10年越しのHappy Birthday


『恨みっこなしだぜ』
 あの時、そう言ってコインを投げた。夜空に煌めいた銀色のコインはまるで星の様で、とても綺麗に見えた。それを眺めるお前の目は、親父を失った悲しみと、少しの緊張、そして自由への期待に揺らいでいた。
 ――――そんな顔をしなくても、俺がお前を自由にしてやるさ。
 親父がくれたコイン。説教くさい親父が相変わらずの真面目な顔でこれをくれたのは何時のことだったか。王たる者、その裏側を見せてはならない。どんな時でも隙を見せるな、民たちには表の明るい顔だけを見せていろ――――その時の台詞もしっかりと覚えている。
 このコインを俺が貰った時点でこうなる事は決まっていたのかもな……。 
 ずっとそう思っていた。それに、兄貴が弟に好きなことをさせてやりたいと思うのは当たり前だろう?
全部自分で決めたことだ。誰を恨んでいる訳でも無いし、今の現状に満足していないわけでもない。
 王位に興味は無かったが、自分が王子だという自覚は前々からあった。他にやりたい事が無かったと言えば嘘になるが、それよりも大切にしなくてはならないものが此処にはあった。それを自分が守っていることに少なからず誇りは持っているし、これからも皆に慕われる良い王でありたいと思う。

 だから、別に、後悔はしていない。

「……ふぅ…………」
 夜遅く。自室に戻ったエドガーはマントを椅子に落とし、自身もその隣の長椅子に身体を投げ出した。身体が酷く怠い。疲れているのは自覚していた。今日は会合と執務が相次ぎ、休息が全く取れなかったのだ。それに加え、最近は帝国の動向が不安定な為、気を張り詰めなければならない日々が続いている。
 少し前までならこういった晩には気に入った女官やら何やらと戯れていたのだが……最近はどうもそっちの気が起きない。どちらかというと一人でゆっくりと体を休めたかった。
 シャツのボタンを外し、椅子に身を沈める。何時もならこうしているうちに眠気に襲われるのだが、今日は身体がこれ程重いのにも関わらず、神経だけが高ぶって眠れそうにない。こうなると、考えなくても良い事まで考えてしまう。
 今自分がやっていることに意味があるのか? 王として親父の後を継げているのか?
 ――――だが、この問いに答えてくれる者は居ない。
 全ては胸の内に留め、自問自答していく他ない。思わずついて出た溜息にふと顔を上げると、鏡に映る自分の顔が目に入った。その顔は、疲れて眉間に皺が寄ったそれは酷いもの。これを皆の前で晒す訳にはいかない。だから朝になればまた王の仮面を被る。その繰り返しだ。
 時折感じる胸に穴が空いた様な感覚。これをどうすればいいだろう?
「……ん?」
 鏡から目線をずらすと、卓上にワインの瓶とグラス、そして一枚のメッセージカードがさりげなく置かれていた。カードを摘み上げ、裏返すと流麗な筆で書かれた『Happy Birthday』の文字。
「ああ、そうか…………」
 すっかり忘れていた。そうか、今日は誕生日か。自分と、アイツの……。
 大方神官長が気を利かせてくれたのだろう。
 エドガーはふっと微笑み、ワインの栓を開けた。そのまま瓶を傾け、グラスに注ぎいれる。好んで飲んでいたこの酒も、今では飲まなくなってしまった。飲み交わす相手が居なくなったから、かもしれない。
そしてグラスを少しだけ虚空に向けて掲げた。
「乾杯」
一気に煽ったワインは生ぬるく、痛みにも似た、焼ける様な感覚と共に喉の奥に染み入った。その所為だろうか、理由も分からない液体が眦から零れ落ちた。

 * * *

 ちょっといいか、とマッシュに呼び止められたのが数分前。何か話があるのかと聞くと別段そういう訳でも無いらしい。ただ外の空気が吸いたい、と。
「――――見ろよ、兄貴」
「ん?」
 ファルコンの甲板でマッシュが遥か眼下に聳える城を指し示した。
「世界は壊れても、俺たちの……いや、兄貴の城はまだ在るんだぜ」
「ああ……そうだな。……って、お前もあの時一緒に戦っただろ? 俺達の城、で良いんだよ。今更気ぃ使ってくれるなって」
 砂漠の中で止まっている城の噂を聞いたのが大分昔の事に思える。あの時の絶望は、まだ記憶に新しいのに、だ。しかし今思えば、一度城……国を失って改めて自分は王だったと思うことが出来たような気もする。また旅に出たいという我が儘を聞いてくれる大臣や兵士、民たちの為にもこの戦いを早く終わらせねばならない。
 ――――その時は、コイツも一緒に帰って来てくれるんだろうか?
 今はそれを聞くつもりはない。全てが終わってから、ゆっくりと話せばいい事だ。
「それもそうか……」
 何時もなんだかんだと煩いマッシュが何故か今日はやけに神妙にしている。その所為か夜風がマントをはためかせる音だけが辺りに響いていた。
「兄貴」
「……どうした?」
 何も言わないマッシュを怪訝に思い、視線をずらすと、にっと笑った弟の顔がそこにあった。
「ハッピー、バースデー……ま、それを言うなら俺もなんだけどな」
「――――――今日、だったのか」
「ついでに……世界が壊れても、時間は同じらしいぜ」
 忘れていたよ、と漏らすと、その隣でマッシュが豪快に笑った。エドガーも破顔し、空を見上げる。そこにはコインを投げたあの日と同じ空が広がっていた。


〜2012.8.16 Happy Birthday!!〜
*あとがき*
ブラボーフィガロ!!(永遠の)27歳おめでとう!!
----これだけが言いたくて書きましたww
しかも1日遅れという残念な結果……しかしフィガロへの愛は滾っているので大丈夫な筈…っ!!笑
なんでも私は兄弟やら姉妹やら姉弟やらに弱いので、この二人は大好きですv
エドガーの弟思いなところが何とも言えずv 多分エドガーは自分を犠牲にしてでも弟や国の事を優先するんだろうなぁ…と。
なんて、しんみりしてしまいましたが言いたいことは……ブラボーフィガロ!!←

2012.8.17
(ああ、あと3時間前にうpしたかった…!!)

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