何時かの記憶を閉じ込めて



 ――――セリス。
 花が綻ぶように笑うその姿に、どれほど癒されただろう。小さい頃から一緒だった。剣を共に習い、兵士に悪戯を仕掛けては遊んだ。嫌なこともいっぱいあった。でも何時かそういった嫌なことからその子を少しでも守りたいと思って頑張ってきた。
 そりゃあその子に対して苛立ちを感じたことも、そう思ってしまう自分の愚かさを忌ま忌ましく思ったこともある。どうして自分は強くない、と。
 最近は忙しく会う機会は減っていた。しかし、将軍となっても根本的な気持ちは変わらなかった。
 あの子は――ティナは、笑顔が一番似合う。
 …………なのに。
 カラン、剣が地面に落ちる音がした。何のことはない、ただ自分が取り落としただけのこと。ここは戦場。将軍たる者剣を取り落とすなどあってはならない。嗚呼、でももう良いのかな。全てが終わったこの場所では、眼前の光景にただ目を見張る外ない。兵士達はもう既に引き上げ、辺りには炎と何かが焼ける嫌な匂いだけが満ちていた。
「緑というのは赤が映える色ですねェ」
 キヒヒ、と隣でケフカが笑っている。この場にそぐわぬけたたましい笑い声。死体を蹴るその姿はまるで死神。真っ白な白粉が炎で赤く照らされて、口の端が吊り上がったように見えた。笑いの残滓を顔に貼り付けて、
「そう思いませんか、セリス将軍?」
「――――ッ」
 どれ程非道な行いも、帝国の為と甘んじて実行しているのだと信じていた。心では躊躇い、苦悩していると思っていた。だから――噂を否定し続けることが出来たのに。
『ケフカには心が無いんですって』
 ――――ケフカにだって事情があるんでしょ。仕方ないんじゃない?
 兵士達の戯れ事と笑い飛ばして何も疑わなかった。だって、だって。
『セリス』
 自分の名を呼ぶ声はその子だけがくれるものではなかったから。忘れられない、身体に染み付いた記憶は確かにあった。
『私は魔導の力を使いたい。兵士ではなくもっと高みに上りたい。そのためになら何だってしてもいい…………嗚呼、こんな事、お前に言うことではないな……』
 そうやって頭を撫でてくれた手は温かかったのに。
『何だ、用もないのに纏わり付くな。鬱陶しい』
 そう言いながら街へと連れ出してくれたのも、
『……上手いじゃないか、それなりに』
 剣を褒めてくれたのも、それが嬉しくてもっと強くなろうと思わせてくれたのも、
『セリス』
 全部あの人だった。
「ふふ……なんという素晴らしきチカラ! これで僕もまた皇帝に褒められますね! 誰が何と言ったって…………」
 嗚呼。
「あの子は僕ちんのモノだから。ねぇ、おいで……ティナ」
 その呼び声に、ずっと表情も無く炎を見つめていたティナが魔導アーマーから降り立った。そのままケフカの元へ引き付けられているかのように歩み出す。硬直したように動かないセリスに目をかけることすらしない。視線はただ前方のみに注がれていた。やがてケフカが大仰に手を広げると、何の躊躇いもなくその道化の衣装に身を沈めていた。戦場になんてそぐわない光景。酷く滑稽だ。狂ってる。
 ティナはケフカの腕から解放されてからも遠くを見据えているだけ――或いは何も見ていない――だった。ケフカはもうティナから関心を無くし、気持ちよさそうに深呼吸していた。悍ましい、本能的にそう思う。
 セリスはティナに歩みより、
「…………ティナ」
 か細い声しか搾り出せない。だが、その名前を呼んだ。でも。ティナは笑うどころか、振り向いてさえくれない。
 言葉を失ったセリスの肩にケフカの細い指がかかる。
「可愛いお人形だと思いませんか? 綺麗な緑の髪。華奢な身体つき。きめ細かな肌。その上僕の、僕だけの言いなり通りに動いて、強い。すごく強い。……ね? その辺のムサっくるしい男共よりよっぽど良いでしょう?」
 目眩を感じる。同時に、かつて戦場で初めて人を殺したときのような猛烈な嫌悪感が込み上げた。
「……反応ナシですかぁ? セリス将軍。まったく、仕方ないですねぇ。それじゃあ僕は帰りますから報告と後始末はちゃんとやっといて下さいよぉ?」
 ――――おいで。
 ケフカの手招きに応じるティナ。笑う道化。虚ろな目をした少女。焼け果てた荒野に、一人佇む自分。
 ……嗚呼、もう信じない。
「ふ、ふふ……ははは…………っ」
 涙? 違う、これはただの汗なんだ。燻る炎に消されてしまうだけのただの汗。
「あ、ああ……あああああああああああああああっっ!」
 叫び声の中、何処かに鍵の掛かる音を酷くリアルに聞いた気がした。


『ケフカには心が無いんですって』
『馬鹿を言え、無い訳ないだろ。ただ――――壊れてるだけだ』


 End.
*あとがき*
FF6短編第二弾。セリス視点のお話です!!
いや、セリスもケフカやティナと一緒に時を過ごして居た訳だから愛情も感じていたのではないか、と。でも現実をリアルに突きつけられてそんな過去の自分と決別す――というより過去の記憶を封じ込め――ることで『常勝将軍』と呼ばれるまでになったのではないかと。勝手な捏造ですw
そしてレオ将軍を登場させてあげられなかったのが残念です…ww
帝国組好きだよ〜〜☆

2012.8.24

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