影色の手と携帯電話 | ナノ
 
 
影色の手と携帯電話





 
これはさっき見た、夢のお話です。

あのね、私が普通に帰宅する時にね。なんだか背後にいやな気配を感じるの。ぞわっとして玄関に入ろうとしたときに、肩をぽんっとされる衝撃が。“ねえ、携帯番号教えてよ?”
私が吃驚して、思わず振り返ると。手のような形をした黒い影が、肩に乗っている。怖くて声も出せないまま固まっていると、ぎりぎりと肩に強い圧迫感を感じるの。“はやく…!携帯番号を教えてよ…”ってまた囁いてくる。恐怖で思わず私、携帯番号言っちゃうの。その時ようやく、(これは…ヤバイ。)って気付くんだけどもう遅くて。

(も、もっていかれる…!!)

私慌てて玄関に駆け込んで戸を閉めたけど、黒い影はぬるりと入ってきて。そんな時って、まあテンプレ通りというかホラーにありがちな展開なんだけど、やっぱり家には私以外誰もいないわけ。黒い影はまた私の肩の辺りをさ迷ってくるのね。永遠みたいな、それでいて刹那のような時間が流れたあと、黒い影は幸いふらっと外へ出ていった。私は気が緩んだのか、そこから思わずフローリングにへたりこんで、ようやくガタガタ震え出す。

怖くて怖くて、ちょっと笑い話にしたくなってツイッターで顛末を呟くの。それで、面倒見のいいフォロワーさん(夢の中ではそういうものに詳しい設定だった)が言った。

「無事で良かった。◯◯さん、そういうのは何があっても応えちゃいけないの。貴女、連れていかれる所だったのよ」って。
私は少しの好奇心から訊いてみた。

「私は何処に連れていかれる所だったのでしょうか。なぜ私は、助かったのでしょうか…?」

「それは私にも分からないのだけど…。貴女の携帯、長く使っていてよかったわね。きっとその子が頑張ってくれたんじゃないかな。大事にしてあげてね」

夢の中って、場面がころころ変わるよね。そんな感じで一瞬だけ、少なくとも普通の視点からじゃない、まるで天井から見下ろすような視点になった。私が家の玄関先で冷たくなっている光景が、チカチカと明滅する。

少し夢が遡った。私は玄関にいる。ただ、私の家じゃない。私の家では犬なんて飼っていないのに、そこには人懐っこそうな大型犬がいた。私かどうか分からない。女の子が、家に帰ろうとしてる。大型犬が怯えたように吼え立てた。女の子もなにか良くないものを感じるままに、振り返ってしまった。黒い何かが、女の子のお腹に突き刺さる。女の子は力を喪ったようにふらっと倒れ込んだ。


また突然、視点が元に戻った。また携帯を開いた状態だ、ツイッターの画面が見える。ちゃんと私だ。家の玄関先だ。


(これ、もしかしなくても夢かもしれない。)

胸の辺りに、イヤな汗が伝うのが分かる。身体はどこか硬直して、はやく起きたがっている。

(…、目覚めなきゃ)

フォロワーさんからまたリプライが来た。

「貴女はよくそういったことがあるから、私は心配です。次はきっと危ないよ、本当に反応しちゃダメだからね」

その言葉で、走馬灯みたいに何かの記憶がザザーっと流れていったけど、起きたらすっかり忘れてしまったので割愛します。


ふ、と目が覚めた。そうだ、やっぱり夢だったようだ。「い、生きてる…」
私は安堵した。カーテンを閉めきった部屋は、すっかり暗くなっていた。今の夢が夢だったので、暗闇がひどく恐ろしく感じる。自分の呼吸音が喉元で響く。慌てて携帯を開いて、明かりを頼りに部屋の電気を付けた。
メールが一件入っている。君からだ。一階で母さんが私を呼ぶ声がした。「◯◯!ご飯だからはやく下りてきなさい!!」
携帯を見ると、ツイッターで仲の良いフォロワーさんの一人が大学合格したよ、って報告をしている。おめでとうと言わなくては。それにしても相変わらず賑やかな画面だ、暖かい。
急速に色づいた日常が、私を囲む。まだちょっとこわい。少し落ち着きを取り戻して、ようやく横に放りっぱなしだった眼鏡を拾ってかける。
自分が夢に出ることって、私にとっては珍しい。いつもファンタジーで、それもわけがわからないけど起きたら気になって仕方ないような異世界ものばかりで、大抵は私は存在しない夢ばかりだったからだ。久しぶりに私が主演の夢だったのに、なにもホラーにしなくても。…、疲れてるのかなあ。いやいや、せっかくこんな鮮明な夢を見せられたんだから、いっそホラーとして友達にメールを送りつけたり、サイトに創作として載せてしまおう。泣き寝入りなんて、らしくない。笑い飛ばしちゃおう、世の中の大抵のもんはネタになるって考えれば楽になるしな。

そんなことをつらつら考えつつ、私は母さんに「ハイハイ、今行くってば!」と返事をして、一階へと駆け下りた。




(正真正銘の実話でした。お粗末さまです。)