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薄暗い部屋は、灰色の影を伸ばして静かに佇む。モノトーンの家具に生活の色は見られない。
跡部は音を立てないように扉を開けた。夕方独特の濃い蜜色の光が、ゆっくりと部屋の絨毯に落ちていく。

「おい、生きてるか?」

コンビニの袋をガサガサと揺らしながら足を踏み入れる。
布団から億劫そうに顔を出した越知が、リモコンを握って部屋の明かりをつけた。

「……俺は死んでない。死なない。」

その言葉とは正反対の雰囲気を持つ目で、じとりと睨まれた気がした。
その異様な鋭い目付きに、思わず体が硬直する。
しかしそれは一瞬の事で、彼はすぐに目を逸らした。だが、その直後に何やらぶつぶつと唱え始めた。

「死なない死なない死なない死なない死なない死なない死なない絶対に死なない……」

自分で左手首を優しくさすりながら、狂ったように呟いている。まるで自分に暗示や催眠の類いをかけるように。

(しまった……こいつに“生死の話”は禁句だった。)

言った後で跡部は後悔した。
今のこいつは異常に死を恐れているという事を、すっかり忘れていた。
厄介な事をしてしまった。それは、跡部自身にとってもだし、越知にとってもだ。いや、寧ろ越知の方がダメージを追っているに違いない。

跡部は、越知の目の前にビニール袋を放るとポケットから煙草を取り出した。

「悪かった、てめえは死なねえよ。まだ27なんだからよ……。」

加えた煙草の端に、ライターでそっと火を灯した。
横から入った優しい声色に、越知は我に返ったように暗示をやめた。

「…………そう。俺は死なない。永遠の存在。」

ゆらりと立ち上る紫煙をぼうっと見つめながら、越知はにたりと笑った。その不気味すぎる笑い方に、咥えていた煙草を危うく落としそうになる。

(酷え隈と顔色だな……。)

心の中で、跡部は呟いた。
今の越知の顔は、不健康そのものだ。見ただけで精神病だと分かる顔つき……とでも言えば良いだろうか。青黒くくっきりと浮き出ている隈、常に蒼白くて紅みのあの字もない頬、痩せこけて更に陥没して陰った目元、色味のない唇。
そこに、同棲し始めた頃の面影など勿論ない。あるのは死神のような表情で、幻覚を見つめる恋人の姿だ。

「薬……薬……。」

越知は跡部が放った袋を手に取り、一つ一つ買ってきた物を外へ出す。中からは色んな物が出てきた。ミネラルウォーター、消毒液、包帯、カッター、その他諸々……。
その中で越知は、錠剤に酷似しているラムネ菓子を掴んだ。

「薬。感謝する。」

かさかさとラムネの箱を揺すりながら、跡部の方にじとっとした視線を送った。それに気付いた跡部は、鼻で笑って煙を吐き出した。
“薬”の箱を開けると、慣れた手つきでシートを取り出した。仄かに香る清涼菓子の香りに、跡部は瞼を少し落とした。
匂いで菓子だと気付いてもおかしくはないのに、越知はそのラムネ菓子を薬だと思い込んでいる。ただのおやつであるから、無論効能などない。
ただ、思い込みとは凄まじいものである。越知の発作や不安感は、ラムネを飲むたびに解消されてゆくのだ。それは、何も知らぬ人が見ても分かる程に鮮明だ。
越知の精神は、ラムネで安定していると言っても過言ではない。しかし口が裂けても薬の正体は言えない。言ったらどうなる事か……。
ぷち……ぷち……とシートからラムネを押し出して、手のひらに落とす。段々と手中の菓子の量が増え、小さな山を形成する。やがてシートも箱も空になると、片手と両膝を使って器用にペットボトル飲料水のキャップを開けた。そうして、一箱分全てのラムネを口に含むと、飲み口を逆さにするような勢いで胃に流し込んだ。一度に大量の水が入ってくるので、飲み損ねた分が口の端から僅かにこぼれる。
煙草の味を嗜みながら一部始終を見ていた跡部は、踵を返して部屋を出た。
菓子一つで落ち着くのならそれはそれで楽だ。後は自分の治癒力に任せるしかない。灰皿にかすを落とし、跡部は自室に戻った。

(30にもなってねぇ奴がそんな簡単に死んでたまるかよ……。)

溜め息を着き、跡部は柔らかなソファに腰を降ろした。








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