14.諦観



 あの時――『時の卵』が砕け散った時、残念だとかここまで来た意味は何だったのかと云う事より先に魔王は安堵を感じた。それは否定しない。
 こ奴等が何をしようが何一つ変わらない。何一つ変えることが出来ない。所詮夢は夢のままで時は動き出さない。そう信じていたかったのかもしれない。
 だがそうはならなかった。太陽が隠れ、時の流れを失った『あの時』に戻された。ジールの恍惚とした笑み、サラの慟哭。そして自分の姿。今となっては見たくない物だった。一瞬だけついて来た事を後悔した。
 クロノはラヴォスの前に立ちはだかり、この状況を打開しようとしている。無論その先の顛末は分かっているが、無謀な戦いを挑んだという事実は変わりない。
 それに比べて自分はどうだ。地に這いつくばっているだけではないか。なんと愚かしい。これが長い年月を費やしてきた事の結末なのか? もしそうだとしたら――。
 こうして見てみると、全てが違って見えた。クロノの表情は死を憂いては居なかったのだ。身を張ってでも守りたいものが有ったからこそなのだろう。そして願いは己の死と引き換えに叶えられた。
 自分にも守りたいものが有った筈だろう。必ず守ると決めたのではなかったか。策士策に溺れるとはよく言ったものだ。正にその通りではないか。
 ともかく、目の前に倒れ伏す姿を見て思う事は、

 ――無様なものだ。
 何一つ変えることも出来ずに……。

 それが言葉となって漏れていたことすら、彼は気付いていない。
 クロノを救出するマールとカエルを横目に、サラに視線を遣った。あの時に謝罪と共に見た泣き顔が最後だと思っていたが、まさかこんな形でサラの姿を見る事になろうとは。
 そこに喜びは感じない。まだ泣き顔の方が今の表情より良いと思った。全てに絶望し、悲しみ、そして諦めの浮かんだ姉の顔等、まざまざと見せつけられたくはない。そして狂気に走ったかつて母と呼んだ女の狂い果てる様等……。
 これは罰なのかもしれない。もう変える事が出来ない過去――それも自分が最も触れたくない――をただ見、脳に記憶し、また未来を生きよというのだから。
「クロノ……」
 悲痛な、だがどこか安心したような声。嗚呼、そんな声を出してくれるな。この者はもうすぐ生き返る。叫びたいのは、叫ばせてやりたいのは、寧ろサラの方だ。ずっとその胸の内に押し留めていた感情を彼女はついに表に出すことは無かった。裏で咽び泣く事は有っただろう。しかし彼女は最後まで女王の傀儡を務め続けた。
「感動の再開は後にしろ。用が済んだなら帰るぞ」
 そう言って背を向けた。何処からともなく風が吹いて、腰に提げた銀鎖をしゃらりと鳴らす。
 ゲートを潜った時の様な浮遊感は無かった。ただ視界が黒く染まった。きっとあと数秒後にはあの山の頂に居るのだろう。
 そして数秒後。確かに魔王は山の頂に居た。そしてまず最初に目に飛び込んできたのは――黒の悪夢。
 それを目にした瞬間。何かが滾った。先ほどの空虚感が消し飛んだ。
 狂った女王、変わらない過去、葬れなかった敵。
 全てを『終わり』にする為にはあの場所を目指さなければならぬと思った。届く筈もないのに空に向かって手を突き出した。ゆっくりと、握る。今はただ見ている事しか出来ないこの悪夢を叩き潰す日が来るのをを心より願って。
 此処まで無様に生き永らえたのだ。こうなれば、這いつくばってでも奴の心臓に鎌を突き立てて見せよう。幾度となく敗れた相手にまた挑む愚かしさを笑う者が居れば笑えば良い。元々死ぬる時まで続く遊戯だ。奴には最後まで付き合ってもらうとしよう。
 先ほど見せられたものは『過去』でしかないのだ。あれが罰だったとしてもそれも仕様の無い事。全ては終わったことだ。終わったことにいつまでも目を向けていたところで何も始まらない。
 そう、もうあれは――変えられない。
 その事に気付いてさえ仕舞えば、諦めも付くと云う事だ。
 隣で歓喜の声が響く。奴が生還したらしい。マールは泣きじゃくっているのにも関わらず、クロノはきょとんとした顔をして茫然自失としている。まあ、死んでいた身としてはそんな反応しか出来ないのだろうが。
 キン、と澄み切った空気の中でそれから幾つかの会話を交わし、山を下りる事となった。それには皆依存は無かったが、その際にクロノが怪訝な顔をして、
「そういえば――お前、なんでこんな所にいるんだ!?」
「……どうでもいいだろう」
 いやいや絶対どうでもよくないだろ、等と呟くクロノと慌てて説明しようとするマールとカエルを置いて魔王は歩き出した。
 最後にもう一度空を仰いで、
 
 ――どれ程無様でも最後まで足掻いてやろう。貴様が消え去るまでは。

 今度は誰にも聞こえない小さな声で、そう呟いた。



*あとがき*
最近1ヶ月毎の更新が定着してきた月城です。
魔王20題ももう14まで来ましたっ!!あともう少しお付き合いくださいっ><
今回はいつもと比べてちょっと短めです。諦観――ってことだったので、このシーンがぴったりなんじゃないかと前々から思っていたシーンを使いました^^
いや……ストーリーが合ってよかった^^;
お題を見た時に「このお題はこのネタだな」って思うものと思っていないものがあったんですよね。真紅の瞳や時の闇、そして決断なんかはネタが最初から有ったものでした。この諦観もそうですv
やっぱりネタ通り書けると嬉しいものですね。
でも、普通に考えて自分の失敗をまざまざと再現されるのって、とっても辛いことだと思うんですよね。
私なんか常に魔王つれて死の山行くから、いつもそんな辛い思いをさせているに違いないです←
ちょっとは魔王様も時の最果てで休ませてあげないと駄目かもしれませんねw私のデータでは魔王は酷使されていますので……笑

2011.10.3


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