6.孤独




「これは…!?」
俺は思わず書物をとり落とした。
此処はビネガーの館から運び込んだ書物が所狭しと置かれた魔王城の資料室。
突然、高揚感が身を包む。
「何故…」
分厚い書物の題名は『ラヴォスの記録』
題名に驚いたのではない。第一、このような記録は腐る程あった。
どれも書いてある事は同じ…。
『遥か昔、世界を揺るがした大災害』
『強大なエネルギー源』
『地中深く眠る』
ラヴォスを神とまで記した本もあった。
…だが、これには見知った刻印がしてあった。
―ボッシュ―
走り書きのようなサイン。
しかし、あの命の賢者による物に違いなかった。
「…ボッシュ…」
あの日、俺と共に時空の歪みに吸い込まれていった。
今は何処に居るのかは想像もつかないが確かにこれは此処にある。
俺は書物を紐といた。
保護の魔術がかけてあったようだが、余りにも古く、侵食が激しい。
所々読み取れない文字もある。
俺は再生の魔術を唱え、できる限り復元した。
『この記録は…B.C12000、ジールと呼ばれる天に近い国の物である』
本が再生した事に満足しながら文字を指でなぞる。
俺は一心不乱に書物に読み耽った。
『―ラヴォス。
その存在は太古の昔より解っていた事だ。
それが具現化したのはつい最近。
そう、ほんの10年程前の事である。
天の国を統べる女王ジールが夢を見た。
赤い星と永遠の命の夢だという。
それからというもの女王は取り付かれたように『ラヴォス』について調べ始めた。
ある日女王は国民を集め、民全員に永遠の命を与えると言い放った。
『永遠の命』
なんと甘く魅力的な言葉だろうか。
永遠の命を手に入れさえすれば人はもう老いや病に苦しむ事は無く、幸せの中で生きていける。
当然の如く人々は色めき立った。
しかし、わしは長らく命の賢者という重責に身を置いている。
そこで真理を悟ったのだ。
…進まぬ命は苦しみでしか無い。
時が流れない身体は朽ちる事無く果てる。
終わりを迎えし身体は朽ち、安らかに土に返る。
安息の眠りを味わえる。
それこそが人の在るべき姿。
まぁ、女王が求めていた物は人の力では無かったが。
だが、国民にそこまで考える者は誰ひとりとして居なかった。
…そして、海底神殿建設が決定されたのだ…』
俺はそこで一度本を閉じた。
この語り口調、古代の歴史。
間違い無い。
俺は書物を手に取り、資料室を後にした。
後ろで、無造作に積まれていた本が崩れたが何も気にならなかった。
自室と称された部屋では、蝋燭の灯が今にも漆黒に覆われようとする陽炎のように揺れていた。
邪魔が入らぬよう扉に鍵を掛ける。そしてゆっくりと文字を追い始めた。
『海底神殿の建設が 始まってからわしら三賢者は何度も女王に建設を辞めるよう進言した。
しかし、その声が女王に届く事は無かった。
そう、憑かれてしまったのだ。
ラヴォスという名の力に。
わしらは危機感を感じ、何とかラヴォスに対抗する術が無いかと模索した。
そこで思い付いたのが、魔神器の力を逆に利用する事だ。
魔神器と同じ力を持った赤い石…ドリストーンという石を使い、魔神器を砕くナイフをつくれば良いのだ。
どうせならナイフには心を持たせよう。
我が生涯をかけて磨きあげた鍛治の腕…ちと、言い過ぎかな。
ナイフは魔神器の力を吸う事で剣となり魔神器を壊す。
その時の為、わしは力を尽くそう。
ついに海底神殿が完成した。
王女の…サラの協力は得られなかったが代わりに匹敵する魔力を持つ王子、ジャキの協力を得る事ができた。
本日海底神殿に女王が降り立つ。
さすれば、永遠の命の収集が始まる事だろう。
だが、わしとてまだもうろくしておらん。
赤きナイフを完成することができた。
まずは海底神殿完成に立ち会うという名目で魔神器の間にナイフを持ち込み、魔神器を破壊する。
ナイフは魔神器の力を吸い込み剣となる。
ナイフの力が足りなければジャキの力を借りれば良い、か。
…計画をたてるのは簡単だ。
問題は実行に移せるか、それだけだな。
もしも失敗に終わるような事があれば…。
いや、年寄りは卑屈っぽくなっていかんな。
必ず成功させてみせよう。
その為に、わしは―――』
ここから先は余りにも侵食が激しく、再生しきれていなかった。
だが、俺は何度もその本を読み直した。
ここまで有力となる資料は今までには無かった。
「…まさかこのような所で古代の資料を見つけられるとはな…。賢者の魔力もなかなかの物だ」
俺は静かに呟いた。
ボッシュの保護魔力が不確かな物ならば悠久に似た時の流れに朽ち果てていた事だろう。
俺は長く満足げな息を吐いた。
ラヴォスを倒すためには、ボッシュのいう『赤きナイフ』が必要だという事が分かった。
先程から気になっていた一説が蘇る。
『ナイフは魔神器の力を吸う事で剣となり魔神器を壊す』
「剣…古代の、魔神器の力…」
思い出されるのはこの世界で聖剣と呼ばれていた剣の力。
ということは、あの聖剣…グランドリオンは、魔神器を破壊する力、否、ラヴォスを倒す力を秘めていたという事か!?
俺の身体に流れ込んだ古代の力を思い出す。
銀鎖に嵌められた小さきながらも淡い輝きを放つサラの石をちらと見遣る。
力を取り入れる前よりも碧の輝きが増している。
…俺の勘も捨てたものではないな。
ボッシュが記していた赤い石…聖剣の力は此処に、つまりは俺の手中にある、と考えて良いだろう。
ボッシュと同じナイフを、否、それ以上のナイフを我が魔力で作り上げてみせよう。
俺に鍛治の腕があるのかは解らんが、魔力があればどうにでもなるだろう。
俺は口の端を吊り上げたかのように笑った。
「…賢者よ。感謝するぞ」
その刹那、蝋燭の光が夜の闇に溶け込んだ。


◇+----*†*----+◇


「ななな、なんですと!?」
「何度も言わせるな」
俺は三魔騎士を呼び集め、あることを伝えていた。
…実際は二人で良いのだが何故かビネガーは伝えてもいないのにも関わらず、決まってその場に現れる。
「信じられませぬ。地中深くにそのように強大な力が眠っておられると?」
「で、その『ラヴォス』の力を借りればこの世界を魔族の物にできるのヨネ?」
「…そうだ」
ラヴォスを良き物として語るのは不本意だが、致し方ない。
「なんと甘美な…!」
「ただし」
俺は冷たく威圧的な声で場を静めた。
「ラヴォスを呼び出す為には相応の力を要する」
「と、言いますと?」
ソイソーが身を乗り出す。
「大きな力が必要だ…。この大地の命を秤にかけるほどのな」
「そんなの人間ちゃんの命をあげちゃえば良いのヨネ。そしたら邪魔者もいなくなるし一石二鳥なのヨネ〜」
「その程度の事が何だというのです!この世を魔族の物にするためには何だって惜しみませぬ」
マヨネーとビネガーがまくし立てる。
ソイソーは一呼吸置いてから呟いた。
「確かに労力と時間を要する事かもしれませぬが、我々にとって大した犠牲では無いですな」
俺は深く頷いた。
「ではまず、ラヴォスの眠りを解くためのナイフを作らなくてはならぬ。莫大な力がいる。また、お前らには戦場に出てもらう事になりそうだ…人の哀しみと命が落とす力は集める事で絶大な力を誇る…」
熱心に聞き入る三人に俺は囁きかけた。
「ラヴォスを呼び起こし……私と共に魔族の世を作り上ようではないか」
三魔騎士の眼が光った。
「「「勿論」」」
声が重なった。
暗く底光りする眼を見るだけで心の奥が透けて見える。
ああ、お前達は力を望んでいる。
俺が力を与えてくれると信じている。
「では、ビネガー、ソイソーは戦場に出向け。そしてマヨネーはこの世界で最も硬く、それでいて剣となれるような力に耐える器を持った金属を探してこい。空魔師のお前ならたやすい事だろう…」
俺の言葉を聞くや否や、すぐさま三人は行動を開始した。
…騙されている事にも気付かずに。


◇+----*†*----+◇


ガランとした部屋の中、俺は眼をつぶり、三魔騎士の眼を思い起こした。
欲望、信頼、忠誠、羨望。
色々な感情が入り混じった眼。
俺はそれを裏切るのだ。
利用すると此処に堕ちた時に決めていた。
しかし今や、俺の為に命を投げ打つ者までいる。
俺の力の糧にと、自らの血を流す者も。
…くだらん。
ずっとそう思ってきた。
感情さえ入れ込まなければ何も思う事は無い、と。
だが今俺がやろうとしている事は。
この大地の命と引き換えにラヴォスを倒そうとしている。
…人間だろうが魔族だろうが関係ない。
殆ど、少し間違えれば全てが…死ぬ。
俺は、俺を信頼しようとする者を裏切り目的を果たす事だけを見据えている。
ラヴォスを倒せばこの虚しさは消えるのか…?
もし、倒せたとしても、俺は、独りだ。
何時も、何時までも…。
そこで、俺の意識は闇に堕ちた。
ゆっくりと、魔に染まりし眼が開かれる。
そこに迷いは一欠片とて無かった。
先程の迷いの記憶など、もう微かな物でしかない。
何故、あのような事を考えたのだ?
自問自答するが答えは出ない。
夜が、明けようとしている。
朝日が闇を晴らす。
だが、魔を晴らす事はできない。
俺は陽を避ける様に城の奥部へと足を向けた。
ふと、頬が濡れていることに気が付いた。
乱暴に拭う。

…その雫が涙だと、彼は解っていない…。



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