10.再会まさか、あ奴等が現れるとは…。 赤い髪の少年達。 彼等は必ず我が計画の邪魔になる。 何としても、追い出さなくては。 奴らの姿をエンハーサで見つけた俺は直ぐに女王に進言した。 『計画を邪魔する者が間もなく現れる』 と。 そして俺の思い通り、奴等を古代から消す事に成功した。 何の問題も無い。 …ただ、一つだけ。 「何故、あの方達をタイムゲートの中に…!?その上封印までっ」 「…奴等は、私達にとって害を成す存在だったのです」 「いいえ、そんな事ありませんわ!彼等はボッシュを助ける唯一の希望だったのよ…!」 「…」 ボッシュを監禁しろと言ったのは俺だとは、言えなかった。 「…はっきりと言いましょう。あ奴等は此処に居てはいけないのですよ。なにしろ違う時間軸の人間なのですから」 あくまでも淡々と言ってのける。 内心の動揺は押し隠して。 ふと、サラが蒼い双眸で俺の瞳を覗き込んだ。 何かを見定めようとしているかのようにすっと目が細まった。 …確かそれは、嘘をついているかどうか確かめる時のサラの癖――― …見るな。 俺は変わりすぎた。 「…では貴方はこの時間軸の人間なのですか?」 「―っ」 言葉に詰まった。 …大体、今や人間ですらないというのに。 「私は…この世界の住人でした。…それはもう気の遠くなる程昔ですが。その世界は今、存在して居ません」 「?」 サラが怪訝な顔をする。 そう、そうやって踏み込まなければ良い。 踏み込まれれば、解ってしまう。 この心の髄まで闇に染まった俺の魂を。 「…と、とにかく。私を脅してまで…っ!」 サラが激昂した。 「…」 すっ、とサラから目を背け、静かに呟いた。 「…だが、私はやり遂げねばならない。たとえ…何を失っても。そして―――」 そして。 変えなければならない。 忌まわしき過去と未来を。 ◇+----*†*----+◇ 海底神殿がとうとう完成した。 決戦の時は刻々と近づいている。 計画は、全てを思い通りにとまではいかなかったが概ね順調だ。 此処は魔神器の間。 後はサラの到着を待つのみ。 重い沈黙が辺りを包んでいた。 「のう、予言者よ」 不意に、狂気に満ちた声が響く。 「…何でしょうか」 「お前の予言は的確だ。まるで未来を知っているかのように。わらわも、サラとて出来ぬ事が、何故光の民でさえ無きお前ができるのだ?」 俺に向けられたジールの目が何故か、不安げに揺らいだ。 自分にも出来ぬ事を他人が出来てしまう、不安。 人らしい感情が、ジールにそんな目をさせるのだろう。 目の奥の奥に微かな人の…否、母の名残。 ドクン、心臓が跳ねる。 …見たく、ない。 決してあってはならないモノを。 さりげなくフードを引き下げ、小さく答えた。 「…私とて未来を知っている訳ではありません…。ただ夢で見たことが当たっているというだけですから…」 「…そうか。だがわらわは永遠の命を得る。そしてラヴォス様と共に、ジール王国に栄光を齎すのだ…!」 ちら、ジールを見遣ると、そこに母を感じさせる物は一欠片とて無かった。 何故か…安堵した。 ジールが苛々と控えていた従者を睨みつけた。 「サラはまだ来ぬのか。従者は何をしておる!」 「は…もうすぐ…」 「遅い!」 「申し訳ございません…どうか、後少し…」 その時、サラが従者にもたれるようにして魔神器の間に現れた。 従者がホッと息をついた。 サラは、心なしか腹部を押さえている様に見えた。 「…!」 まさか、力ずくで? ダルトンの気性を考えれば有り得る話だ。 だがジールはそんなサラの様子を気にも止めずに怒鳴り付けた。 「サラ!また地の民の元へ赴いたのだな?あれ程関わるなと申したであろう!」 「…申し訳…ありません」 ジールはサラを魔神器のすぐ側まで呼び寄せた。 「さあ、サラよ、魔神器のパワーを限界まで上げるのだ」 サラは拳を固く握りしめ、黙りこくった。 ……サラ。 何故、逆らわない…? 沈黙し続けるサラにジールが痺れを切らした様に叫んだ。 「サラ!わらわの言う事が聞けぬのか!?」 その声にようやく反応したサラは掠れた声を漏らした。 「わかりました、母上……」 目を閉じ、手を前に掲げ、術を唱え始めた。 魔神器が紅く輝いた。 淡く、強く、激しく。 ジールが感嘆の息を漏らした。 「おお……、なんとまばゆい輝き!素晴らしきラヴォス様の力よ!!」 不意に、サラが床に膝をついた。 「うッ……」 まだ…まだ、裏切ってはいけない。 一時の感情で、計画を無にしてはならない。 「……」 黙る事しか、出来なかった。 尚もサラは重い体を支えながら魔神器から力を引き出し続ける。 否、そうせざるをえなかったのだろう。魔神器が輝きを放つごとに女王が恍惚として微笑む。 刹那、一際強い光が辺りを包み込んだ。 「ああ、感じる……、感じるぞ!永遠の生命の鼓動を……!!ククク……!」 サラは術を中断し、慄いたように言葉を震わせた。 「こ、この黒い気の渦は……!?う……ッ!」 「………!!」 身に伝わる、もの凄い力。 「ま、魔神器の様子が……!!女王様、これ以上は危険です!」 従者の一人が堪らず声をあげる。 しかし、ジールの意識は魔神器に向いたままだ。 「母上……!!」 サラの悲痛な哀願もジールには届かない。 ジールは冷たく言い放った。 「続けるのだ、サラ!あともう少しだ……。わらわは永遠の生命を手に入れる!わがジール王国は神の光につつまれるのだ!」 サラが絶望に満ちた表情でジールを見遣ると、ジールは狂った様に笑い出した。 「ククク……。アッハッハッハッ……!!」 そろそろか…。 覚悟を決め、ナイフに手を添えた。……だが。 「サラ!助けに来たよ!こんなとこ逃げ出しちゃおう!」 声が響いた。 赤い髪の少年。 自ら呪いをかけたカエル。 金髪の娘も奴の仲間だろう。 …何故だ、何故!? 俺が自らこの世界から追い出したというのに…! 「あなた方は……!キャアッ!」 サラが少し気を緩めた途端、魔神器の力が暴発した。 力の波にサラが打たれる。 「サラ!」 一歩を踏み出してしまった。 「あ…」 サラが驚いた様に俺を見つめた。 「……」 手を伸ばしたい。 だが、伸ばすことは許されない。 重い沈黙はジールの激昂により破られた。 「何をやっている、サラ!ちゃんとコントロールせぬか!」 魔神器は既に暴発を繰り返し、手に負えない物と化していた。 金髪の娘が赤い髪の少年を何やら急かした。 「さあ、クロノ!急がないと、マズイわよ……!」 「わかってる!」 赤い髪の少年が取り出したナイフは、俺の持っているそれと酷似していた。 少年が魔神器へと向かって跳んだ。 ナイフが魔神器に突き刺さった瞬間、ナイフは剣へと形を変えていた。 …グランド、リオン。 俺の推測は間違っていなかった。 腰に刺したナイフをマントの上から触って確かめる。 このナイフと、あのナイフは…同じ。 「あ、あれは……グランドリオン!?」 刹那、一際魔神器が輝いた。 「ま、魔神器がッ!?」 ジールがそう叫んだ途端、感じた、黒い風の渦。 「来る……!」 俺は、身構えた。 感じる、あの時と同じ物を。 「い……、いけないッ!!あの剣だけでは、この力は抑えきれない……!!」 サラが叫ぶが、その声すら俺には届いていない。 次の瞬間、身体が…否、空間が捻れた。 ラヴォスに通じる、たった一つの道。 この道を通る為だけに俺は今まで生きてきた。 ラヴォス…。 必ず、貴様を叩き潰す。 俺の全てを奪った貴様を倒す事が、 俺の唯一の生きている意味なのだから。 ←章一覧┃←Menu┃←Top |