【とある日の夕暮れ】


左の手で文庫本を持ち、右の手で紅茶を飲む。西日が差し込む机の上で、僕はいつも通りの日常を過ごす。もう少し明かりが欲しいと思ったけれど、カーテンを閉めに立つのは億劫なんだから仕方ない。
下でインターホンが鳴るのが聞こえた。
「こんにちはー」
間延びした声で母さんに挨拶をした少女は真っ直ぐに階段を上がってくる。ばふっと背後で音がした。

「おい、そこは俺のベッドだって言ってるだろ」

振り返りながら僕が言う。
「いいじゃない別に今さらさぁー。っていうか、兄(にい)に一人称のオレって似合わないよ!ちょっと前まではボクだったじゃん。」
中学の制服のまま、彼女は布団にくるまっている。
彼女と僕の血縁関係を表すと、従兄妹にあたるが、千夏は僕のことを秋兄とか兄と呼ぶ。母さん姉妹が仲がいいこと、家が隣同士だったことで、僕は彼女が生まれたときから相手をさせられているのだ。やたらお喋りなのは、そんな母さん姉妹譲りで軽く辟易してしまう。僕は存外無口なのだ、女三人で喋ればよいのに。

仕方のない妹だ、そう思いつつ机に飲みかけの紅茶と本を置き、ベッド横に腰かける。

「で、何があったわけ」


「あー」「うー」とかうめいていた千夏がぽつりとこぼした。

「…ケンカしたぁ」

親だったら千夏は愚痴を溢し続けるだろうから親友だと言っていたあの子だろうか。あまり真剣に聞いてなかったから名前は忘れてしまったけれど。

「で、千夏はどうしたいの」

布団から顏だけだしたまま、「仲直りしたい」と目をぎゅっとつぶって言った。

「なんであたし不器用に生まれちゃったのかなぁ…」

僕は児童相談所でも、カウンセラーでもないのに。そう思ったけれど一通り泣き言を聞いてから、「謝りに行きなよ」と助言した。それからは早かった。

すっかり暗くなった秋の夜に、おかしなほど場違いな足音を立てて、嵐は走り去った。

やれやれ、一つため息を吐く。億劫な足を動かしてカーテンを閉めに行ってから、机に座る。

冷めきった紅茶は案の定とてもまずかった。


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