時にズレが生じる。今回もちょこっとばかりズレてしまったようだ。
こうなったのは1度や2度ではない。頭では清純な愛だと言いたいが、体はそうは言わせてくれないものだ。仕方ないと、自分の息子と布越しに目を合わせながら苦笑した。己がこんな状態だと分かると、息子はますます首を傾げる。今の自分は、精神以上に体が彼を求めているのだ。
「…………」
同室を利用している寿三郎は、まだ帰ってこない時間だ。あいつは門限ギリギリまでどこかブラブラと散歩している事だろう。時計をちらりと見て確信した越知は、そっと手を覆い被せた。
上半身のジャージのチャックを下ろし、片手で薄い胸板をまさぐった。薄ピンクの広がる色っぽい胸に、骨の浮き出た大きな手がいやらしく這う。そっと乳頭をつまみ上げ、やんわりと潰し、擦る。漏らす息が段々と艶っぽさを増していく。
「……ぁ、っん…………」
背筋がひくりと収縮した。顔面が上を向く。
風多、風多……。体が彼を求めている。ならば彼を思い描いてこんな行為をしてしまうのは、きっと仕方ない事なのだろう。反面、あり得ない想像もしてしまう。仕方ないの領域を越えて、本能が身を乗り出す。
ツンとたった乳首を、彼ならどうしてくれるだろう。みっともなくそそり立ったこの竿を、彼ならどうしてくれるだろう。こんなにだらしない体を、彼ならどう気持ちよくさせてくれるのだろう。
想像は尽きない。首筋に這われる手を想像して、またびくりとよがった。
ズボンを太ももまで下ろして内側にするりと手を差し込む。熱気をまとったそれは、下着を濡らすほどに膨張していた。優しく触れただけなのに、へその下で快感が激しく蠢く。意識しなくても声が漏れてしまった。
やんわりと生々しい竿を取り出すと、緩やかに上下に擦る。先の方から汁が溢れて指に絡み、卑猥な音を響かせた。
「……ん、ぁあ、風多……っ……」
彼は、優しく扱いてくれるのだろうか。それとも、想像とは逆にSっ気を混ぜてくるのだろうか。それとも、手を使わず口で抜いてくれるのだろうか。
……口。真っ赤な舌でねぶられ、白い健康的な歯で甘噛みをされる感覚。その淡い桃色の唇で吸われて、最後にはニヤリと嗤われる……。
「…………っ!ぁ、ああ、っ」
そんなものを想像してしまって、より一層、竿は固くなる。
自分はマゾヒストなのだろうか。最近気付いたのだが、越知は自分が虐げられるような想像をしがちだった。気持ち良さのせいか、脚が勝手にひくひく動き始める。
亀頭を柔らかく噛まれた後、指の腹で強く揉まれながら裏筋に舌を滑らされて。首筋にはいくつもの歯形と、身体中至るところには口付けの痕が欲しい。そして、きっとこう言われるのだ。“淫乱”と……。
「ーーーっ!!」
頭がくらくらしてきた。いくら想像でも流石に申し訳ない。そんな関係では……ましてやあまり話したこともないのに、こんな事を考えて申し訳ない。だがやはり、それ以上に理想を求めてしまうのがこの体、この心だった。渦を巻くような快感が、突き抜ける直前まで来てしまっているのだから。
大音量の声が漏れてしまう前に、胸をまさぐっていた方の手で口元を覆った。瞼をきゅっと瞑る。きっともうすぐ、達してしまう。ティッシュの用意なんかすっかり忘れて、また手を動かし始めた。
ゆっくり、ゆっくり。その後は段々と速く。それに合わせて自然と腰も動いた。ああ、気持ちいい……彼の手で扱かれていると思い込むと、なおさら気持ちいい。
腹がきゅうっと電流を帯びた。
「……ん、……ぁ、かぜな……っ、い、いく……ぁ……!」
背を反らせたかと思うと、直後、快楽が体を突き抜けた。一際大きな嬌声を上げて、絶頂に達した。白濁が勢いよく飛び出し、赤いジャージへ付着する。汗がひとすじ、腹筋をなぞるように垂れた。
「……はぁ、……はぁ、……う、ぁ」
ぼうっとして熱っぽい頭を斜めに傾けて、息を整える。少しばかり眉を寄せて、まだ物足りぬと心の内に猛るものを静めようとした。
熱い。体が熱い。全体がじんわりと汗ばんでいる。額にへばりついた前髪を何本か整えた。そうして、体が落ち着くのを待った。
その時だった。ガチャン、という小さな金属音が聞こえた。刹那、それまでとろりと潤んでいた越知の目は一変し、鋭い眼光を放った。そしてその刃物のような瞳は、ある人物を捉えた。
「なっ……!!」
「…………っ!」
それは、扉の隙間からこっそりとこちらを見ていた加治風多、その人だった。彼は目を伏せて頬を赤らめると、越知と目が合う前にふいっと視線を反らした。
まさか、見られていた……?!一瞬にして血の気が引いた越知は、遅いと分かりながらも慌ててズボンを上げた。取り乱して別の汗が吹き出てくる。動揺しすぎて立てず、女性のように脚を揃えて座る始末だ。
「ど、どこから……ッ!」
どこから見ていたのだろう。いや、よくよく考えればそんなものは関係ない。恥ずかしいものは恥ずかしいが、越知の妥協点はむしろ下がっていった。もはや、彼の名前を口にしたところを聞かれてなければいいのだ。そう、彼の名を呼んで、彼を想像して致している所を見られてさえいなければ……。
だか、そんな願いはたった一言で葬り去られる事となる。
「…………お前が、胸を触り始めたぐらいから」
「……っ!」
思わず目を見開いた。手足に力が入らなくなる。
つまり、最初から見られていたようだ。男が男を思い浮かべて致している自慰を、最初から最後まで見られていたようだ。喘ぎ声を漏らしているところも、よがってるところも、彼は全部見ていたのだ。
あまりの衝撃と絶望感で声が出ない。……終わった。社会的にも人生も終わった。そのくらいのショックを受けた。このまま死んでしまった方がマシだろうかと、そんなことも思った。きっと気持ち悪がられただろう。今だってドン引きしている事だろう。唇に思い切り歯を立てて、情けない顔をうつむかせた。
「…………気持ち悪いものを見せて済まなかったな」
涙が膜を張った。羞恥、絶望、ショック、自己嫌悪、……様々な感情が涙となって一気に溢れた。温かいそれは、床にぽたぽたと落ちていって小さな水溜まりを作った。
「……越知」
「もう金輪際こんな事はしないと約束する。だから……出ていってくれ……」
越知の背中は小刻みに震えていた。体躯はこの合宿内で一番だというのに、その時ばかりは物凄く小さく見えた。
「…………」
お願いだ、帰ってくれ。そんな越知の視線を受けて、風多はまた目を伏せる。しかし、次の瞬間思い切り扉を開け放ち、中へと足を踏み入れた。
「月光っ……!」
何かを決心したような表情をしていた。まっすぐ、男の元へと歩いてくる。
「……!や、やめろっ……入ってくるな……!」
名を呼ばれた男は、大袈裟に背筋を震わせる。だがそんな越知を、彼は優しく抱き締めた。そして、涙の伝った頬へ口付けを落とし、その薄い唇にも重ね合わせた。
「ーーっ!」
状況が理解できない越知はじたばたともがく。それを強引に押さえ付けるように、風多は抱き締め、更には押し倒した。
風多の柔らかい唇が、何度も何度も越知を貪り食らう。マシュマロのように甘く、そして深いキス。角度を変え、舌を抜き差しし、口内を掻き回された。
最初は抵抗していた越知だったが、段々とその力は弱まり、遂にはクタクタになってされるがままとなってしまった。舌先で歯をなぞられたり、絡み合わされる度に、びくりびくりと大きな体が跳ねた。
「んっ……ふ、ぁう……あ……!」
流れ込んでくる彼の唾液を飲み込む。酸欠の頭が心地よく感じられた。
口の中をめちゃくちゃに犯される気持ちよさで、また下半身が疼く。いや、ダメだ。それはダメだ……欲情してはダメだ。そんな越知の想いは知ってか知らずか、風多はキスをやめない。
やっと唇が離れた頃には、越知の体はすっかり欲情しきっていた。モノは雄々しく立ち上がり、ピンク色の乳首は硬く突っ立っていた。赤面し、涙を流し、呂律の回らない中で言葉を紡ぐ。
「なんで……っ、きもちわるく、ないのか……?」
馬乗りになって肩を上下させている風多は、手の甲で口元の唾液を拭う。
「そんなこと、一言も言ってないだろ……っ」
彼も酸欠なのだろうか、目を潤ませている。
またもや恥ずかしさが越知を襲う。顔面を覆って、嗚咽を漏らした。
「だが、おれは……おれは、おまえをおもいうかべて、こんなことを……」
「……もう、気付けバカ……うれしかったんだよ……!そうでなきゃとっくの昔に見るのやめてるっての……」
「……は?うれしい……?」
水分でぐしょぐしょに濡れた青い瞳が、指の隙間からこちらを向く。ぱちくりぱちくりと、何度かまばたきをして。
「そう言えば、なんでお前の部屋に来たか言ってなかったな……」
おもむろに服を握りしめていた手をほどく。まだヒックヒックと泣いている越知に、触れるだけの口付けをした。
「……俺な、お前に告白しようと思って来たんだよ」
「…………は……??」
「だから、好きだから付き合ってくれって言いに来たんだよ。そしたらタイミング悪いところに来ちゃって、引き返そうと思ったら俺の名前が聞こえたから……つい」
何が起こってるのかまるで分からない、という顔だった。随分と間抜けな面、といっても良いだろう。越知が彼の言葉を理解するまでに数十秒はかかった。
「……すき??だれが??」
「俺が」
「だれを……??」
「月光を」
「……へ???」
「……そんなに理解できないか?」
「……これは夢か??」
「いや現実だよ」
「そうか…………」
ピタリと会話が止まった。かと思うと、越知は今度は大粒の涙をボロボロと流し始めた。誰も見たことがないような人間味の溢れる泣き顔だった。
「はぁ?!ちょ、何で泣くんだよ!」
袖で涙を拭い取りながらしゃくりあげる。
「嬉、しくて……っ」
男のぐちゃぐちゃな顔を見やると、目を真っ赤にしながら鼻をすすっていた。そんな、泣くほどに嬉しいのか……。少年のような泣き方をする男に、風多はふわりと微笑む。ぐしぐしと目を擦っていた。
「……だが、すまない、……理解はできても、事実だとは……っまだ、受け止め、られない……」
越知の頭の中は想像以上に混乱している。すき?すきという言葉が、その意味が、まるで、分からないのだ。
黙りこくった男の顔を覗き込む。涙の跡が沢山あって、何だか可愛らしい。
「そうか……。……なぁ、月光」
「…………なんだ」
「お前これ、どうするつもりだ?」
風多が指を向けたのはたくましく立ち上がった越知の性器だった。先程よりも太く、硬く起き上がって、風多の腰元に押し当たっていた。
対して越知は、ふいっとそっぽを向く。恥ずかしくて仕方ないのだろう。
「…………あとで、自分で処理する」
「折角俺がいるのに?」
「……っ」
顔面を近付けると、下唇を食んだ。それから顎、首筋、鎖骨、と口付けをしてやる場所を下げていく。その間、耐えきれないのか僅かに嬌声をあげながら、とろけた瞳で風多を見つめていた。
「俺にやらせろよ、抜くの」
「だ、だが……」
「いいから。……して欲しかったんだろ、俺に」
「…………っ」
越知はその真剣な眼差しに、観念したように頷いた。
風多はゆっくりと、胸板に手を置いた。ジャージをはだけさせ、肌色を露にする。雪のように白い肌が、みるみる内に赤い絵の具をこぼしたように染まり行く。自分の手よりも2まわりほど小さいであろう彼の手。その彼の手が自分を責めている事に、越知はたまらないほどの快感を覚えた。
「あぁ……っ、ん……はぁ、……ぁ」
乳頭をつままれ、挟まれ、柔らかく揉まれる。それだけで腰が抜けるほど気持ち良かった。自分の手で触れていた時には感じられなかった蜜のような甘さと、溶けるような痺れに襲われる。
「気持ちいい?」
首筋を食みながら、耳元で囁かれる。大好きな声が間近で響いて、脳みそが融解しそうになった。
「……ぁ、んぅ……」
辛うじて頷き、顔を反らした。乳首をいじられているだけで、どろっどろに掻き回されてるように快楽が波を作ってゆく。
ただただ体を刺激されてるのに、マグロのように何にも抵抗してこない越知の首を強めに噛んだ。
「っ、あぁ!あっ、や、……いた……っ!」
力が入ったのか、肩がぎゅうっと上がる。胸を愛撫するよりも、首を噛んだ方が反応がいい。こいつはマゾ気質なのだろうか。
「……なぁ、下触って良いか?」
「……んっ、ぁ、いい……っ」
もう最早言葉を言えていないその様子が可愛らしい。衣服の上から、そろりと1本の指でなぞってやった。するとびくんと腰が浮き、甲高い喘ぎが耳に飛び込んできた。
はあはあと胸を上下させ、必死に酸素を取り込もうとしている。そんな男のズボンを脱がせ、下着も取ると、それはそれは巨大なモノが姿を見せた。その大きさに驚きはしたが、すぐに我に返り手のひら全体で竿を包み込んでやる。
「っ、あ、あぁっ!……ぃ、やっ……ひぁあ……」
「本当は嫌とか思ってねーんだろ」
竿全体をまんべんなく揉んでやり、するりするりと扱き始める。粘液質な汁が溢れた竿は、擦れる度にまた一段といやらしい音を立てる。ぐちゅぐちゅという水音を聞くなり、越知はジャージの袖を噛み締めて目を瞑った。その可愛らしい反応を目の当たりにして、もっといじめてみたいと彼は思う。にたりと笑って、亀頭へ顔を寄せた。
「……これ、咥えたらもっと気持ちいいんじゃねーか?」
八の字になった眉毛の下で、切れ長の目が驚いたようにまあるく広がる。
「やめっ……あっ、あ……!そんな、だめだ……っ」
「どうして?」
「……だめ、だからっ……!」
「俺の口じゃ不満?」
「ちがっ……、きたない、から……!」
「そんなもん気にしねーよ」
越知の制止を聞かず、風多はぱくりとそれを口に含んだ。
温かい粘膜に包まれた感触と、唾液のぬるぬるした感覚、舌の丁度いい固さとざらつきが男の性器を覆った。
「〜〜〜っ!」
耐えきれず脚を閉じようとするも、股の間に風多が入り込んでいるので無理やり開かされる。
舌先で裏筋をくすぐられ、白い歯で亀頭を甘噛みされた。生暖かい口の中で、竿は膨らみきれなくなった。先を口でいじられながら、根元の方も丁寧に手扱きされて、いよいよ絶頂が近付く。脈が激しく波打ち、視界が白く染まりかけていた。
「っ、ぁあ……もう、だめ……!」
「いくか?」
「い、いく……っ!」
そう言った直後、全身が痺れる感覚、次いで突き上げる感覚に襲われた。
「ーーっ!!あぁ、あ……っ!」
背中が大きくうねり、精が吐き出される。ガクガクと痙攣し、その体からは想像できない何とも色っぽい嬌声が部屋に響いた。
射精されたそれは、みんな風多の口の中におさまってしまった。こぼれることなくすっかり全部飛び込んだ。
「……っ!」
「…………う、ぁ……」
脱力し、まだ余韻で腰をひくつかせている越知は、脚を折り畳もうと風多をかわす。だらしのない口からはよだれがツーッと伝い、床へ降りた。
風多は自分の口を押さえてどうするべきか迷っていた。飲み込んでもいいのか、それとも出した方が良いのか。飲んでいいのなら喜んで飲み込むが、越知が恥ずかしがるならそれはやめたかった。
そこでようやく、男がその様子に気付いた。心配そうに眉間にシワを寄せて、震える手のひらを差し出した。
「か、かぜな……すまない、きもちわるいだろう?ここにはきだして、くちをゆすいできてくれ……」
こちらに向けられた手のひらは、何とも弱々しく感じられた。体力をごっそり削られた様から当然なのだろう。
しばらくその手を眺めた後、風多はわざと大袈裟にごくんと飲み込んで見せた。
「かぜな……?!」
驚いたのは越知だ。力が入らないだろうに、上半身を起こすほどに驚いていた。
「なんだよ、これくらい別にいいだろ……」
「きたないと……おもわないのか?」
「さあ、あんまり」
「おとこの、たいえきだぞ……」
「月光のなら気にしねーよ」
「それに、まずいのでは……」
「味?言うほど苦くねえよ。寧ろ甘いぜ」
「……………………」
えっ、何だこいつは……。越知は口をぱかんと開けたまま呆気に取られていた。
本当に、……本当に、俺の事が好きなのだろうか??こんな、深い行為までしたいほどに好きなのだろうか??……いや、そんな、まさか?
風多は自分のジャージを、越知の腹へ掛けてやった。戸惑いを見透かすように、純粋な目で問う。
「……まさかこんな事した後でも、俺が好きって言ったの信用できねーか?」
「……っそれは」
「俺は月光が大好きだ」
「だが……」
「好きなんだ、全部」
「…………しかし、こんなみっともない姿……」
「みっともなくなんてない、いとおしい」
「そんな……」
「欲を言うなら、もっとぐしゃぐしゃにして乱れさせたい。俺にだけ可愛らしい顔を向けてほしい。……そう思うくらいには大好きなんだよ」
腰の横に手を置かれ、ずいっと顔面を近づけられる。美しく可愛らしい容貌から、そっと目を離した。
「…………俺は、お前をずっと大好きでいた。片想いでいいとも、思っていた。だから……信じられなかった。大好きなお前が、そんな言葉を告げてくれるなど、到底予想していなかったんだ」
「月光……」
「だから、すまない……まだ信じられない……」
小さな口が、きゅうっと一文字に結ばれる。風多は寂しそうな顔を隠そうとはしなかった。
「そうか……でも、両想いな事に変わりはねぇだろ?」
「それは……恐らくそうだと思う」
「じゃあ、それでいい。今回はいきなりだったけど、今度はちゃんとデートから始めようぜ」
「デート……?」
男がちょこんと首を傾けた。
「そうだ、2人で出掛ける機会を何度か作ろう。そうして一緒にいれば、俺の気持ち……信じられるんじゃないか?」
骨張った大きい手を取る。その甲へ、唇を触れさせた。
ひんやりしている風多の手。柔らかな手を、きゅっと握り返す。
「…………風多、すまない……ありがとう」
「……ああ」
彼はそっと、頷いた。……そして、己の雄を隠した。
欲情しきって硬くなった雄が収まるには既に辛かった。風多だって男だ。好いた男のあられもない姿を見て、気持ちよがっている姿を見て、更にはそんな行為をして、平静でいられる訳なんてなかった。でも今この男にこんなものを見せてしまったら、きっとびっくりさせてしまうだろう。この、真っ直ぐな想いをまだ受け取ってもらえていないのだから。
それに、ほんの少し違っていたら、きっと自分の方が越知になだめられていただろう。自分の方が、肌を見せていた事だろう。そう考えたら、こんなもの隠さざるを得ない。
「こちらこそ、ありがとう。これからよろしくな月光」
やんわりと背中へ手を回す。今できる精一杯の笑顔を風多は男に向けた。
END
back