おくりもの「今日が何日か、分かりますか?」突然サラが尋ねてきた。 「三月…十四日ですね」 「今日のことを……ホワイトデー、っていうこと、知ってますか?」 「ホワイトデー?何ですそれは」 「……いえ、それならいいんです」 ふと、魔王は顔をあげた。サラは少しの間を残してまた本に目を落としてしまった。 「ここ、教えてください」 「ああ、その単語は――」 何時もは海底神殿のための激務をなんなくこなす二人だが、魔神器の調整を行っている間は暇が出来ることが多い。何となく図書室で共に過ごしているうちに、魔王がサラに分からない言葉や古文書の読み解き方などを教えることが増えていった。 魔王は幼い頃から宮殿の本を読み漁り、中世においても配下の集めてきた書籍を全て読破した。その知識量は、一国の王女を感嘆させるには十分だった。 「なるほど、わかりました」 そういってまた真剣に本に目を向ける彼女の横顔があまりに純粋で、魔王は直視することができない。すこし、自分にこの光は眩しすぎる。 ある程度授業が進むと、本を置いて他愛ない話をすることもよくあった。だが、今日はなぜかサラの視線を感じることが多い。 「どうされました? サラ」 「い、いえ、なんでもないんです」 まただ。何かを求めるようにこちらを見てくるのに、尋ねると何もないと言う。まったく、何だと言うのか。 ……俺に人の心は分からんな。 「そろそろ私は女王の間に戻らねば。続きはまたの機会に」 「そうですか……今日もありがとうございました」 部屋を出るときにちらりと見えたのは、小さく溜め息をつくサラの姿だった。 女王との話し合いが少々長引いてしまった。すでに日は傾いている。 海底神殿が魔神器のエネルギーに耐えうるのか、まだ検証の余地がありそうだ。 天窓から光が差し込んで、回廊を明るく照らしている。ステンドグラスを通した光が、赤、緑、黄色にゆらめいているのが美しい。 美しいものを見るのは好きだ。手で触れることは出来なくとも。 そんな思索を遮って、女達のぎゃあぎゃあと騒ぐ声が耳を貫いた。 「予言者さまよ!」 「いったい誰にチョコレートを渡すのかしら……」 「あら、私はダルトン様にいただきましたわ」 「え、私もよ?」 「えっ?」 ――――チョコレート? 何故そんなものを渡す必要があるのか。皆目検討が付かなかった。 しかし、この妙な気持ちは前にも経験があった。一月ほど前、部屋に戻ると山のように甘い菓子が盛られていたのだ。甘いものは好まないため、殆ど捨ててしまったが……。 そういえば、サラもチョコレートをくれたような気がする。その時も授業中であっただろうか。何故かおずおずと差し出された、苦みの効いたリキュールチョコレート。手作りだと笑いながら自慢していたのをよく覚えている。 チョコレートを贈答するのが流行っているのだろうか、と首を傾げた。部屋の扉を開けると、部屋の中に紫色が混じっていた。 「……アルファド」 そっとその猫の名前を呼ぶ。時折訪れるこの来客に自分はどのように見えているのだろうか。 足元のローブにまとわりついてくるアルファドを踏みつけないよう気を付けながら、椅子に腰掛け、机の上に無造作に置かれた海底神殿の設計図を見直す。 「アルファ……なんだ、いたの」 突然扉が空いてジャキが入ってきた。予言者の姿を認めた途端眉間に皺を寄せる。 「アルファド、おいで。……おいでったら!」 呼んでも寄ってこないアルファドに悪態をつきながら、ジャキがアルファドを抱き上げる。アルファドがごろごろとのどを鳴らす音が部屋に響いた。 ふと、ジャキの手に持っているものが気になった。 「……それはなんだ」 小さな箱。ジャキはそれをパッと背後に隠した。 「お前には関係ない」 ひょっとして、と口の端が吊り上がる。 「お前も誰かにチョコレートでも渡すのか?」 ジャキがさらに口をへの字に曲げる。図星なのだろう。 ――昔の俺が、こんな流行りものに現を抜かしているとはな。 少々こそばゆい気持ちになっていると、ジャキが怒ったようにまくしたてた。 「別にこれは他の奴らみたいに浮ついた気持ちで作ったんじゃない。姉上のために造ったんだからな」 「……作った?お前が?」 「僕だってお菓子ぐらい作れる」 きょとん、とあっけにとられつつジャキを見つめると、確かにローブの袖には溶かしたチョコレートが固まっていたり、白い粉がくっついたりしていた。 これが自分の幼いころの姿だったと思うと、なかなかに面白い――などと思っていた矢先、 「別に僕があげたいんじゃないんだ。でも先月のバレンタインに姉上にチョコをもらったから、お返ししないと姉上が悲しむだろ」 「バレンタイン?」 聞きなれない単語を反復する。するとジャキが馬鹿にしたようにこちらをねめつけた。 「予言者のくせに知らないの? バレンタインは女の人が大切な男の人にチョコレートをあげる日で、ホワイトデーはそのお返しを男の人がしなきゃいけない日なんだ」 ――なんとなく、思い当たる節があった。 リキュール入りのチョコレート。ホワイトデーという言葉。サラの溜息。 「サラが、チョコレートを?」 「そう、僕だけに作ってくれたんだ」 自慢げに語るジャキを横目に、魔王はしばし思案した。あのチョコレートは、そういうことだったのだろうか。 「こんなことしてる場合じゃない。すぐ渡してこないと。行くよ、アルファド」 ジャキは窓の外に目を向けると、そういって部屋を後にした。もう日はとっくに暮れている。空いた窓から夜風がさぁっと吹き込んでくる。 「……大切な男の人、か」 ジャキの言葉を小さく反芻する。 嗚呼、くそ。 こんな感情は、自分に無いはずなのに。 何故、こんなに胸の奥が温かくて、苦しいのか。 誰か教えてくれ。 「くそ……」 俺はチョコレートなぞ作れんぞ……! 「あら?」 寝室に戻ってきたサラは、机の上に何かを認めた。 一輪の白い薔薇。茎には青いリボンが結ばれている。すこし曲がった蝶々結び。 リボンの端に書かれていた「Thank you」の文字。その字は紛れもなく、あのひとのものだった。 「――もう」 サラは薔薇を手に取ると、そっとその贈り物にキスをした。 *あとがき* お久しぶりです。2年ぶりくらいの更新になりました。 なかなか時間が取れずに形にできずにいますが、クロノトリガーは今でも大好きですしネタもたまっているのでこれからものろのろ書いていきたいなと思っています。誰か一人にでも喜んでいただけたら幸いです。 今回はホワイトデーネタで一つ書いてみました。かわいい魔サラが書きたかっただけです。イベントネタはほんわかしたのが書けるので結構好きだったりします。 次はシリアスなのを書きたいな。 2016.3.9 ←章一覧┃←Menu┃←Top |