×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


2/3




木琴の音が、耳に届く。ブーブーとバイブ音も混ぜながら、着信を知らせるスマホを種ヶ島は手に取った。画面には、受話器のマークと毛利の文字が映っている。こんな朝早くに何やろ……。種ヶ島は受け取りボタンをタップし、液晶を耳に当てた。

「もしもし毛利?どないしたん?」

歯ブラシに歯磨き粉を塗りつけながら、種ヶ島が聞いた。

すると。





「種、さんっ……!んぁ……たす、けっ……」






…………ぶはっ。

ポロリと、スマホと歯ブラシを危うく落としそうになった。
予想だにしない返答だった。電話の奥から聞こえる卑猥な声に、種ヶ島は呆然としながら間を空けて答える。

「……はい?何?」

「……つ、きさんっが……むりや、り……。襲って、来はるん……ですっ!」

話を聞き、てんてんてん……と、頭がフリーズした。


越知が?

毛利を?

襲ってる?

こんな?

朝早くから?


……状況が飲み込めない。いくら順応能力が高くとも、想像もしない出来事に出くわしたら固まってしまう。
こちらが返事をしない時にも、電話は艶っぽい声を拾って耳に届けていた。たまに水音も混ざり、聞いているこっちが恥ずかしくなるほどだ。
わざとらしく咳払いをした種ヶ島は、相手からは見えないものの神妙な面持ちで問うた。

「ちょい待って。何?毛利今犯されてん?」

「言いた……ないっ、です、け……ど、そっす、わ。種さ、ん……早よ来て、くれま、せん……っ?」

「はぁ?!早よって言われても……どこにおんの?部屋か?!」

「俺らの、部屋です……っ、……痛っ!つきさっ、後ろは駄目っ……!あっ!」

その声の後、ガタンという大きな音が聞こえた。毛利が持っていたスマホが床に落ちてしまったのだろうか。それきり意思を持った声は届かなくなり、代わりに、ん、だの、あっ、だのといった喘ぎ声ばかりが微かにしている。
今何が起こっているかを全部理解した種ヶ島は、顔を真っ赤にして画面に向かって叫んだ。

「……つっきー朝っぱらから何してんねん!!
毛利!今行くから待っときや!」

ぶっつりと電話を切ると、大曲が驚いているのも知らずに、種ヶ島は急いで部屋を飛び出した。
























仰向けになり、片足を上げて後ろを犯されていた毛利は、床に転がる通話終了の画面を見て少し安心した。越知にスマホを取り上げられ、軽く投げられた時はどうしようかと思ったが、用件はきちんと伝わったようだ。

(種さんが来てくれる……。)

後ろに指を突っ込まれ、勝手に揺れる体を必死に制御しながらドアのある方向を見つめた。自分が強姦されている姿は見られたくなかったが、そうでもしないと越知は止めてくれないだろう。

「寿三郎。」

耳元で、低い声色で囁かれる。顎にするりと手が伸びてきた。首元や頬を撫でられ、最終的には口の中に指が入ってくる。

「んっ……!」

「今日一日動けない程、どろどろに溶かしてやる……。」

唾液が口の端を伝い、床に垂れた。薄く開けた瞳に、アイボリー色の天井がぼやける。
しつこいほどに前立腺をつつかれ、その度に体がよがった。

(あ……これやばい……。)

己の中に段々と込み上げてくる快楽の存在を、毛利は感じた。最早抵抗する気力も起きなくなり、されるがままになっていたその時だった。


「毛利!!」


バタンとドアが開いて、種ヶ島が駆け込んできた。

「種さんっ!」

息を切らし、一筋の汗を垂らす種ヶ島の顔を見た毛利は、途端にぱっと笑顔になる。しかし、あられもない毛利の格好を直視してしまった種ヶ島は、顔を赤くして目を逸らした。

「毛利……!何てえっちい格好を!」

「俺の、合意やないん、ですってば!」

叫びながらも体をくねらせる様が不憫だと、種ヶ島はそう思った。
一方、指を3本ほど孔に突っ込んでいた越知は、その手を止めて、ちっと舌打ちをし彼を睨み付ける。

「…………何故種ヶ島が……寿三郎が呼んだのか……?」

明らかに憎悪のこもった声だった。眉を寄せ、深い皺を作りながらぎりりと歯軋りをする。
その隙に、一瞬の間ができた。指先と足を押さえる掌から力が抜けたのだ。
チャンスだ。
今だと言わんばかりに、毛利は上体を起こして自分の尻に食い込む指を抜こうとする。自分と繋がる手を握り、力任せに押しやった。

「月光さん……!離れてください!」

ずぷっという水音がして、指が完全に抜ける。異物感がなくなり、臀部が少し軽くなった。
自分の手首をがっしりと握る毛利の、その怒りと羞恥の表情を見て、越知は一瞬怯んだが、再び強引に肩を押し倒した。ごつりと、骨がぶつかる鈍い重い振動が床を伝う。

「いやだ。」

上唇を舐めながら、横たわる相手の首を掴んだ。片手で肩を、片手で首を、筋が浮き出る程の力で押さえ付ける。

「っ……!かは……!」

気道が潰れる窒息感が、その顔を苦痛に歪めさせた。足をバタバタと暴れさせ、呼吸を遮る手をどかそうと、越知の皮膚に爪を立てた。

「越知!あんたの行動は道徳的に問題あるで!」

見かねた種ヶ島はその間に割って入ろうと、越知の肩を思いきり突き飛ばした。

「っ……。」

その力は越知のそれより遥かに強い。どんっという衝撃と共に首を締め付けていた手が離れ、バランスを崩したその体は後方へと倒れ込んだ。背面を打ち付け、小さな呻き声がする。
種ヶ島の横で、毛利が喉を押さえて咳き込む。げほげほと、背中を激しく揺らして空気を吸い込んだ。酸欠でぼうっとしていた脳から、もやもやが段々晴れて行くようだ。虚ろな目で足元を見つめながら息を整える。
その前方で、腰を強く打った越知は骨盤の辺りに手を当てて、二人をぎろりと睨み付けた。

「……お前もぐしょぐしょに濡れさせて動けなくしてやろうか。」

ゆっくり背中をさすってやっていた種ヶ島は、暗い低音ボイスに戸惑う。

「なっ……!何言ってんねんアホか!」

まだ小さく咳を繰り返すその体を、守るように抱き寄せる。おもむろに立ち上がる越知に、軽蔑と怒気の視線を向けた。
それでも彼のメンタルは崩れない。それどころか、逆にニヒルな笑みを作り、こちらへと歩み寄りながら口を開く。

「知っているか?紫という色から連想されるイメージを。」

「……は?」

唐突な話に、二人はぽかんと越知の瞳を見つめた。いきなり関係のないような話題を出す彼を怪しみ、ごくりと唾を飲む。

「紫から連想されるものには、色々とあってな……。ミステリアス、高貴、神秘と様々なものがある。その中に、性的という言葉が含まれる。性的、だ。その意味は文字通りの行為を示す。
他にも、青という色は落ち着きを……橙は暖かみを……と、それぞれは別の物事を連想させる。」

目の前に来ると、すっと静かにしゃがみこみ、毛利と目線を合わせた。

「そして俺は、普段の感情と瞳の色を、をメッシュの色に左右される。普段青にしているのは、ずっと冷静で居るため。」

「何や、……何が言いたいん?」

より一層毛利を抱き寄せると、鋭い口調と目付きで聞き返す。しかし種ヶ島のガードをよそに、じわりじわりと顔を近づける越知はくすくすと笑って、毛利の口元に親指を当てた。

「……つまり、俺の青メッシュを塗り潰し、紫に変えてしまったのがお前の運の尽きだ。折角性欲を抑え込んでいたと言うのに……。どうせ塗り替えるなら、穏やかで癒し効果のある緑などにすべきだったな。愚かな自分を恨め。」

ふるふると震える体を、愛おしそうに、舐め回すように、うっとりとマゼンタの瞳に映した。まるで、視線で身を拘束するかのように、重い愛で。
勿論その言い分を素直に聞き入れられる訳もない。

「な……!結構無茶苦茶やでつっきー!メッシュの色で感情左右されるなんてお前何者やねん!!」

毛利に触れる手をぱしっと叩き落とす。途端に妖艶な表情が崩れるが、すぐににたりと気味の悪い笑みはよみがえり、頬を撫で回す。

「本当の事だ。……ほら、お前の色っぽい姿も晒してやるからどけ。」

くるりと首が回り、瞳に種ヶ島の顔が映った。その意味を理解した種ヶ島は、ぞっと背筋を冷やす。

「断るわ!毛利から離れろ!」

「離れない。」

「ふざけんな!」

「ふざけてなどない」

軽い口論だ。毛利に触れそうになるたびに、種ヶ島がその手を遮る。絶対に触らせまいと、怒りの感情に身を任せて叩きにかかる。だが越知の諦めはつかず、蛇のようなしつこさで付きまとっている。とぐろを巻き、締め付けるように精神をいたぶろうとしているのだ。

しかしついに、それまで黙っていた毛利がぎらっと目を光らせた。

「…………月光さん……堪忍!」

謝罪の言葉を口にしたかと思うと、毛利の脚がゆらりと動く。刹那、越知の鳩尾に、ぴんっと伸ばされた爪先が深くめり込んだ。

「ゔっ……!」

ドスッと、力が入って固くなった足指が3cmほど突き刺さった。胃に届くかのような勢いの為に、酸が込み上げてくる。途端に唾液の分泌量が多くなったかと思えば、口の端からそれがたらりとこぼれた。
窮鼠猫を噛むとはこういう事を指すのだろう。隙しかない横っ腹にまた足を突き刺すと、嗚咽を漏らすその肩をありったけの力で押しやった。
その様をしっかりと目撃していた種ヶ島は、毛利に向かってぐっと親指を立て、叫ぶ。

「毛利ナイス!そんではよ服着ろ!越知はちょっとこっち来い!」

縮こまる越知の肩を、全身を使って押さえ込む。ぱきっと、骨の鳴る音が2回ほど聞こえた。

「うぐっ……、何を……!」

越知は目元をしかめて、重くのし掛かる種ヶ島を引き離そうとするが、彼は断固として腕を絡めた状態を維持する。
そうして、そのままぐいぐいと引っ張られ、引きずられるようにして部屋の出入口の方へ移動する。頑なに毛利の元から離れたがらない越知を、種ヶ島は無理矢理に部屋から追い出して戸を施錠した。かちりと鍵がかかり、戸は部屋と廊下を完全に隔てる。
どんどんどんと拳でドアを叩く音をよそに、種ヶ島は額の汗を拭った。

「…………よし、これで一先ずは越知とお前を遠ざける事に成功したな!」

くるりと後ろを振り返ると、一仕事終えたような顔で彼は言った。
薄手のカーディガンを羽織り、きちんとジャージのズボンをはいた毛利は、ぺこりと頭を下げる。

「種さん、ほんまおおきにっす。種さんが来てくれへんかったら、俺今ごろ月光さんに良いようにされてたっすよ……。」

「いやいや、ええってそれくらい☆
……後は、俺がメッシュの染料落としたるから。」

二人はちらりと扉の方を見やる。まだ諦めていないのか、越知のノックの音は鳴り止んでいない。

「最初から最後までほんまにすみません……。後でお礼しますわ。」

「いらんいらんいらん!そんなもんいらんから!」

慌ててわたわたと両手を振る。種さんの好きなもんは?などを聞いてくる毛利に対して、精一杯拒否の態度をした。
見返りなど期待していなかったし、そもそも、それに相応する行動を取ったとは思っていなかった。ただ毛利がSOSをくれたから助けた。種ヶ島にとって、それだけの事だった。

「…………種さん……。」

不意に毛利が口を開く。

「ん?何や?」

側頭部を指の腹で掻きながら、種ヶ島は答える。すると毛利は、もじもじと何やら言いたくなさげにこちらを見てきた。ちょこっと瞳を見やり、慌てて逸らす。そっと種ヶ島のTシャツの裾を掴み、顔を赤らめた。

「その……実は俺さっきイキかけてて……その時に種さんが来はったから、今、蛇の生殺し状態なんですわ。種さん……抜いてくれはりません?」

「……は?」

脳みそが一瞬フリーズしたが、小刻みに首を左右に振ってリセットする。
今、目の前の後輩は何と言ったのだろうか。しきりに瞬きをしながら、また「ん?」と聞き返した。

「種さんやったら……その……。
…………!…………あ、やっぱええです……。」

言いかけて、毛利はふいっと下を向いた。
瞼を重たげに下げ、睫毛を細かに震えさせていた。ぎゅっと色が変わる程に唇を噛み締め、八の字にした眉を寄せている。毛利の身長は種ヶ島よりも少し高いため、うつ向いたその表情は丸見えだった。

「…………。」

その複雑な面持ちを見、種ヶ島は思う。
大方、自分が言ってる事に羞恥を覚えたのだろうか。自分は衝動に駆られて何を口走ったのだろうと、何故性的な事を躊躇いもなく話しているのだろう、と。
実際に、その頬は先程越知に敷かれていた時よりも赤く、目は渦巻きが見える程に焦っている。
二人共押し黙ったままだ。何を言い返せば良いのか思い浮かばず、ただ壁にかけてある時計の秒針の音ばかりが耳に届く。カチコチカチコチと、普段は気にならぬ程度のものがとてもはっきりと聴覚に焼き付いている。
気まずい雰囲気の中で、妙な緊張感に包まれながら毛利が一際大きく息を吐き出した。苦笑いをして、そそくさとある方向へ向かう。

「……やっぱそうっすよね。ほな、俺、ちょいトイレに……」

種ヶ島の横を通り抜ける。すれ違う瞬間に、反射的にその目を見た。目尻を真っ赤にして大粒の涙を溜める瞳を。

「…………。」

小走りで去ろうとするその腕を、ぱしりと握った。
皮膚に触れる温かみに驚いたのか、彼はびくりと身を弾ませて振り向く。

「え、種さ」

「ええよ。」

語尾を切るように種ヶ島は言った。
手首を握る力を少し強めて、ぐいっと手前に引き寄せた。重心が移動し、毛利はバランスを崩す。あっと言った時にはもう遅く、抱き止められるようにして種ヶ島に支えられた。己よりもやや小柄だが、しっかりと背に手を回されて……そのまま彼はにっと笑う。

「ほら、座ろか?」

ぽんぽんと、優しく腰元を叩かれる。予期せぬ行動をされ毛利は距離を取ろうとするが、種ヶ島の強力に敵わず、強制的に座らせられるはめになる。床に尻を着けられ、頭を柔らかに撫でられた。

「え、でも……」

「ええからええから☆」

目線を合わせるべく、種ヶ島もしゃがむ。内股でへたりと座り込んだ彼の頬に触れた。頬、首筋、胸へと、指を下に向かってなぞらせ、最終的に太股の辺りを愛撫する。

「……すんません、種さん。」

毛利は目を瞑り、種ヶ島に全てを任せた。



back