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自宅の玄関を開けるや否や、靴を脱ぎ捨てて廊下を走った。ドタドタと足音を響かせながら向かったのは風呂場だった。穢れた体を早く洗い流したくて、仕方がなかったのだ。
走る途中で、持っていた手荷物を放る。そしてベルトを弛めながら、脱衣所へと駆け込んだ。
急いで衣服を脱いで、乱雑に洗濯機へ突っ込んだ。浴室の鍵を開けて、すぐさまシャワーレバーを捻る。ぬるま湯が頭から大量に降り注いで、全身を濡らした。
ボディソープのポンプを3回ほど強く押して、中身をスポンジに受け取る。それで、先程汚された腹部を重点的に洗った。

「月光さん?」

皮膚が赤くなるほどに強くこすっていると、寿三郎が脱衣所に入ってきた。

「……寿三郎。」

聞きなれた声に、気持ちが綻んだ。安心感と言うべきか、胸に温かなものが広がった。

「帰るなりすぐシャワー浴びて……何かあったんすか?」

「ああ……少しな。」

その質問に、先程あった事を思い出して、自分でも分かるくらいには顔が曇った。
声のトーンが下がった事を悟られたのか、寿三郎はやや間を空けるとくるりと踵を返した。

「そっすか。ほなら、上がるん待ってますわ。」

戸を開ける音が聞こえる。直後、寿三郎が「あ。」と声を上げた。

「バスタオルと着替え、置いといたっすから。」

「ああ……ありがとう。」

俺が返事をするなり、パタンと戸を閉める音がした。そしてすたすたという足音が遠ざかる。
足音が聞こえなくなると、俺は再びスポンジで体をこすり始めた。あの吐き気を無くすべく無心で手を動かす。
結局、清潔な香りが鼻をくすぐる中での念入りな入浴は、1時間に及んだ。















やっとの事で浴室から離れると、タオルで髪の毛を拭きながらリビングに向かう。肌荒れを起こすほどに洗ってしまったから、後で薬でも塗っておこう。ヒリヒリして痛い。

「出たぞ。」

リビングへ来ると、寿三郎はソファに座ってゲーム機をいじっていた。彼は俺の姿を見るなり、にっこりと笑ってゲームを閉じ、こちらへ寄ってきた。

「お疲れさんっすわ。」

頭にかけていたタオル越しに、髪を触られる。毛先の水気を取るために、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。

「……寿三郎。」

「んー?何すか?」

ボサボサになった髪の毛の隙間から相手を見つめる。

「殴ってくれ。」

他人が聞いたら引くであろう頼みを持ち掛けると、寿三郎は特に問題ないと言いたげに微笑んだ。

「あー、ええですよ。どこ殴ります?」

「腹。蹴ってもいいから、もうめちゃくちゃにしてくれ。」

「了解っす。……つうか、何や今日はエライ積極的っすね。」

タオルから手を離すと、パキパキと指の関節を鳴らしながら、寿三郎は首を傾げた。

「色々あってな。勿論、話す。」

前髪をオールバックに撫で付けて、両腕を広げた。それが開始の合図だった。
間を空けるでもなく、拳が鳩尾の奥深くに入り込んだ。内容物が中心に偏って、圧迫感に襲われる。いつもの痛みといつもの苦しみを感じた。

「おげ……っ!」

唾液がだらだらと口から溢れた。よろけた足で踏ん張り、前屈みになると、鈍痛が響く箇所を手で押さえた。
痛い、苦しい。しかしこの刺激がないと満足できない自分がそこに居た。いや、正確には、苦痛という愛情に洗脳された俺しか居なかった。

「……俺もすっかりマゾヒストになったものだな。」

顎についた唾液を指の腹で拭いながら、苦笑する。

「ま、俺限定っしょ?」

間髪入れずに、また拳が横腹を抉った。肋骨に拳が擦れて痛みが倍増する。
いつの間にか口元は笑っていた。寿三郎に痛め付けられる事がこんなにも嬉しい事なのかと自問してみれば、脳内の俺は速決でYESと答えた。

「無論だ。俺の恋人はお前にしか務まらない。」

「それは俺もおんなじっすよ。俺やってこないな風な好き好きアピール出来るの、月光さんしかおらへんもん。」

肩を強く押されて、リビングの床に仰向けに倒れた。腰を酷く打ち付けてしまって、数秒動けなかった。それをチャンスに、寿三郎が遠慮なしに馬乗りになってくる。本当に遠慮など無いから、勢いをつけて腹に乗っかってきた。およそ80kgの力がかかり、体内の圧が高まって一瞬息が詰まった。
そしてこれまた容赦なしに、首を絞められる。指に力が入ると同時に呼吸が出来なくなった。血流が止まったせいで顔が熱くなり、意識が朦朧としてくる。丁度良い程度にうつらうつらしてくると、ぱっと手が離れた。空気がどっと肺に流れ込んできて激しく噎せる。涙が目の横を伝って側頭部へと流れた。
ぼやけた視界に映る、支配欲にまみれた恋人の笑顔。意地の悪い、にたりとした口角から覗く白い歯が、左肩に食い込んだ。犬歯がずぶずぶと皮膚に埋まり、痛覚を刺激する。
胸が熱かった。いや、胸だけではない。体全体、細胞全てに快感が走っていた。

「あ゙っ……寿三郎…………気持ちいい……っ!」

痛みが熱に変わり、熱が快感に変わる。……何て都合の良い体なのだろうか。昼間の不快感など比べ物にならない。このまま忘れ去ってしまいそうだ。
背筋を震わせて性的興奮を覚える俺を見るなり、寿三郎は目をしかめた。

「あんた……ほんまに変態っすね。このドM。」

もはや、憎悪の顔すら自分の良いように吸収してしまうほどには、俺の精神はいかれていた。今なら全てを都合良く取り込めるのではと、本気で思う。現に、蔑みの眼差しが興奮を倍増させていた。
鎖骨の窪みに爪を立てられて、背を反らせた。固く尖った爪の先が皮膚に紅い傷痕をつける。もう、このまま骨を掴まれて皮膚と肉を引き裂き、剥がされても良いくらい酔いしれていた。

「じゅさぶ、ろう……っ。」

息が粗くなっていて、途切れ途切れにしか喋れない。カッターの刃をチキチキと出しながら寿三郎は無言で次の言葉を待っている。

「友人に、な、……襲われそうに、なったんだ。」

ぴくりと、寿三郎の眉毛が動いたのが分かった。
右の二の腕に鋭い痛みを感じた。カッターで切られたのだろう。縦に入った傷口が熱く疼いた。

「それで?」

真っ赤な血が雫となって床に滴る。目の前の無表情な顔は、何を考えているか全く読めない。

「頭突きを、して、逃げ出してきた。
……不快だった。」

そこまで話した時、俺の口に寿三郎唇が重なった。

「んっ……!」

僅かに開いた隙間から舌をねじ込まれた。もう話すなと言いたげに、口の中を引っ掻き回される。歯の裏側をなぞられ、唾液を啜られた。このままでは口が食われてしまう、そう感じた直後にぶつりと唇を噛みきられた。
鮮血の鉄臭さが味覚に滲んだ。薄紅に染まった液体がこぼれる。

「それで……“不快感を消してほしいから殴れ”って訳っすか。」

舌舐めずりをしながら寿三郎はポツリと呟いた。俺はこくりと頷く。
逆光。部屋の明かりが、恋人の肩から漏れているように見える。血の混じった唾液をごくりと飲み込んだ。

「ええでっせ。もう、めっちゃめちゃにしたるわ。」

右ストレートを頬に受けた。骨に衝撃が直接響き、顔が横を向く。視界に光が散って消えた。涙が眼球に膜を張って、電球が余計に眩しく感じる。

「ありがとう。」

手を伸ばして、恋人の頬に触った。いつも身近に感じる温もりがすぐそこにある事が、自分の手で触れられる事が、とてつもなく嬉しい。
俺は安心して寿三郎に体を預けた。




Continue……





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