11.距離




少年達が空間の中で倒れ伏している。
だが、もうそれすらも俺の目には入っていない。
そう…目の前に映る敵が、余りにも強大すぎて。
沸きいでる、怒りと歓喜が混ざり合ったような混沌とした感情。
「どれほど待ちわびた事か……この時が来るのを!!」
奴はただそこに在った。
俺の中にある奴の記憶と全く同じ様に。
「久しぶりだな、ラヴォス……」
搾り出した声は、震えていた。
やっと…。
やっと、此処まで…!
「遠いあの日、俺は誓ったのだ……。貴様だけは、この手で叩き潰してやると……!」
そう、その為だけに生きてきた。
「例え、その為に何を失うことになろうとも……!!」
刹那、サラの表情が脳裏を過ぎった。
その残像を打ち払い、奴を見据える。
「遂に、誓いを果たす時が来た。死ね…ラヴォスよ!!」
その時…地の底から這いいずる様な低い声が鼓膜を震わせた。
「出来るかな、お前に……?」
空間が強く捻れ、ジールが姿を現した。
一瞬遅れて、サラも。
素顔を晒した俺をサラはハッとした様に見ている。
何かを思い出そうとしているかの様に顔が歪んでいた。
だが、長い思考の時間は与えられなかった。
「フ、偽りの予言者めが……。お前のラヴォス様の餌食にしてくれようぞ」
狂気と狂喜に満ち足りた、眼。
それを見たサラが堪えられないと言うかの如く叫んだ。
「母上、もうおやめください!この力は人に災いしか齎しません!もうこれ以上は……!!」
「そこをどけ、サラ!ラヴォス様の偉大なる生命の力は、わらわの中に息づいておる。お前のその一部なのだぞ」
取り憑かれた様にジールはラヴォスを見遣る。
「…最早運命は、変えられぬわ!ジャマ立てしよう物ならお前も消すまで!」
ラヴォスの力を手に入れたジールにとって、恐れる物等何も無かったのだろう。
ジールから放たれた一閃にサラが絶叫して崩れ落ちた。
「キャアッ!」
「行くぞ、予言者よ!ラヴォス様の力を思い知るがいい!!」
強大な力の波動が、身体を貫いた。
瞬間。激痛が走る。
「…ま、魔力が……吸い取られてゆく……!?」
それは恐ろしい事だった。
今まで培ってきた魔力、即ち力の源が吸い取られていく様な感覚。
身体から力が抜け、一瞬目の前が暗くなった。
霞む視界で憎き者を睨みつける。
「や…やられぬぞ俺は……!ラヴォス、貴様を倒す為に……闇の中、一人生きぬいて来たのだ!!」
そう…。
全てを棄て、只唯一の目的の為に。
過去を封印し傅く者を裏切ってきた。
此処で…終わる訳には行かない。
攻撃の弱まった一瞬の隙を付き、赤きナイフを突き立てた。
…だが。
ラヴォスは力を弱める事無く、むしろ力を増してその攻撃を放った。
「バ、バカな……!?効かぬのか!?ぐああッ!!」
余りにも巨大な力の波に、弾き飛ばされ、倒れ伏す。
もう…起き上がる事すら、ままならない。
俺は一瞬にして…敗北を悟った。
「愚か者め……!ちっぽけなお前達の力等ラヴォス様には通用せぬわ!」
追い撃ちをかけるようにジールの嘲笑が響き、絶望感をより一層際立たせる。
ふと、思い付いたようにジールが言葉を漏らした。
「わらわからの贈り物だ。永遠の生命、受け取るがよいわ!ラヴォス様と一体となってな!」
身体が引っ張られる様な錯覚に陥った。
否、現実だ。
現実と虚構の区別が段々と曖昧に成ってきた。
ただ…一つだけ。
ラヴォスの胎内に吸い込まれていようとしているのは分かった。
……サラ…!
結局、救う事が出来なかった、姉の姿が視界にちらついた。
手を伸ばそうとするが、麻痺したかの様な痺れが走り、叶わない。
嗚呼…。
運命とは、無情な物なのだな…。
否、俺の力不足が原因か…?
絶望の淵に立たされた俺を余所に、不意に揺らめいた、紅。
「ほう、やるというのか?お前に何が出来る?」
……?
何をしようと言うのだ。
俺すらも敵わなかった相手に。
止めろ、もう…無駄だ。
ジールが少年に目を向ける。
「その傷ついた体で、只一人ラヴォス様に挑むと言うのか?」
然も面白いと言うようにジールは嗤う。
「死ねい、虫ケラめが!ラヴォス様の力を見よ!」
少年が振りかざした剣は……。
獲物を捉える事無く宙を掻いた。
放たれた力。
地に落ちた剣。
そして。
崩れ落ちた。その身体。
「クロノ……!?クロノーッ!」
絶叫した、娘。
何時の時代も大切に思う者を無くした人の叫びは……哀しく、暗い…。


◇+----*†*----+◇


どうやって此処まで来たのかは解らないが、俺…否、俺達は魔神器の間に戻されていた。
「俺の力では、奴に勝てぬというのか……!?」
呻き声の様な、諦めにも似た呟き。
また、人が奴の為に死んだ……。
「クロノ……!?クロノは、どこ……!?」
娘が、命の危機に曝されているというのにも関わらず、泣きじゃくっている。
「く……! とにかく今は、ここから生きて出る事だけを考えろ!この神殿は、もたんぞ!」
カエルが叫ぶ。
既に激しい振動が起きている。
あと数分で、この神殿は崩れ落ちるだろう。
その時。サラがふらり、立ち上がった。
顔色は悪く、今にも倒れそうだが、その目は決意に満ちていた。
それは、絶望の後に人が見せる強い眼だった。
「ペンダントの最後の力を振り絞れば皆さんを地上に飛ばす位出来るでしょう」
そう言ってサラはペンダントを取り出した。
淡く発光した青が、弱々しく辺りを照らす。
そして、サラは悲しげに訴えた。
「許される筈は無いけれど……どうか母をこの国を…憎まないで……」
憎ま…ない。
無理だ、無理だった。
俺には。
憎しみを糧とし、憎しみに縋り、憎しみだけを胸に生きてきた俺には…。
「…サラ…お前も…!」
誰にも聞こえない程の小さな声で、呟く。
聞こえたのかは解らない。
しかし、サラは目に涙を溜めて、手をペンダントに翳した。
「ゴメンなさい……!さあ、地上へ……!」
真っ先に自分の身体が発光した。
……絡み合う視線。
サラは、俺が弟だと解っていたのだろうか。
俺は…無力だ。
守りたい者一人すら、救えない。
最後に見た姉の表情は、涙に濡れていた。
「………!」
瞬間。視界が霞み、ぼやけた。
完全に視界から、彼女が消える。途方も無い距離が開いた。
最後、本当に最後の別れに、俺は叫んだ。

――姉上、と。


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