緑の夢をもう一度



砂塵が舞う砂漠の真ん中に、ぽつんと寂しく立つ家があった。木とは呼べない枯れ枝が無残にも砂の合間から突き出ている。
荒廃したその場所にかつて森があったなどと誰が想像できるだろうか。
だが、いつもは砂だけが渦を巻くその砂漠が今日は少し、様子を変えていた。
昼夜問わず家に住む者を苦しめた分厚い砂の壁は無くなり、青空が覗いているのがその確かな証拠だ。
やがて家の中から、人影が四つ姿を現した。
「今日は、清々しい陽気ですね。魔物が退治されたのと関係があるのかしら」
照り付ける太陽を浴びながらフィオナが伸びをする。だがルッカは、
「こ、これで清々しい…。私には駄目だわ。脳がショートする…」
ルッカが額に浮かぶ汗を拭う。すると家から這い出てきたカエルが砂の熱さにすぐさま飛びのいた。
「お前はまだマシだ、ルッカ。…カエルは水分が無いと干からびて死ぬ」
「土の上でしか生きないカエルもいるのよ。魔王に言ってそっちのタイプに変えてもらえば?」
「あいつが俺の頼みなんて聞くと思ってんのか?食用ガエルにでもされるのがオチだろう。第一あいつに下げる頭は持ち合わせてねぇ」
不満げに喉を鳴らし、シルバードに逃げ込んだカエルと入れ代わりで家からロボが姿を現した。いつもと変わらないその様子に、ルッカは長く息をつく。
「ロボは、暑くないの?」
「ワタシにも一応暑さを感じる回路は組み込まれていマス。ただ手足等のダメージを受けやすい箇所は特殊加工を施していマスので、ルッカ達ほどではありマセン」
「便利なものね。羨ましいわ。…でも」
ルッカが天を仰ぐ。照り付ける太陽が肌に刺さった。こんなところでロボに四百年も作業をさせて良いのだろうか。途中で壊れてしまったりしないだろうか。もしそうなっても自分はそこにはいないのに。もし――。
「…大丈夫デス。もし、そうなってしまっても後でルッカが直してくれマス」
声をかけられ、ハッと振り向く。そして心配を見透かされたかのような言葉に一瞬たじろいだ。そのあとで無理に微笑む。
「任せなさい。どれだけ壊れてしまっても、必ず私が直してあげる……いえ、直してみせるわ!」
「ほら、言ったデショウ?」
「……でも」
再びルッカは顔を曇らせた。でも、でも。こうするしかないという思いとロボが心配だという思いがせめぎ合っている。ロボはルッカに歩み寄り、
「ルッカ達にとっては、一瞬の事デショウ。ほんの数分、会えなくなるだけだと思えば良いのデス」
数分。ロボはそう言うが、ルッカ達にしてみれば数分でもロボにとっては四百年だ。
ロボットだって悲しむし、痛みだってある。四百年という長い時間でロボの体が朽ち果てないだなんて誰が保障出来るだろうか。
首を縦に振らないルッカにロボが、
「ワタシは、ここに残りたいデス。……人によって造られたワタシでも、緑を蘇らせることが出来ると証明したいのデス」
ロボの決意に満ちた言葉に、ルッカはもう何も言わなくなった。ただ十数秒に一度なにか言おうと口を開け、すんでのところで押し止める。その繰り返しを続けるだけ。
「ルッカ!何やってんだ!早くシルバードに乗って現代に行くぞ」
思考を遮って、カエルの声が辺りに響く。既にカエルはシルバードの操縦席に座り、現代へとゲートの標準を合わせていた。
「待っ…」
「カエルやクロノ達も待っていマス。また後で会いマショウ。……ワタシは大丈夫デスから」
ルッカを制したロボが、温かい無機質な目をルッカに向ける。心を持ったロボットの、目――。
「……分かったわ。絶対、無理はしちゃ駄目よ?」
「わかりマシタ」
ロボが頷くのを見て、ルッカは身を翻した。それでもシルバードに乗り込む瞬間に迷うように足を止める。だがその姿もすぐに見えなくなった。
やがて砂埃を巻き上げてシルバードが浮遊した。空間の歪みに機体が吸い込まれていく。
視界の違和感の後には晴れ晴れとした虚しさだけが残った。じっと空を見詰めるロボに、フィオナがそっと口を開く。
「本当に良いの?ロボさん。私達の為に四百年も」
「……良いのデス。それに、これはフィオナさん達の為だけではなく、ワタシ自身がやりたいと願ったことデスから」
ロボのメカニカルな目が、荒れ果てた砂漠を見据えた。この場所にフィオナ達が思い描く緑の夢を具現化することが出来るのだろうか。
いや、やらなくてはならない。ルッカ達の一瞬後までに、この大地を蘇らせるのだ。それは自分にしか出来ないのだから。
「フィオナさん。早速デスが、ワタシは何をしたら良いのデショウ?」
「……じゃあ、まず砂漠の土を生き返らせなくてはならないわ。その為には――」

――さぁ、始めマショウ。


◇+----*†*----+◇


それから、三百五十年後……。
芽吹いた緑は、育ち、繁り、散り、実る。それを繰り返してようやく森になった。
ざわざわと木々の葉擦れの音が聞こえる。
ああ、ようやく……!
熱い何か、例えるなら感奮の様なものが内で熱くたぎった気がした。
ギシギシと軋む身体をある一本の大樹へと向ける。空を覆って伸びる枝葉の合間からキラキラと太陽の輝きが漏れる。この木は、この森がまだ砂漠であったとき、初めて芽吹いた木だ。それ故思い入れも深い。
幹を撫でれば、これまでのことが思い出された。自身が心血を注いでここまで育てた緑。
――今は、あれからどのくらい経ったのデショウ?
昔なら体内に有る時空センサーで直ぐに把握出来たが、それは当の昔に壊れてしまっている。
それだけじゃない。身体の様々なところにガタがきている。それは自分でもはっきりとわかっていた。
きっと、きっともう少し……!
「……ルッ…カ」
今この瞬間は、きっとアナタ達の一瞬にも満たない時間。
ただ、その一瞬にも時間は進んでいる。歴史は変わっている。
ロボは木を背にして寄り掛かり、天を仰いだ。漠然と与えられた長すぎる時間はじっと何かを考えることにしか使えない。
――時間の歪み……ゲート……。
ラヴォスが世界に現れた際に生じる歪み。
でも、本当にラヴォスがゲートを生み出したのデショウか……?
事実、砂漠の魔物は消えて緑が生まれた。事実、荒廃した大地に生物が戻ってきた。今までだって魔物や魔法といった自然に背いた力が大地――星を傷付け苦しめている歴史を変えてきた。
それが全てこの世界を破壊しようと眠るラヴォスが引き起こしたものだと?
……もし、それがワタシを生み出したものだとしても、ワタシはそう思えない。
何か他の、もっと大きなモノが関わっているのでは?
例えばそう――大地や、空、全ての命、若しくは、この星そのもの。
不意に、鳥が甲高く囀った。ハッと意識が浮上する。
「よく、わかりマセン……」
わかっているのは、まだ待たなければならないということだけ。時を渡る翼が来る日を待たねば。
「……?」
不意に、手に冷たいものが触れた。ひんやりとして、それでいて貴重さを感じる液体。
「樹脂――」
それは背にしている樹から流れ落ちた樹脂であった。よく見ると、木の至るところから少しずつ樹脂が流れている。
この三百年あまりの森の記憶をうちに秘めた黄金に輝く命の液体。
これぞまさしく緑の夢の結晶――。
樹脂の中に何かとてつもない力を感じた。これはきっと、ルッカ達の役に立つ。滅びても蘇る、再生の夢――。
樹脂を集め、体内に取り込む。元より備わった圧力変換装置で樹脂を固めることが出来るかもしれないと思ったからだ。
作業を終えたロボは、そろそろ戻ろうと立ち上がった。だが数歩進んでから、異変を感じた。
足が重い。まるで鉛のように。力が入らない、というより動力そのものが消えていく感じがした。
ガクリと膝を付く。嗚呼、このような事が前にも有った気がする。あれはまだルッカ達の仲間になると決めていなかったときのこと。
あのときは、ルッカが直してくれた――。
目の前がチカチカと点滅して、ノイズが走る。
『私が直してみせるわ!』
刹那、雑音に混じって何か尊いモノが聞こえたような気がした。


◇+----*†*----+◇


――ロボ!

……朦朧とした意識の果ての向こうから、アナタの声が聞こえたとき。
言葉にならないほどに、嬉しかった―――。


*あとがき*
5000Hitお礼企画のリクエストで「ロボメインの話で、ルッカが絡むもの」というお題を頂きました!!
いやはや……企画して誰もリクエストしてくれなかったら寂しいなあとか思っていたので、リクエストのメールを頂いたとき、とっても嬉しかったですっ^^*
扨、今回の話ですが、ロボの話はずっと書きたいと思って温めておいたネタを引っ張り出して完成させましたv
ロボが森を再生させるために、ルッカたちの「一瞬」を400年もの歳月をかけて過ごしていた時の心情を書きたかったんです。またその時に感じ、考えたゲートに関することやルッカへの思い……等々文章にして整理したいと常々思っていたのでこうして形に出来て今すごくほっとしています。
最後に暁様、機会を下さり本当にありがとうございました!!
これからもどうか宜しくお願いします(^^)

2011.6.18

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