リバーシブル・ リトート 山田のやつが俺んちに泊まりに来るのも、これで何度目のことだろう。 俺んち、などと言ってもアパートの小さな一室だ。 両親が頻繁に出張を繰り返しているお陰で、俺は炊事を余儀なくされる上にこうして厄介者が転がり込んで来るわけで。 正直面倒なことこの上ない。あとで親には存分に金をせびろう。 決意しながらふと顏をあげると、山田が我が物顔でソファを陣取っている。 「おい、飯まだァ?」 「てめーは黙っとけ阿呆」 適当に野菜を炒めて卵とじにして、ワカメの味噌汁を味見して、ご飯を山盛り。 並べ終わってからようやく腰をあげる奴に多少イラつきながら(並べる手伝いくらいしやがれ)、俺も食卓に着いた。 ふと思い出して、俺は呟く。 「なあ後でDVD見るけどお前も見る?」 「なーに?田中もしかしてえろいの見んの?」 「ちげーし」 けらけら笑う厄介者に、なんできゃわいい女の子じゃなくてこんなろくでもない野郎を好きになったのかと、俺は深く溜め息を吐いた。 食べ終わって食器を片したあと、俺はうきうきと今日一番のテンションで、DVDを起動する。 横で見ているろくでなし野郎がにやにやと此方を眺めていたので腹いせにソファから引きずり下ろしてやった。 キスだったりべたべた触ったりちょっかいをかけにくる山田に辟易しながら(正直邪魔だ)、ようやく立ち上がったDVDの本編を開く。 不穏なメロディが響くと、俺は山田を無視してうきうきと身を乗り出した。 15分ほど経った頃、俺はふと山田の方を見て驚く。目を半分だけ開いて軽く震えて、たまに大きな音がする度にぎゅっと目を閉じていたからだ。 ────なんだ、こいつホラー苦手なの? いつも傍若無人で俺様の山田の意外な一面に、ホラー好きの俺はきゅんとした…訳もなく、俺はにやっといつもこいつが浮かべているような表情をする。 ───たまには俺も仕返しをしたい。俺だって、男ですから。 ソファに座る俺の前で、床で膝を抱えている山田の背筋を、つ───っとなぞる。 ぞっと身震いした奴は勢いよく此方を振り返った。 「ってめ…ふざ、けん………っ?!!」 前でビシャーンという大きな雷鳴が響くと、山田は縮こまって目を瞑ってしまう。 次は耳元に息を吹き掛ける。怒りと恐怖で身体をガタガタと強く奮わせて、傍目にも分かるほど彼の傍若無人な俺様は弱っている。 ……これはチャンス、俺はそう思うや否や山田を床に押し倒していた。 いつもは恐ろしい力で俺を啼かせにくる山田の身体は、今はまるで人畜無害な仔兎のように力を無くし、果敢に俺を退けようとするもなんの効果も発揮しない。今の山田なんて、恐るるに足らず。下克上、そんな言葉が浮かんで消えた。 いつも俺がされるように、無理やりシャツの首元を捲りあげて顕になった鎖骨をなぞる。一つ一つボタンを外している間にそこを強く吸い上げると、押し殺すような小さな声が響いた。 「これは、いい眺めだな…。なぁ山田、攻められる心地はどうだ?」 心底悔しそうな表情で唇を噛む山田に、俺は調子に乗って畳み掛ける。 「たまには、攻められてみろよ…俺の気持ち、分かるだろ。」 「……っ、てめえ!後で…覚えてろよ……ックソ」 近くにあったリモコンでホラー映画の音量を最大限まであげると、ホラー好きの俺もゾクッとする程の臨場感が出るわけで。 適度に日焼けした胸板に手を添えると、奴の心臓は割れんばかりに悲鳴をあげていた。 今までの仕返しとばかりにねちっこく刺激を与えてやる度に、強い恐怖と慣れない刺激に山田は苦しそうに喘ぐ。いつもはこいつの嗜虐趣味に辟易している俺だけど、この時ばかりは俺も嗜虐心を煽られて。俺は自分の欲望のまま、初めて知る征服欲に身を任せた。 すべて終わる頃にも、大音量の悲鳴が依然としてテレビから流れ続けていた。 愚かな俺はこの日のために後日散々鳴かされ、啼かされるはめになるのだけれど、それはまた別のお話で。 リバーシブル・リトート:完 |