赤に染まる小鳥の囀り、温かな陽射し、楽しげな笑い声。 あの時、そんなものに興味がなくなってからどれ程の時間が経っていたのか、今更覚えていよう筈もない。 唯一記憶に残っているのは、日毎に色あせていく世界は、とてつもなく退屈で、何をしても何の感慨も生まれない。喜び、悲しみ、怒りといった誰もが持つ感情はもうわらわには残っていない――――そう思いかけていたということ。 その時、漸くわらわが探し求めていた物を見つけた気がしたのだ。 それからというもの、日々は色づきわらわはやっと己を取り戻せた、と思った。情熱的に染まる世界はとても充実していて、時の経つのも忘れる程だった。それに没頭している間は全てを忘れられた。それが堪らなくわらわを安堵させ、気持ちを駆り立てていった。 もしかするとその時にはもう手遅れだったのかもしれない。染まっていった世界は確かに赤色だった。 今ではもう、それも昔のこと――――――。 「そなたは異国の者が我が王国に災いを齎すというのか?」 「――その通りでございます」 「ふむ……」 手を口元にやり、ちらりと彼の男の方を見遣る。王国の民とは違う雰囲気を纏い、何処からと知れず現れた旅の予言者。深く被ったフードによりその表情を覗い知ることは出来ないが、芯の通った声が印象に残った。その声には自分が決して間違っていないことを証明するような説得力がある。 面白い、と口の端を軽く上げる。玉座を降り、男のフードを乱暴に払った。男が身体を硬直させたのが分かる。右に流れた視線。だがすぐその鋭い目をこちらに向けてきた。 周りに居た重臣達が何やら言いたそうに一歩踏み出した。礼も取らない男が無礼だとでも言うつもりなのだろう。それを手で制し、また男に視線を向ける。 端正な顔立ちに、スッと切れた長い目。少々不健康なところが見受けられるが、問題はない。不意に懐かしい影が浮かびそうになったが、直前で立ち消える。 吸い込まれそうな赤い目に、身体の奥が熱を持った。力の証。ラヴォス神の色だ。その奥にある男の真意を量ろうと瞳を覗き込むが、何処か憂えたその目には何の感情も読み取れなかった。何故か、それを知りたいと思う。 うつくしい。 この挑発的な眼差しは頂けないが、じきに良くなるだろう。 「赤い目か。この国の者ではないようだな……」 男は長い息を吐き、肯定の言葉を返した。何時の間にか強張っていたように見えた身体から緊張が抜けている。表情も少々和らいだが、伏せた目には影がよぎっていた。まるでわらわの言葉を待っていたかのようである。 「……して、そなたはわらわに何を望む? ただそれだけを言う為に此処に来た訳では無かろう」 「私は旅の予言者。この国の未来が見えるのです。この力を王国の為とし、女王陛下の助けとすることが出来るのではないかと思い、こうして参りました。先ほど……」 「前置きはもう良い。望みを申してみよ。わらわは今気分が良いぞ……特別に聞いてやるかもしれぬな」 「なっ、しかし女王――――」 「そちは黙っておれ」 「は……」 口を出そうとしたダルトンがしぶしぶ引き下がる。は、笑わせる。お前がわらわに不満を持っていることなど疾うに知っておるわ。わらわが欲しているのは我が目的の為に忠実に、且つ確実に働く家臣のみ。 玉座に戻り、目で男に次の言葉を促す。 「では……私を陛下の臣として仕えさせて頂きたいのです。位は何処でも構いません。ただ……その地位が我がはたらきにより変動するものとして下さることを願います」 低く、どことなく落ち着く声色。申し出た内容は酷く不躾で、通常なら厳罰に処すものである。 だが不思議と怒りは湧かなかった。寧ろ、大国の女王にこの様な物言いができるその自信が何処から来て、どれ程強いものなのか興味が湧いた。 そもそも予言や占卜というものは国事を決める際に重要な役割を持つ。天の気や月の満ち欠けを読み、祭事の日取りを決めることはよくあることである。予言などという不確かなものに国事が左右されては、ラヴォス神復活に差し障りがあると判断し廃止したが、予言の力を全く信じていないという訳では無いのだ。寧ろ、その力が我が目的の助けとなり得るのならば何も問題はない。 もしもこやつの予言が本当ならば我が目的の為に大いに活用できる。いや、もしかすると――――自らの復活を察したラヴォス神がわらわにこの者を遣わしたのかもしれぬ。この赤い目が何よりの証拠ではないか。 思えば思うほどこの男を手放したくないと感じた。久々にラヴォス神以外の物に此処まで興味を持ったような気がする。 重苦しい沈黙を破り、男に向かって手を伸ばす。 「ならばお前にはひとつ官位を与えよう。どうせ行くあてなどないのであろう? 今日から宮殿の空いた部屋を使い、昼も夜もわらわの為に働くのだ。無論、それほどの大口を叩いたのだ。わらわがお前を役に立たないと判断したとしたらその時は……わかっておるな? わらわを失望させるでないぞ?」 周りがどよめく。当たり前か、わらわがこのような得体の知れぬ者を用いるなど今までなかったこと。だがそんな周囲の者とは対照的に、今の状況があたりまえだとでも言うかの如く落ち着いた男の姿。 「勿論です。必ず陛下を満足させて見せましょう……」 深々と礼をとる男が何者であるのか、もうそんなことはどうでも良かった。 「フフ、それでいい。期待しているぞ。……お前、名はなんという?」 「名……そのようなものはありません」 今までで最も男が困惑しているように見えた。実際、本当に名などないのかもしれない。それはそれでいい。 「そうか……ならば良い。さあ、支度を整え早速すべきことをするが良い。お前の評価はまだ決まっておらんぞ」 釘をさすと、案の定男――予言者は余裕気に薄く笑って、 「心得ております。それでは、失礼して」 また軽く一礼し、身を翻して女王の間を出て行った。それにしても無礼な男だ。 「さて――――」 先ほどから目配せし合っている重臣達、特にダルトンを見遣る。 「わらわに不服があるならば言うがよい。だが、それを申すならそなたらがあの予言者より仕事が全うできるとわらわに示すのじゃ。口先ばかりの世迷い事などわらわは要らぬ。フフ、分かったな……?」 臣下達はその表情が歪ませ、怒りに肩を震わせている。ああ、醜い。醜いぞ。自尊心を傷つけられて悔しいのだろう。 「お言葉ですが、陛下。私はあのような誰とも知れぬ馬の骨より必ず陛下のお役にたつことが出来ます」 「ほう……ダルトン。確かにそなたの人脈は頼りになるものが多く、魔力も群を抜いている。確かにそうかもしれぬな」 ダルトンが突然の賞賛に怪訝そうに眉を潜める。だがその瞳には喜びが見え隠れしている。分かり易いやつよ。 「だが、一つわらわも予言をしよう。あの予言者は必ずわらわの役に立つ。ああ、無論そなたと比較している訳ではないのだぞ……? あやつの真似事じゃ。真似事。フフフ……」 「――――ッ。で、ですが……っ」 「さあ、今日はこれまでだ。明日はまた魔神器から力を抽出する。おお、そうだ。海底神殿の建設が遅れておると聞いた。地の民からより多くの労働者を集め、迅速に配置せよ」 臣下達が慌てて礼をする。一つ大きく頷いて、玉座に深く腰掛けた。 我がジールを永遠のものにする為に、問題は山積している。だが、ラヴォス神の御力を享受することが出来るならどんな犠牲だって払って見せよう。全てはそう、ジールを永遠のものにする為。そして死を、死による哀しみをもう誰にも味わわせない為に。王国の全ての民の命の為ならば、些細な命など捨てても構わない。弱い人間なんぞ長寿を得たところで何の意味もないのだ。弱さは死を引き寄せる。美しいからこそ、強いからこそ残しておく価値があるのだ。 わらわは美しく、強くあらねばならない。ラヴォス神の御力を受ける者の頂点として、その力に値する力を持たねばならない。その為なら何だってしよう。 かくして何ともなしに瞼を閉じると、赤い光がちらついて消えた。 ――――最近、夢を見るのが好きではない。 何を見たかは覚えていないのに、目覚めた途端わらわらしからぬ気持ちに襲われるのじゃ。何とも心許なく、何ともけしからぬこの感情は何処から湧いてくるのか、疑問でならない。一国の主たるわらわが、まだ夜も明けぬこの暗闇の中で、まるで小さな子供の様に寝台の上で震えておるなど、あってはならないことなのに……。 怠い身体を寝台から引きずりおろして、水差しの水で顔を軽く洗う。乱れた髪を整えようと鏡台に映った自分の姿を見遣り――――手に持っていた櫛を取り落した。 そこに映っていたのは眼窩が落ち窪み、虚弱な体を晒すただの女。 「――――ッ」 こんな女はわらわではない。これは――――。 ズキン、酷く頭が痛んだ。耐えられず床に崩れ落ちると、視界が真っ赤に染まった。何時もは心地よい赤色が今は頭に刺さる様に点滅を繰り返す。何故じゃ、何故このような痛みを負わねばならないのじゃ。わらわは、わらわは、この国の女王であり全能の存在である。 鏡台にひじを付き、身体を起こす。赤かった視界が薄れ、自分の青い目が浮いて見えた。尊い青、しかし……弱く、脆い色。 そして……わらわのすきだったいろ。 そう思った途端、フッと頭の痛みが抜けていく。一瞬だけ真っ暗になった視界は色を取り戻した。そして痛みの後に訪れる喪失感、若しくは安心感の様な物が身体中に巡っていく。暫し痛みの再発に身を縮こませた後、おもむろに外套を手に取り扉へと足を向けた。まだ夜も明けず、朝議までは時間がある。外の空気でも吸って気分を変えよう。そう思っただけだった。 人気のしない宮殿内を抜け、扉を押せば朝の冷たい空気が身を撫でた。 太陽はまだ雲の下から現れない。ところどころに花が咲く若草色の大地を越えれば、仄暗く光る青い波。それが橙色に染まる視界の果てに消えていく。いつも宮殿の窓から見るこの王国はこんなにも美しかっただろうか。 この王国はわらわと、わらわの大切な人が愛した国。わらわはこの国の女王であり、代々の王が守り継いで来たこの国を受け継いでいかなくてはならない。 大きく一つ溜息をつく。分かっている。でも、とても――疲れた。 徐々に白んでいく空。ぼんやりと広がる街並み。城の支柱に身体を凭せ掛け、その様子をじっと見つめる。 わらわは何をしているのだろう。永遠の命を王国全員に与える、何とも無謀な話ではないか? そもそもあの人はそれを望んでいるのだろうか……。 空しい、寂しい、そんな感情はもう置いてきたと思ったのに。わらわはまだ弱く、一人では何もできない。 不意に鳥のか細い鳴き声が足元から響いた。視線をちらと地面に向けると、白い大理石の上で羽に傷を負った白い小鳥が息も絶え絶えにもがいていた。ゆっくりと小鳥を取り上げ、土を払う。それから、手を翳して――その羽を幾度か撫でた。 「……」 そう、わらわはこの羽を癒すことが出来ない。わらわの魔法に治癒の類を扱うものはないのだ。治癒魔法はあの人が上手だった――――。 「……ん? サラ?」 背後の扉が軋み、か細い影が姿を現した。声を掛けてやると、サラは驚いた様に目を見張る。 「か、母様……!」 「どうした、そんなに驚くことでもあるまいに」 「い、いえ……。このような夜明けに、一体何を……?」 「気分が優れなくての、外の空気を吸おうと思ったのじゃ。……そなたは?」 そう聞くと、サラは何故か此方を見上げて少々怪訝そうに首を傾げる。やがて少し表情を和らげて、 「私も同じです。ちょっと気分が……」 「そうか……。今は国の大事。身体をいたわるように」 「は、はい……」 隣で空を見上げるサラの肩は細く、その表情もどこか血の気が無いように見えた。不安、心配、そんな感情が胸の奥から湧いてくる。何故? ああ、当たり前か……この子はわらわとあの人の大切な子どもなのだから。 サラが視線に気づき、おずおずと顔を上げる。そして軽く目を見張った。どうしてそんな驚いた顔をするのか分からない。 「どうかいたしましたか?」 いいや、と小さく首を振って空に視線を戻すと、今度はサラがわらわの手の中に目を留めた。 「……あら?」 先ほどよりもぐったりとした鳥をサラは許しを請うて手に取った。そして手を翳し、何事か唱えると緑色の光がその羽を包みこんだ。 「かわいそうに、これでもう大丈夫よ……」 小さく呟く声が聞こえた。サラは癒しや防御の魔法を得意とする。おそらく性格が表れているのだろう。サラは元々諍いや戦いを好まない優しい子供だった。だからだろうか、笑った顔があの人に良く似ている――――。 胸の奥がズキリと痛んだ。小鳥を空に放す彼女の横顔は晴れやかで、何の憂いもないようだった。柔らかな表情で、羽ばたく鳥を眺めている。 「サラ……」 何かを思い出せそうな気がした。先ほど感じた空虚な胸の穴を埋める物を。 「なんでしょうか、母様」 そう言って振り向くサラの表情は、ちょうど顔を出した朝日に照らされて美しく輝いていた。久々に見たサラの穏やかな表情。喜ばしい事である。なのに……。 太陽が昇った。嗚呼、眩しい。思わず目を瞑る。目の前に迫る、赤。 「い、いや、何でもない。気にするな……」 ポツリ、どす黒い何かが胸の奥に灯った。 「母様?」 「ええい、煩い。黙れ、下がれ、いや、わらわが戻ろう」 その染みはどんどんと広がっていき、やがてスッと気持ちが冷えた。 「どこか具合でも……」 「黙らんか!」 「……!」 突然の激昂に萎縮したのか、サラが一歩身を引いた。 睨みつけた目が歪んで細くなった。これはいつもの顔だ。まるでわらわを憐れむような不遜な目。 わらわはこの目がきらいなのじゃ。 「朝議の後、海底神殿建設に用いるラヴォス神の力をさらに抽出する。決して、遅れぬようにな」 「…………はい」 サラに背を向けて宮殿に入る。扉の閉まる荘厳な音が響いた後、何時の間にか頭痛は完全に消えていた。 「そなたはわらわの……いや、この王国の未来を見ることが出来るのか?」 目の前に座る予言者がグラスを傾ける手を止めた。 「未来……ですか」 「予言者と名乗っているからには、そういったことも見えるのではないか?」 「……知りたいのですか?」 予言者が薄く笑う。 「興味があるのじゃ」 「……私が今見えているのは、ラヴォス神が復活するビジョン。それだけです」 「ふむ……。それはわらわが求めた通りの未来だな」 酒、若しくは喜ばしい未来を示唆された所為か身体が熱い。しかし、手元の酒を一杯煽ると、急に興が削がれた。そのようなこと、疾うに知っている。 「……して、その後はわからぬと言うか」 つまらぬ、そう言葉が漏れた。予言者が、グラスにワインを継ぎ足そうとした手を身振りで制する。 鷹揚に顔を上げると、フードの下の目が仄暗くわらわを見つめていた。つい、ハッと息を呑む。予言者はボトルを手に取り、そのグラスを円卓の中心に置く。そして静かにワインを注ぎ始めた。 「……予言というのはこのワインの入るグラスの形を見るようなものなのです。この液体のように、流れていく時間は在るべき器に収まっていく……」 とくとくと音を立てて赤い液体がグラスの中で波打つ。予言者の青いローブが赤い水面に揺れている。 「しかし、選択を誤れば、このように……」 ワインはグラスの縁を越えて流れ落ち、滴っていく。 「グラスの形はもう意味を成しません。おわかりでしょうか? 予言は為政者に信じられ、その在るべき器の姿を理解させることで意味を成すのですよ」 「つまりお前は……わらわがお前の予言した未来を信じるが故にその未来が実現するというのか?」 自然と言葉に角が立つ。そのような失言は、たとえ予言者であろうと許せない。わらわが叶える未来は間違いなくわらわが望んだものだからだ。 その想いを知ってか知らずか、予言者は首を振り、ボトルの最期の一滴をグラスに注ぎこむ。 「そうとも言えますが、違うとも言えましょう。貴女はこの王国の女王であらせられる。貴女の願う未来がこの国の未来であり、私はそれを言い当ててさもありなんと貴女に申し上げているにすぎないのかもしれませんから」 「回りくどいぞ、予言者よ。何が言いたい」 予言者が円卓の上を濡らした液体を視線で示す。そして徐に語りだした。 「……私は今、判断を間違えました。過ぎた時間は予言された通りの器に収まってはおらず、溢れ返ってあらぬ体を成しています。これは、私がこのボトルを持っていた……時間を操っていたが故の出来事です」 つまり、予言者はそう言って顔を上げた。 「今、国の行く末、辿る時間は貴女が握っておられる。結局のところこの国の未来は貴女次第なのです」 瞬間、先ほどの仄暗さではない、何処か悲しく優しい眼差しがわらわを包んでいるような気がした。今なら何かを思い出せそうな気がした。あたたかくてうつくしい、大切なものを。 先日のサラの様子が不意に思い浮かぶ。晴れやかで嬉しそうな、穏やかな表情であった。白い鳥が空に羽ばたいて、とても綺麗だった。 あの短い一時の中で、あの子はおそらく信じていたのだ。わらわがまた昔のように戻ると――昔のように? 「陛下……」 予言者の低い声が鼓膜を震わせる。いつか耳にした自信に溢れた声音ではなかった。痛切に、哀切にわらわを惑わせる声。縋るような、救いを求めるような――そんな声。 サラの笑顔が目の前をよぎり、予言者の声が反響している。いつのまにか陽だまりの日々の――あの人が生きていた時の光景が浮かんでいた。ジール。誰かがわらわをそう呼んでいる。 呼び声に引き寄せられるかのように、逸らし続けていた視線を予言者の方へゆるりと向ける。 刹那、フードの奥の赤いものと、目が合った。 身体に戦慄が走る。嗚呼、許したまえ。わらわは貴方様の御力を忘れるところであった。 「成る程。よく、わかった」 「それでは……」 予言者が何を期待してか、言葉を漏らす。ワインの溢れたグラスを手にとり、予言者の前に掲げた。わらわの手にワインがまた滴っていく。その赤もまた心地よい。 「永遠の命を我が王国に齎そう」 予言者が一瞬身を硬直させる。だが、すぐにその身体から力が抜けていくのが分かった。そのままわらわの手から受け取ったグラスを一気に煽る。喉仏を数回上下させ、グラスを置いた。生憎とその表情を窺い知ることは出来ない。だが、そうして向き直った赤い瞳が陰りを帯びたことだけは見て取れた。 裏切りの匂いがした。 この男はきっと、わらわとこの国が永遠の命を得ることを望んでいない。 直観がパッと頭に浮かんだ。 この男はラヴォス神の遣いではなかったのだ。結局わらわは一人、ジール王国の為に永遠の命を得ねばならない。 フフ……それはそれでおもしろい。 わらわは神に選ばれしこの王国の女王なのだから。 「……今日はこれでお開きとしよう。明日からも頼むぞ、予言者よ……」 「はい、陛下」 予言者は一礼し、何時もと変わらぬ様子で退室していった。 きっと、もうわらわがこの者を晩酌に呼ぶことはないだろう。 あの日、美しい力の証だと感じた赤い瞳はもう色褪せた。 わらわ自身が既にラヴォス神の御力を手にしているから。 椅子に深く腰掛け、円卓に零れた液体を指で掬う。 「……赤い」 そう呟いたジールの視線は、指ではなく虚空を捉えていた。 *あとがき* 月城です。前回の短編を書いた時は受験突入前にあと二つ書くとか嘯いていたことをたったいま思い出しました……すみません……(泣) 今回はジール視点。ジールが狂っていく過程を書きたかったのですが、ちょっと分かりにくくなってしまったもしれません。以後精進します(><) この小説は受験前に着手したもので、あとから未完の部分を付けたして完成させました。 少しでも楽しんで頂けたなら幸せです! 2014.3.31 ←章一覧┃←Menu┃←Top |