Another Ending 7.二度と離さない――――サラを探すの? 答える価値もない問い。ラヴォスを葬った今、すべきことはそれだけだった。 仲間、そう呼んで共に戦った者達と永遠に別れることになると言うのに、特に感慨は生まれなかった。こいつ等と戦って得た喜びよりも、まだ手にしていない、しかしこれから手に出来るであろう喜びの方が遥かに大きいからかもしれない。もしくは――――絶望の方が。 ラヴォスを倒し、完結する筈だった。だがそれなら……この寂寥は何なのか。 ゲートに飛び込み、何時ものように流れに身を任せる。今までに何度飲み込まれたか分からない時空の歪みも、これで最後だと思えば惜しく感じられるものだ。 今回は何時もよりもゲートが開くのが遅い……。 通常ならばゲートの移動時間は体感として大体十数秒である。しかし、今はもう既に数十秒が経過している。まあ最初に中世に落ちた時や中世から古代に飛ばされた時のことを思えばそれほど珍しいことでは無いが。 やがて、身体とも感覚とも言えぬ部分がざわざわと騒ぎ出した。まるで希望を求めるかのような、まるで絶望を予期しているかのような。 そう、この先にサラが居るという確証はないのだ。海底神殿崩落後の時代ではサラがもう生きていない可能性も高い。もしそうだとしたら、今までの復讐の意義すら失われてしまう。 だんだんと目の前の光が強くなるにつれてざわつきは増していく。今までに感じたことが無い焦燥感が身体を包む。嗚呼、これが不安というものなのだろうか。 ラヴォスは倒した。ジールももう居ない。魔法もない。 もう貴女が苦しむことは何もない。 だから、頼む、生きていてくれ。貴女が居なければ何の意味もないのだ。全てが終わった今だからこそ、その事が強く思われてならない。 そう強く願った瞬間、視界が白く染まって浮遊感が掻き消えた。放り出された地面の固さを忌々しく思いつつ、のそりと身体を起こす。太陽の光が燦々と降り注ぐその地は……前と同じように雪で覆われていた。迫り出した大地の先には、漆黒の海が広がっている。この岬はあの時奴等と対峙した……。 「ここは……。帰ってきたのだな……」 実感は無かった。この時間で過ごした年数は中世で生きた年数の半分にも満たない。それに幼き日々を過ごした王国は既に無くなってしまっている。 しかし、魔王は空を見上げて思う。やはりここが、この時代こそが自分の居るべき場所だということを。どれ程姿形が変わっても、どれ程の時が経っても、この時代に居ると言うだけで何か特別めいたものを感じるのだ。 かつては雲に覆われて、天空からでしか見る事の出来なかった空。その下を魔王はゆっくりと歩き始めた。何かの予感がするのだ。雪を踏みしめながら向かう先はこの世界の生き残りが住む集落である。生き物の気配が全くしないこの場所で、あの者どもが生きてこられたのかどうかは分からないが、自然とそちらに足が向く。必ずサラに会える、そう確信していた。 否……そう思わなければ歩けなかったのかもしれないな。 このまま歩き続ければサラに会えると思うからこそ、こうして歩いて……いや、生きていけるのかもしれない。 雪は冷たい。ブーツ越しにその冷たさが伝わってくる。だがその冷たさとは逆に空からは暖かい陽光が降り注いでいる。サラはこの大地から雪が消えたら喜ぶに違いない。これで皆が暮らしやすくなると。そんなサラを間近で見ていたい。再会した時に擦れ違い、言えなかったこと、してやれなかったことを今度こそ叶えたい。今までに感じてきた空白、空しさ、全てサラに会えば救われる気がした。それほどまでにサラが欲しくてならなかった。 誰でもいい。ここまで来たのだ。どうか――――幸せな結末を俺にくれ。 集落に足を踏み入れた時には既に日が暮れかけていた。ただでさえ寂れた土地が夕日にあてられて尚も閑散として見えた。ただかつて此処を訪れた時よりは幾分かマシになったようにも見える。 ジールがあった時と比べれば随分と文明は衰えた。衰えた、と言うよりは無になったと言う方が正しいかもしれない。再建しようにもここには村の長以上の指導者は居ない。一時はあのダルトンが王と成ろうとしたようだが……まあアレは王の器ではあるまい。 今ではここで地の民、光の民が少ないながらも隔てなく暮らしているという。これはこれで良かったのかもしれない。黒の夢もなくなった今、魔力の有無を問う者は誰も居ない。 「おや、あんたは……」 広場の方から向かってきた小さな影。魔王を見上げ、足を止めたその姿にどこか見覚えがあった。 「……ここの長か?」 「一応そういう事になってはおるが……なに、今更長を気取って何かを成すつもりはない。今はただ生きていくだけで精一杯といったところじゃ」 ふう、と長いため息を吐く老人はやはりやつれて見えた。あの災害の後、心労も溜まっているのだろう。……だが、そんなことどうだっていいのだ。俺にとっては。 「――――サラはここに居るのか?」 「…………」 老人は答えない。瞑想するかのように目を閉じ、静かに杖に身体を預けている。何故こうも焦らすのか。居なければ居ない、居るのなら早く言えば良いだろう――――! 「聞いているのか?」 「そう急きなさるな。お前さんを見込んで、聞いてほしい話がある……。そう長い話じゃあない。聴いてくれるか?」 「…………早くしろ」 「そうか、そうか。ならこんなところで立ち話もなんじゃ。もう人も居らぬし、広場に行くとしようかの」 場所など変えなくていい。さっさと済ませろ。踵を返した老人の背中にそう言ってやりたい気持ちは山々だが、サラが居ないのなら早々に居ないと言うだろうし、もし居るというのならここで面倒事を起こすのは憚られる。 仕方ない……。 老人は振り向き、魔王が歩みを進めたのを確認すると、 「して……お前さんは一体何者じゃね?」 「言う必要があるのか?」 「特にないな。だが……人と話をするときには信頼性が大事だとは思わんか? 信用できない相手と何を話したところで無駄というもの。何やらわけありの風じゃしの」 「……ジールの生き残り……と言ったら信じるか?」 「信じてやらんでもないが、それだけではないのだろうな。まあ良い。お前さんは他の者とはどこか違うようだ」 「……」 誰も居ない広場にはまだ雪が所々残っていた。だが地面がむき出しになっているところも多くあり、そこからは確かに緑が芽生えつつあった。魔王はその芽を気にも留めずに踏みつけて歩く。 「ふぅ……」 定位置なのだろうか、老人は広場の奥まで辿りつくとゆっくりと此方に向き直った。魔王は若干の苛立ちを隠さずに、 「……で、話とは?」 「お前さんはせっかちじゃの。ま、それは置いておくとして……どこから話したものか」 「出来るだけ手短に頼む」 「おお、勿論。年寄りの身体に日暮れ時の風は堪えるからの。出来れば早く休みた――――そう殺気を飛ばすな。すぐ話す」 無意識の内に魔王は目を細めて老人を見下ろしていた。そんな魔王に老人は肩を竦め、一つ小さく息を吐くと、 「そうじゃの。今から……大体半月ほど前じゃろうか。この大陸から少しばかり離れた小島に、サラ様が流れ着いていたと、ここいらを探索していた若いのが報告してきた。不思議と衣服は濡れても汚れてもおらず、特に目立った外傷はない、とな」 心臓がドクドクと早鐘を打ち始めた。サラが? 生きている? そんなことが、あっていいのか? このような奇跡を信じても良いのか? 「! それでサラはどこに!?」 「その小島に作らせたテントで眠っていらっしゃる」 「眠……?」 「そう、サラ様は未だ……目を覚まさない」 「――――ッ。それは……まさか!」 死んでいる。の、隠喩表現かと思ったのだ。心臓が止まる、なんてものではない。一瞬周りの世界が感じられなくなるような恐怖が喉元にせり上がってきた。蒼白となった魔王に、老人はゆっくりと首を振る。 「生きていらっしゃる。それは自分でも確認した。小舟を作るくらいは出来るからの。日に一度、信頼できる者にサラ様の世話を任せている。本当は此方で看護をしたいのだが……まだ多くの民にはサラ様が見つかったことを知らせていない」 「何故だ?」 「また光と地の民の間に諍いが起きる。サラ様は無論良い方じゃ。しかし、魔力と血という権力を持っているのもまた事実。此処に住んでいる者の中には、まだかつてのように魔力を望む者や魔力に憧れている者も居る……」 「……まだサラを使おう等とほざいている奴がいるのか。己の所業も忘れ、未だ力に頼り、また過ちを繰り返すと?」 どす黒い感情が湧き上がってきた。此処に居る民がサラをまた苦しめようと言うのなら、何の迷いもく殺せる、そう直感した。 老人は魔王の台詞に鎮痛な面持ちで頷き、 「サラ様がお元気ならともかく、この様な状態の時にジールの魔力や王族の血を取り込むのは危険ではないかと思ったのじゃ。先ほども言ったが、今必要なのは絶対的な王ではなく、団結した民じゃ」 「……」 「そのためには……サラ様を公に晒す訳にはいかない。だが毎日向こうの島まで渡るのはなかなか大変での。そこで……」 「俺が行こう」 老人の言葉を待たず、魔王がそう提案した。老人が目を細め、興味深そうに自分の顎を撫でる。 「俺がサラの面倒を見ていれば良いのだろう? そうすればお前等の負担も軽くなる。そして俺は……」 「理由付けは後からせい。お前さんは……サラ様に会いたかったのだろう?」 ぐっと言葉に詰まる。確かにそうだ。だが、会いたいなどという簡単な言葉では済まない筈なのだ。 無事が確認できればそれで良い、だが裏腹にその細い身体を掻き抱いて自分の手の中で大切に守っていたいと思う気持ちもある。ここまでやった、それを言い訳にして自分にとっての幸せを独占してしまいたいとも思う。この気持ちは果たして罪だろうか。 だが、それでも――――サラに会いたいという気持ちに代わりはないのだ。 「…………ああ」 目を伏せた魔王がそう呟くと老人はふっと微笑み、深く頷いた。 彼女は微笑まない。 彼女は言葉を発しない。 彼女はずっと眠ったまま。 それでも生きている。自分の側で生きている。 それだけで――――生きていける。 そう思っていた。 日が昇り、黒々とした海は七色にその光を反射していた。風は無い。風の音も聞こえない。そしてサラは目覚めない。それが日常になりつつあった。 サラが居るという島に、魔王は以前訪れたことがあった。光の祠、そう呼ばれる洞窟がある島だった。 魔王は夜明けとともに目覚め、水と果実を持ってサラのテントへと向かう。サラの身体が食物を必要としているのかどうかはよく分からないが、何かをしていないと落ち着かないのだ。 ――――サラ。 最初はその名を近くで呼べるだけで満足出来た。だが、やはりそれだけでは満たされない。近くにサラが居るだけでいいと思っていた筈なのに、今ではその声を聞きたい。目を開けてほしい。せめて微笑んで欲しい……そんなことばかり願っている。 時折、もしこのまま永遠に目覚めなかったら……と思うことがある。実際はあってはならない事なのだが、想像せずにはいられないのだ。サラは永遠に目覚めないのではないか、と。その度に得体のしれない悪寒が身体を巡る。 だから何時もこの布一枚の隔たりを越えることを一瞬だけ躊躇うのだ。その度にこの中でサラが眠っていると言うことが真理のような錯覚に陥りそうになる。それにもしかしたら、この先にサラの姿がないように思われるのだ。この単調な、それでいて安泰な日常は全て夢だったのではないかと思わせるような恐怖。今日も何時ものように一呼吸置き、それからテントの中へと足を踏み入れた。 「サラ」 今日も呼び掛けに応える者は居ない。哀切が身体を巡り、同時にサラの姿を目視できることに安堵する。 魔王はサラの枕元に座り込むと、果実を置き、スプーンを使ってその乾いた唇の隙間に水を流し込んでいった。次いで小さく刻んだ果実も同じようにする。 食事を終え、食器を片している間サラの息遣いが小さく、しかしはっきりとテントの中に響いていた。その規則的な呼吸は魔王がサラとここで会った時から全く変わっていない。サラはまるで何かに守られているかのようにその姿を変えない。ただ懇々と眠っているだけなのだ。その表情は安らかでさえある。 「……そんなに……良い夢なのか?」 魔王はそっとサラの頬を撫でる。その温もりを感じる度に切なさとやるせなさが胸の奥から湧き上がってくる。じわりという熱さを目の奥で感じる。その度に、静かに涙を待つ。泣く事でこの気持ちが外へと流れ出ていくことを期待した。だが涙は一滴たりとも流れないのだ。 夢の中で幸せならそれでいい、なんて……思える筈もない。 夢が全ての終わりなら今までサラが経験した悲しみや恐怖が報われない。それに……すべてを投げ打ってラヴォスを倒したことの意味がなくなる。それは、嫌だった。ラヴォスを倒してもサラがいないのなら意味が無い。納得出来る筈もない。思わず唇を強く噛む。 滲む血の味に、はたと気づいた。 ――――結局は自分の為、無償の愛を与える事等俺には出来ない。サラを助けるのも自分の為。俺は……サラを幸せにすると言って自分を慰めようとしているだけだ。 「すまない……」 そう言いながら、何を詫びているのかよく分からなかった。きっとこれもおざなりに過ぎないのだろう。それにしては、胸が酷く痛んでいた。 どれだけの日をこの地で過ごしたかは分からない。だが、その日も何時もと同じ朝だったことだけは確かである。 起きて、躊躇って、食事を与え、何ともなしに悲しんで、花瓶の水を変え、花を摘み、昔に思いを馳せる――――そんなありふれた日の一つ。ただ、あえて異なったところがあるというのなら……その日は空が透き通る様に青かった。 雲が多いこの時代では珍しい。そう思い魔王は空を見上げた。古代ではいつでも見る事の出来た空。手を伸ばせば触れられそうなほどに近かったあの空とここから眺める空が同じものには見えなかった。 遠すぎる空を思いながら、テントへと足を向けた。何だか身体が怠かった。休む前にもう一度サラの様子を見ておこうと思ったのだ。 サラの姿にも、特に何の前兆もない。なのに――――。 「……どうして、そんなに驚いた顔をしているの?」 睫毛が揺れ、青い瞳が大きく開かれる。硬直した魔王に、サラはもう一度問いかけた。 「どうして貴方がここにいるの?」 きょとんとした表情でそう問いかけるサラを魔王はただ見つめ返すことしか出来ない。サラの声が鼓膜を震わすだけで、泣きたくなるほど嬉しいのだ。 「……サラ……ッ」 「まさか……貴方もこの力に取り込まれてしまったの?」 何を、言っている……? その言葉にサラの様子が奇妙しいと気付いた。長い間眠っていて、目覚めたら見知らぬ場所にいるのだ。普通ならばもっと取り乱してしまう筈だった。だがサラは全てを達観した様に微笑んでいるだけ。 「違う……」 「なら、どうして?」 サラは自分でゆっくりと起き上がった。それから辺りをきょろきょろと見渡して、 「今度はどういう夢なの? 父様が死ぬ夢? 母様が狂う夢? 四人で幸せに暮らす夢? それとも――まっくらなところに一人置き去りにされる夢!?」 穏やかだったサラの表情がこわばっていく。思わずその震える手をそっと掴んだ。 「違う、そうじゃない。これは夢じゃないんだ」 そう言って聞かせても、サラはただ首を振るばかり。 「母様も父様もそう言ったわ。でも最後にはみんな居なくなって、次の夢が始まるの……。もしかしたら、貴方も私の作った幻想にすぎない……?」 「サラ!」 「私、もうわからないわ……」 サラは泣きそうに顔を歪ませた。だが雫は流れない。 「これは夢じゃない。夢なんかじゃない。もうラヴォスは居ない……」 「そう……今回は良い夢なのね。今は幸せでいられる夢。でもまた違う夢が始まる。暗くて冷たくて怖い夢が……。そうなった時、今の想い出はとても……痛いの」 どうすれば分かってもらえる、どうすれば? 魔王は唇を強く噛んだ。きっとラヴォスに取り込まれている時間が長すぎたのだ。 「それに夢じゃなかったら、どうして予言者だった筈の貴方がここにいるのか……わからないもの。あの人は、私が嫌いなのに」 「――――違うッ!」 こんなに近くにいるのに伝わらない。それがこんなにもどかしいだなんて思わなかった。逢えればいい、声が聴きたい、笑って欲しい、分かってほしい――――望みはどんどん増えていく。でもそれは全てサラの為。 急に声を荒げた魔王にサラが肩を震わせる。だが、それから悲しそうに笑って、 「もう……おしまいなの?」 この夢は、とサラの唇が動く。咄嗟にその身体を抱き寄せる。 「終わらせない。俺はそんな夢等の為にここまで来たわけではない……!」 壊れてしまいそうなほど細い肩。この肩に一体どれほどの重荷や苦痛を負ってきたのか。サラは予期せぬことに目を丸く見開いて、身を捩って抜け出そうとした。だがそれを許せるほど魔王の心情は穏やかでは無かった。 「俺は今まで貴女の為に生きてきた」 「……え……?」 突然切り出した魔王に、サラは訳が分からないと言った風に言葉を漏らした。当たり前だ。サラからしたら自分はほんの一時関わった相手でしかない。 だが、俺は――――――。 「俺も貴女と同じ様にラヴォスに呑まれた。だが、貴女と違うのは俺が落ちたのがタイムゲートだったという事……。ゲートの先は魔物の蔓延る世界だった。そこで俺は魔王と成った。封じていた魔力を解放して。それから俺の目は赤くなり、耳は尖り、人を殺すことに迷いがなくなった……」 サラはまだこれが現実だと信じ切れていない様だった。その証拠に身体には力が入っていない。ただ手をだらんと垂らしているだけだ。 「俺はラヴォスを倒したかった。母を変えて姉を苦しめ、あんな時代に俺を飛ばした奴に復讐がしたかった――――」 「…………ちょっと待って下さい。それって……」 サラがビクリと身体を震わす。だが魔王は話すことを止めない。今まで溜まりに溜まった言葉が堰を切ったように溢れ出していた。 「ラヴォスを倒す。それだけの為に俺は生きていた。飛ばされた世界でラヴォスとの対決を望んだがそれは叶わず、図らずも元の時代に飛ばされた。そこで身を偽り、未来を知る俺はラヴォスとの決戦に備えて準備を進めた。だが、それも失敗に終わり、また貴女を、泣かせた……」 「――――」 「それでも俺はラヴォスを倒すことを諦めきれなかった……いや、違うな。諦めなかった奴等に引きずられただけかもしれん。だが、それからまた俺は……俺達はラヴォスを倒すために力を集め、そしてあの黒の夢――ああ、海底神殿の成れの果てだ――で戦った。母は俺がこの手で眠らせ、ラヴォスもこの星から消え去った。だが、そこまでやっても俺は満たされなかった。残っていたのは達成感等ではない。ただの空しさだけだ。それを消したいと願い、一抹の希望を胸にこの時代へと戻ってきた。そして何時の間にか貴女を助けたいという願いがすり替わっていたのにようやく気付いた。いや……元から考え違いをしていたのか? だが、貴女は今ここにいて、目を開けている……。俺がどれ程今幸せか、きっと貴女は分からないだろう? だが貴女は俺のこの喜びさえも夢と言うのか……?」 「……ジャキ?」 震える声。耳元で囁かれた名前。魔王は身体をそっと離し、曖昧に微笑んだ。 「ああ……そうだ。と言っても貴女の知っている奴とは随分変わってしまったがな……」 「どうして……どうして……信じられない……!」 「貴女のくれたお守りも、まだ持っている……」 「!」 サラが視線を魔王の腰に滑らせる。銀鎖は鈍く輝いていた。 「もう夢は終わった。これからはずっと一緒だ、姉上」 今自分の顔はどう歪んでいるのだろう。嬉しいのか、泣きたいのか、よくわからない。 「ジャキ、ジャキ……」 突然サラの目から涙が溢れだした。ジャキ、そう呟きながら魔王の洋服の裾を掴んで咽び泣くサラの姿はまるで幼子の様だった。 「こ、これがもし……夢だったら、私は――私はっ、壊れてしまうかもしれない…………怖いの、嫌、嫌……!」 魔王は痛切に叫ぶサラの頭に手を乗せ、そっと囁いた。不意に眦から流れた液体は一体何を理由に流れているのだろうか。 「眠ると良い。そうすれば目覚めた時にこれが夢ではないと分かるだろう……?」 「ほんとうに? じゃあそれまで待っていてくれますか……?」 魔王が頷くと、サラは安心した様に目を閉じ、身体を横たえた。魔王は何時もと同じようにその手を握る。この手は二度と離さない。何があっても、絶対だ……。 ある晴れた日。昔ジールが浮かんでいた空を見上げながらサラは突如切り出した。 「私はこれからこの国を総べようと思います。父様や母様がしたように……」 「……何を言う……?」 「私はそうしなくてはならない……いいえ、私がそうしたいのです」 ざあぁっと強い風が辺りを駆け巡る。大丈夫……ただの風だ。 「反対だ。そんなことをしたらまた貴女は苦しむ。泣く。それに貴女はもう十分やっただろう? これからは自分の為に静かに暮らしていけばいい」 だがサラは首を横に振った。それから訥々と語り始める。 「今まではただの操り人形。でもこれからは私が私の意志を持って私が望む国を作っていきます。良い王に成れるかは分からない。間違いもするでしょう。でも、私が守る民が一人でもいるなら、私は進んでいける……」 「しかし……民の中には貴女を望んでいない人もいる。事実俺を此処に送った老人がそうだった……争いが起きたら、どうするつもりだ?」 魔王はサラに詰め寄った。やっと静かに暮らせると思っていたのに、何を言い出すのだろうか。それにサラはきっと王族に向いていない。優しすぎるのだ……。 「あの人の事は私の方がよく知っていますわ。大丈夫、ちゃんと話せば分かってもらえる筈よ」 「だが……」 頑として首を縦に振らない魔王に、サラは悪戯っぽく微笑んだ。 「…………もし、私が道を踏み外しそうになったら貴方が導いてくれる。そして万一私が泣いていたら、貴方は側で手を取ってくれるのでしょう……?」 「――――ッ。貴女は悪い人だ」 「あら、そんなことはないわ。だってきっと可愛い弟なら姉の願いの一つや二つ、叶えてくれる筈じゃない?」 魔王は一つ溜息を吐く。この人は、誰かを守らなければ生きていけないのだろうか。自分を犠牲にしてでも不特定多数を幸せにするくらい、優しい人なのだろうか。 貴女が言い出したら聞かない人だという事ぐらい、もう分かっている。 ならば――――。 「そんな貴女を、俺が守ろう」 True end. *あとがき* ―――――――終わりました。企画小説7つめ、漸く完成しました……。 結局これは需要があったのでしょうか……?笑 自己満で突っ走り始めて早4か月。嬉しいお言葉もいっぱい頂きました。コメントやメール下さった方、本当に有難うございましたm(_ _)m 今回は普通に古代に帰った後の魔王様を描こうと努力しました。でも結構捏造っぽさも出ちゃってるかと思いますが…ww ちなみにこの小島はまあ光の祠のある島辺りを想像して書きました(^^) …………。 ああ、もう言う事ないです。といいますか今やりきった感が尋常じゃないです。やっと終わった……www ちなみにこの企画は…そうですね…10000Hit行くまでTopに残して、そこからはコンテンツの隅っこに置いとこうと思います。流石に直ぐひっこめちゃうのは切なすぎるので…!!笑 とりあえずこれからも魔王様や古代ラブで頑張っていこうと思います!!← 私の拙い作品でも、あなたに少しでも喜んでもらえていたなら幸いです☆ それでは、ありがとうございました!! 2012.7.22 ←Back┃←Top |