おかえりなさいの前奏曲嫌い。嫌い。嫌い――――。 そんな感情がとめどなく溢れた。冷たい雪が嫌い。母さんが嫌い。僕を虐める兄弟達が嫌い。汚れた場所が嫌い。人間が嫌い。全部、嫌い。 僕の中のドコカに山ほどの『嫌い』が飽和している。ドロドロ、ぐるぐる。 ある日の昼下がり。僕は宛てもなく駆け出した。遠い遠い場所に行けば逃げられる気がした。何から? ここから。 駆けていく。無くなって困るものは何もない。その代わり大切なものもないけれど、この先に行けば変われるんじゃないかっていう漠然とした期待に向けて走る。 集落を抜け出してがむしゃらな方向へ向かって行くと、焦燥感が体を焼いた。走っても走っても辺りは白に包まれたままだ。当初の希望がだんだんと小さくなっていく。雪を蹴る脚から力が抜けていく。冷たい。 歩みを止めた時、僕はヒトリだった。希望も元居た場所も、もう見えない。空腹と寒さから、身体が痺れてしまっていた。これ以上動けない。 冷たい大地に伏しながら小さく喘ぐ。何でもいいから食べ物が欲しい。温かさが欲しい。僕を見てくれるモノが欲しい。 どれくらいこうしていただろう。空腹に耐え切れず辺りに食べられるものを探すが、枯れ草一つないこの雪野原で食べ物が見つかるはずもなかった。 ああ――――眠いな。 僕はこのまま消えてしまうのかな。でもまぁ、僕が死んだって誰も困らないし、泣かないし……それでもいいかな。 それでも僕は欲しかった。みんなが笑っていられる理由とか、幸せと思える理由とか。 だって僕はそういう気持ちを感じたことがないから。一回くらい本気で求めれば、叶えて貰えるんじゃないかと思ったんだ。 空が珍しく明るい。だが、太陽の温かさまでは地上に届いてこなかった。空さえも僕に温かさをくれないのかな。そんなことを思っていたから、不意に身体を影が覆ったのは、きっと自分が死んだからだと思ったんだ。 「キレイな紫。大丈夫……?」 ちょっと高い声。でもそれは優しく耳に響いて、死ぬ前の幻聴にしては余りにも綺麗だった。 お腹に違和感を感じた。続いて何度かの振動。今、身体をつつかれていて、そしてまだ自分が生きているということに気付くまでいくらかかかった。 「まだ、生きてる?」 その影は僕の喉やらお腹やらを撫で回した。やがて安心したように息をつくと、僕を抱き上げて耳元で囁いた。 「おいで…………僕は君の傍にいてあげる。君が僕の傍に居てくれるなら」 寒さに震えていた夜。その影――いや、『君』から告げられた言葉は優しく緩やかに僕を縛り、古から伝わる魔法の如く僕の思考を止めた。雪を払うために僕を撫でた手は冷たくて小さかったけれど、とてもやわらかかった。その手を軽く舐めると、君はくすぐったそうに笑ってくれた。 やがて君は立ち上がる。行こうよ、そう囁く君の声に僕は小さくほお擦りをして応える。 君は少し切なそうな笑みを浮かべて、 「……僕のそばにいてくれるんだね……」 再度降ってきた君の手に、僕は思うんだ。君が望むなら――――ずっと居る。離れない。この温もりをくれた君の傍から。 僕の世界は嫌いなモノでいっぱいだ。ドロドロ、ぐるぐる。だから、僕は君しか愛せない。君以外のヒトやモノなんて信じられない。いや、信じたくないんだ。 僕が死ぬか、君が死ぬまで僕は君の側にいる。 幸せだった、のに。 突然、セカイが壊れて君が居なくなった。君も、君の匂いがするあの人も。 ある日、海の近くで君が大切にしていたモノを見つけた。大変だ、落としちゃったのかなぁ……。あんなに大事にしてたモノなのに。 もしかしたら探しにくるかもしれないな。 放っておいたら、ダレカが見つけて盗っていっちゃうかもしれないな。こんなにキレイなんだもの。 それなら、君がコレを探しに来るまで、僕がコレを守っておいてあげるね。そうしたら君は喜んでくれるよね。笑ってくれるよね。僕を撫でてくれるかな。 その時に「おかえり」って言いたいから、伝わらなくても言葉にしたいから、僕は此処にいるよ。少し寒くなって来たけど、全然平気だ。君が温かさをくれる筈だから。僕は少し眠るけど、起きたらちゃあんと君を待つからね。嗚呼、でも早く――――。 キミに、会いたいなぁ…………。 Good night... *あとがき* 突発で書きました。アルファド視点のお話です。案の定切なめ。最初はハッピーエンドの予定でした。タイトルの前奏曲は「プレリュード」とお読みくださいな。 個人的にアルファドはジャキ以外の人間が嫌い、というか信用できないんだと思っています。ジャキだけは自分に優しくしてくれる。という妄信的な感情を持っていたらいいな、と。 このあと二人は出会うんです。アルファドは「おかえり」という名の鳴き声を大好きな人に向かって挙げるんです。そしたら大きな手がその頭を撫でて、アルファドは満足そうに喉を鳴らすんです……うああああああ(ry 自分で書いたくせに悲しくなってきました(笑) それより紫色の猫とか可愛すぎます。引っ掻かれても良いからもふもふしてみたいですw 2012.9.18 ←章一覧┃←Menu┃←Top |