愛するひと

 ジール宮殿の窓から、ステンドグラスに染められた光が差し込んでいる。その光を嫌うように深くかぶったフード。周りの人間はその力を認めながらも、どこか近寄れずにいる。
「予言者さん」
 軽やかな蝶のような声が降りかかる。こんな風に俺の名を呼ぶ者は一人しかいない。振り返ると案の定、外套に身を包んだ女性が息を切らして立っていた。
「どうしたのですか、サラ」
「エンハーサに行くと聞きました」
「ええ。海底神殿の建設のことで、話があるのです」
「私も行きます」
 この真っ直ぐな目に当てられると、調子が狂う。最近、公務やら何やらでサラと共にいる時間が増えているのを感じていた。目を細めると、それを拒絶と受け取ったのか、
「私もエンハーサの研究室に用があって……」
と慌てて喋り出した。
「……構いませんが」
「ふふっ……嬉しいです」
 自分の言葉が彼女を喜ばせた。それだけで心の中がざわめきだす。
 宮殿を出て歩き出した。ジールの民は俺を見て顔を曇らせた後、サラの姿を認めて嬉しそうに頭を垂れる。サラはその一人一人に丁寧に声をかけていた。これもいつもの風景だ。
 人並みを抜けて、唐突に二人の時間が訪れる。サラは緑の苗木や今日の空の様子、最近読んだ本の中の世界――そんな他愛もない話をするのが好きなようだった。俺の返事など気にせずに、彼女はくるくると表情を変えながら楽しそうに話す。時折の沈黙は、かえって心地よかった。
 もう二度と会えないと思っていた姉は、記憶のままに尊い存在であった。優しく、清らかな聖女のような存在だ。昔はそんな姉を独占したいという欲があったような気がする。
 そんな姉に今対峙して、何を言葉にしどう接していいのかは分からなかった。ただ、俺は彼女を救うための最善を尽くさねばならない、はずなのだ。これが最善であるという保証はどこにもなかった。
 ――そんな俺の危惧などを意に介せず、サラは笑っている。
 エンハーサに行くためには一度地上を通らなければならなかった。だから光の民は厄介な仕事を俺に押し付けたのだ。
 地上は相変わらずの吹雪である。そんな吹雪の中、サラは身を震わせながらぽつりと呟いた。
「今日は一段と風が冷たいですね……地の民達が心配です」
 地の民とは魔力を持たぬジールの民。それゆえ王国を追われた者達のことだ。光の民の中で彼らのことを気に留めるものは、ほんの一握り。
「予言者さんは寒さにお強いのですか? 顔色一つ変えないんですもの」
「……」
「でも風邪をひいたら大変ですね。エンハーサに着いたら、お茶を入れますわ」
 そう言って外套をより合わせるサラの指先は赤く色づいていた。
「……頂こうか」
 ぱっとサラの顔が華やぐのが横目でもわかった。その笑顔を見ているのが何となく辛くて、俺は前方に聳える光の柱に目をやった。

 * * *

 エンハーサへの用事はつつがなく終わった。日は巡り、公務としては海底神殿の視察やラヴォスに関する力の調査、サラの私的な付き人として血の民の洞窟にも同行した。積み重ねた時間と同じくらい、胸の中に仄暗く熱を持った感情が育まれているのをとうとう自覚することは出来なかった。
 海底神殿完成まではもう少し。どこか期待に満ちた空気の中で疲れきった人々は静かな眠りについていた。
 ジール宮殿は活気のある昼間とは違って、夜は静寂に満たされる。この完璧な王国で罪を犯すものなど光の民に居ようはずもない。警備は最小限とされ、皆が夢の中へと旅に出て行く。
 魔王城とはまるで逆だな――と、自嘲気味に夜の宮殿を歩いていると、見慣れた影が本を抱えて部屋に入っていくのが見えた。あれはサラだ。
 少し逡巡してから、控えめにノックをして扉を押した。ランプの橙色の光が廊下の影を切り裂いた。
 ぱっと振り返ったサラの青い瞳と目が合った。吸い込まれそうなほど透明な青だ。俺だと分かった途端、サラは体の力を抜いた。
 サラは寝台に腰掛け、本を開こうとしていた。勧められた椅子を引き、自分も腰掛ける。サラは本を置き、目を伏せた。無造作に下ろされた髪の毛が彼女の体の輪郭をぼんやりと示している。
「こんな時間までどうしたのですか」
「調べ物があって」
 手にしているのは魔力を増幅させるための術について書かれた本だった。昼間、海底神殿を起動させる魔力が足りないと女王から叱責されていたことを思い出す。
「……他の民の力を使えば良い」
 そう吐き捨てるように言うと、サラは困ったように首を振った。
「いいえ。皆をこれ以上疲弊させるわけにはいきませんわ」
「それは貴女も同じだろう。」
「私は……良いのです」
 少し悲しげに目を伏せながら、サラは微笑む。嗚呼、と俺は思い出した。
 サラにはそういう所があった。
 他人のために自分を投げ打ったり、欺いたりすることが出来る、優しい人なのだ。
 そして――――幼い頃俺は、そんな時のサラの微笑みを見るのが嫌いだった。
 どうして自分だけのものにならないのか不思議だった。自分にはサラしかいないのに。
「……何故貴女は自分のことより他人のことを考えるのです」
 熱い感情が体を支配していた。彼女に対する憤りだけではなかった。分かっていた。
「貴女の力があれば、貴女は貴女を幸福に出来る」
 綺麗事だった。サラの答えもわかっていたから。
「私は……私は皆の笑顔を見ることが、好きなのです。それが私の……幸せなので――」
「人の幸せが貴女の幸せだと?」
 椅子の倒れる大きな音がした。自分が座っていた椅子だ。気づいた時にはサラを押し倒し、その青い髪を寝台に散らばせていた。
「予言者、さん……?」
 サラが驚いたように目を見開いた。何が起こったのか分からない、という顔だがそこに恐れはなかった。その事がまた俺を駆り立てる。きっと俺はこうしたかっただけなのだ。
「これが私の幸せだと言ったら、貴女は受け入れて下さいますか」
 自らの髪がサラの唇を掠め、彼女が眉を潜めた瞬間、理性は飛んだ。
「な……んっ」
 その可愛らしい唇に言葉を許さないとばかりに吸い付いた。しっとりと重ね合わされた二つの唇は、これが求めていたものであると錯覚しそうなほどの温もりを与えた。足りなかった。もっと欲しかった。
 何度も繰り返し口付けた。サラの体が震えているのに気付き、俺はそっと彼女の頭の後ろに手を入れた。そのまま抱き寄せ、さらに深いところを味わいにかかる。
「んあ、や……っ」
 驚くばかりで息を詰めていたサラも、初めての感覚に声を漏らした。そのような声は、男を煽るものだと言うことをサラは知らない。
 歯の間をぬって舌を入り込ませ、縮こまっている小さな舌を自分の舌の先で幾度か弄ぶ。そして彼女を抱く腕に力を込めながら吸い付いた。何度も何度も。慣れないサラの口の端から、溢れた唾液がつぅっと滴った。
 その間にも冷たい自分の手は服の上から彼女の胸を揉みしだいていた。柔らかな感覚と身をよじらせて息を荒くするサラの姿に、ふつふつと湧いてくる感情がある。それを押し殺して、言葉を紡いだ。
「逃げても、良いのですよ……」
 唇を解放すると、そう囁いた。しかしサラは動かない。つい吐息をふっとかけると、サラの体は面白いように跳ねた。耳朶を甘噛みし、そこから首筋をぺろりと舐める。彼女の熱が舌先に触れる度に冷たいはずの体が熱を持っていくのを感じた。
「きゃっ」
 着衣を脱がせ、下着を露わにする。白であしらわれた下着は彼女の純潔を表しているかのようで、それをこれから俺が汚すのだと本能が叫んでいる。
「よげんしゃ、さん……どうして……」
 羞恥で頬を赤く染めたサラは手で胸を隠そうとするが、その日本の腕を彼女の上ひとまとめにして抑える。今はただ、月の光に照らされた美しい体を見ていたかった。
 そのまま彼女の下着を上にずらすと、頂を薄ももに染めた胸が零れ出た。「見ないで…っ」という彼女の言葉には、同意しかねる。まずは右手でその膨らみにそっと手を添えた。それだけでサラがあっと目を見開く。本当に慣れていないのだ、と何処か嬉しく思った。
 徐々に胸を揉みしだき、彼女の震える体を目で堪能する。屹立したその頂きを、我慢出来ずにこの舌で捉えた。サラが思わずといったように甲高い声を漏らす。
 最初は舌先でつつくように、それから今度は広いところでじっくりと。その間に、手を下の方へと進ませていく。一度その柔肌に触れたら止まらなくなった。それ程自分は彼女を欲していたのだと自覚する。
「ん……ふ、あ……っ」
 サラの目が潤んできたのを確認して、するりと下着の下へと手を差し入れる。両足をばたつかせて手の侵入を拒もうとしているが、構うものか。
 ささやかな茂みの先に、熟れきった蕾があるのは分かっていた。指先が滑り、知らずと安堵の息を漏らす。そこはどうしようもないくらいに濡れていた。
「……気持ちが良い、か?」
「――――――ッ」
 サラは今にも涙を流しそうにこちらを睨んだが、すぐふっと体の力を抜いて抵抗をやめた。その瞬間、指で彼女の蕾をツンと撫でる。
「や、んんん――っ」
 だんだんと大きくなるそれをひたすら愛撫する。しこりを弱い力で擦る度に、彼女の嬌声が部屋に響いた。我慢ならなくなった野生が、その下着を取り払う。足と足の間に身を滑り込ませると、その細い足をゆっくりと開いた。
 羞恥に耐えかねたサラが髪の毛を引っ張るが、痛みなどは気にならなかった。そのままその蕾に舌を這わせる。
「あっ!ん……ッ。あ、う、やぁ……んんん……あああっ」
 最初は強すぎる刺激に身体をよじって抵抗していたが、足に添えた手がそれを許さない。舌先に込める力を加減してやると、だんだんと蕩けるような声が漏れるようになった。
「ん……あ……き、きたない……」
「とても綺麗だ……」
 今度は舌の根元でざらりと蕾を囲い込む。そこで息を止めたところで、蕾の周りをくるくると舌でこね回した。その度にサラがぴくんぴくんと体を上下させる。その蜜は甘く芳醇に香った。
 濡れている、と囁けば照れるその表情も、ただただ愛おしくて。 辛そうに顔を歪ませているサラが無意識のうちに何を求めているのか、俺はわかっていた。
 顔を上げ、サラの胸を愛撫しながらも、つぷんと指を泉に差し入れた。
「ひゃ、あ……ふ、んっ」
 ゆっくり、その奥を目指す。思ったよりそこは狭く、しかし熱を持って蕩けていた。
 サラの表情がくるくると変わる。驚き、羞恥、そして快楽を湛えて――。
 こんな俺のために気持ちよくなってくれることが、嬉しかった。じわじわとサラの中をかき回していく。サラは大きく息をついた。
「あ、あつい。あついの……」
 サラが訴える。俺は更に指の動きを早めた。同時に親指で膨らんだ蕾を擦る。サラの表情が変わった。ベッドが軋み、泉から流れる蜜は手にそのまま滴っていった。やがて、サラは一度身をよじった後、体を硬直させ、そして。
「ああッ――――」
 足を反らせてビクン、と大きくのけぞった。中がきつく締め付けられ、そのまま波打って収まっていく。サラの心臓の音が聞こえてくるかのようだった。
「…………」
 大丈夫か、と聞こうとしてその資格がないことに思い至った。しかしサラの目、表情、身体から目が離せなかった。それ程彼女は美しかったのだ。
「もう……や、だぁ……」
 サラがぽろりと涙を流した。
「……嫌なら逃げればいい」
 いたたまれなくなって、サラの顔をのぞきこんだ。触れた頬は紅潮して、温もりを伝えていた。
 サラは切なそうに目を細める。彼女は逃げない。その代わり、開放された右手をこちらに伸ばしてくる。その手がフードを払った。その青い目が俺の禍々しい紅を捉えた。
「……やっと、貴方の顔が見れました」
「……こんな時に何を」
「私はずっと……貴方の目が見たかったから……」
 サラの手のひらが顔を覆った。そして力が込められる。何を欲しているのかが伝わってきた。信じられない。その思いでまた一つ、口付けた。今度は俺が震えていた。
「……サラ、なぜ…………」
 拒絶されて当たり前だ。俺は無理やり自分の欲を通そうとしていただけなのに。
 サラは花開くように笑った。そして言うのだ。
「貴方だけは、本当の私を欲しがってくれたから」
 良い、と。
 そして、迷うように視線を泳がせた後、ローブのボタンに手をかけた。しかし、人の服を脱がせることに慣れていないのかなかなかうまくいかない。我慢できなくなって纏うものを脱ぎ捨てる。そして、サラは俺の頬にこわごわと触った。そして、言う。
「……わたしもあなたが、ほしいのです」
 息が止まった。血が滾った。
「……サラ」
 それは、きっと己の弱さのせいだろう。一瞬、ためらってしまった。
「誰でも……良いわけじゃ、なくて、貴方だから――――あ、ああああっ」
 言葉を紡がせてしまったことを心の中で詫びる。言葉など要らなかった。例え拒まれたとしても戻れないのは知っていた。
 二人の身体はもともと一つだったかのようにぴったりと重なり合い、互いの熱を伝えた。熱い、熱い、熱い。サラのナカが熱い。喜びに震えるこの胸が熱い。もっと、と叫ぶこの本能が熱い。
「サラ…………ッ」
「んっ、ん……あ、やっ、あああっ」
 背中にサラの爪がくい込む。その痛みがサラに抱きしめられていることの証だと思うと、痛みは感じなかった。
「い、いたい……っ」
 苦痛に表情を歪めるサラに軽く口付け、ゆっくりと挿れていく。
「力を抜け……ゆくぞ」
 完全に一つになった瞬間、律動を始めていた。肌を擦る音と、あられもない水音があたりに響く。
 長すぎる時間の中でサラは姉としてではなく、大切なひととして自分の中に息づいてしまった。これは罪。しかし、構うものか。
「あっ、うぅ……ひゃ、や、あああっ」
「好きだ、愛しい、本当に愛おしい……サラ……」
 突き上げながら、何度もそう呟いた。しかし、声にならない言葉が彼女の耳に届くことはない。ただこらえ切れぬ愛しさが胸の中にこだましていく。そのうちそれは予感に変わって、思わず声が漏れる。
「――――くっ、サラ……ッ」
 絞り出せたのは彼女の名前だけだった。心なしか、腕の力が強まる。本能の赴くままに、激しく動かした。今にも達しようとするサラの顔は酷く可憐で、純粋で、扇情的だった。

「あ、だめっ!あ……ッ!や、あああああ――――」

 * * *

 横たわるサラの身体は小さく震えていた。快楽を受け止めきれずもがいているように見えた。白のシーツには少しだけ血がついている。それを認めた時、妖しい独占欲が静かに湧いた。
そっとその身体を抱き寄せた。サラも身を預けてくれる。
 目が合った。その瞳に囚われた。彼女の感情が流れ込んでくる。分かっていた。何を彼女が欲しているのか。キスをした。深く、互いの芯まで感じることができるように。
 サラははらはらと泣いていた。泣きながらほほ笑んでいた。彼女自身もこうなりたかったということが、触れ合う熱ごしに伝わってくる。まるで奇跡のように感じられた。その熱を逃がしてしまわないように、サラをもう失うことがないように強く抱きしめた。目を閉じたままのその横顔をじっと見つめていると、体の内側から込み上げてくる感情があった。その一篇が知らぬうちに、ぽろりとこぼれだしていた。自分が紡いだ言葉に、思わず目を見張る。
「あ、愛している……」
 刹那、背中に回されたサラの手に心なしか力がこもったような……そんな気がした。



*あとがき*
お久しぶりです。1年半ぶりくらいの更新かと思います。
と思ったら突然のR-18で申し訳ないです。今までこういうものを書いていなかったので、新鮮でした。表現の仕方など至らない点などあるかと思いますが生あたたかい目で見守ってやっていただけると幸いです。耽美、というほどではないですが官能的な文章が書けるようになって、より切実な二人の夜が書けるようになったらいいな……なんて思っていたりします(笑)
クロノトリガー、特に魔王とサラの話を書き始めてから七年が経ち、書きたいと思うものも文体も徐々に変わってきてしまいました。大人になるということは不思議ですね。これからも書きたいものを書きたいだけこういったところにちまちまあげていけたらいいなと思っております。
もちろん、こういったものだけでなくいつものようなシリアス系もまだまだ大好きなので、また読んでいただけたら幸いです!

2017.11.30

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