5.非情




「近頃、目障りな騎士が」
「…誰だ」
俺は王座に腰掛け、三魔騎士に王国軍についての報告を受けていた。
「サイラスって名前なのヨネ〜。まあ美男といえば美男だけど…邪魔なら殺しちゃってもいいと思うのヨネ」
マヨネーは女装…魔力で女に姿を変えている。
口調に似合わず、物騒な物言いをする事が多い。
魔力に長けていて、この世界では役に立つ。
「あやつめが居る所為で王国軍の士気が向上しております。他にも…騎士が聖剣を手にしたという噂が耐えませぬ」
ソイソーは忠義に厚く、信頼出来る。
魔術より武術に秀でているものの、魔術と武術を合わせた攻撃はなかなかの威力を持つ。
「聖剣だと?」
「魔王様はお知りではないのですね。聖剣といえば、伝説としてこの地に受け継がれる剣。魔族では触る事すらできないのです。もっとも魔王様なら別かもしれませぬが」
耳障りな笑い声をあげているのはビネガー。
ビネガーは魔族としてのプライドが妙に高い。それなりの魔力を持ってはいるものの自らの策に溺れることが多いためあまり使えるとはいえないか。
三魔騎士を分析し、今後の策略を練る。
「…聖剣という物が気になるな」
俺は三魔騎士を見渡した。
「ソイソー。騎士が何処にいるか感づかれないよう手下に調べさせろ。…失敗は許さん」
「御意」
ソイソーが部屋を退室する。
「マヨネー。お前は聖剣の事を魔術書を読み解いて調べろ。早めに頼む」
「魔王様のお願いなら何でもするのヨネ」
マヨネーがソイソーの後に続く。
ため息をつき、王座に深く腰掛ける。
しばらくの沈黙。
「あの〜…私は何をすれば?」
俺は音が響かないように小さく舌打ちをした。
「…そうだな…最近、侵入者が多い…。では、魔王城の守りを強固な物にしろ」
「わかりました。お任せ下さい!わし、いえ私の完璧なトラップで…」
「…間違っても魔族を嵌めるな」
ギクリ、とビネガーが身体を膠着させる。
前科を思い出したのだろう。
「お前も、またソイソーに刃を向けられたくはなかろう?」
「はっ、はい!じゃあ私はこれで…」
いそいそとビネガーが視界から消えた。
俺は傍らに置いた鎌の刃を自らの爪でなぞった。
…聖剣か…。
人間ごときが。
俺の、邪魔をするな…!


◇+----*†*----+◇


風が、強く吹いている。
デナドロという山の頂に俺はいた。
目の前には、三魔騎士が報告した王国の騎士…サイラスと仲間らしき人間。
一つ、不満に思うのは。
笑い声をあげながら俺の隣に立つ、緑色の魔族の影。
何故、ついて来た?
…まあ、仕方ない。
俺は騎士の眼を見据えた。
「久しぶりだな…魔王。よくも俺の仲間を…!」
「仲間…あぁ、あの時の雑魚共か」
森と共に焼け死んだ人間の事だろう。
どうやらその時姿を見られたようだ。
「―っ!お前を倒すために俺はここまで来た…っ!いくぞ、グランドリオン!」
「ほう、人間ごときが私に刃を向けるか…」
サイラスが向かって来るのを感じ、俺は静かに鎌を振り上げた。
サイラスの持つ聖剣の切っ先がキラリと光る。
撃ち合い、離れ、防ぎ、また撃ち合う。
戦いの最中、ビネガーをちらりと見ると、サイラスの仲間とやり合っていた。
辺りを見渡す余裕を持てる程、サイラスは弱かった。
剣の腕は確かな物だが…迷いがある。
…俺の敵ではない。
俺は冷たく言い放った。
「憎しみだけで、私を倒せると思うな…。いや、貴様は憎しみの他にも欲望がある」
「…愚弄するのかっ!?」
サイラスがいきり立ち、攻撃の手を強める。
それを悠々と受け流しながら俺は皮肉った笑みを浮かべた。
「そうではない。貴様は人々に尊敬され、勇者となる事を望んでいる。そのような浅はかな考えで私は殺れん」
「黙れっ」
聖剣の切っ先が俺の脇腹を掠めた。
「―っ!?」
流れ込んできた力は確実に俺の力を奪った。
否、驚愕したのはその事ではない。
力は…魔神器の力だった。
赤い石の…そう、まるでボッシュが作りあげていたナイフの様な。
―何故、古代の力が此処に?
それに、古代の力なら俺を傷つける事は無い筈…。
いや…俺の身体はもう魔族の物だ。
どうやら魔神器の力と魔族の力は相容れないようだ。
脇腹を抑える。
血が滲んでいるが、軽く掠っただけの傷は魔族の治癒力によりすぐ痛みが抜けた。
サイラスは俺の体制が崩れたと思ったらしい。
一気に畳み掛けてきた。
俺は間合いを量り、奴を鎌で切り裂いた。
ハッと危険を察したのか、身体をよじり、鎌から逃れようとする。
だが鎌の刃が右腕を裂いた。
サイラスが隙を突かれ、よろける。
しかしすぐに体制を立て直し、回復道具を使い回復する。
…気に入らん。
このままぐだぐだと続けていても意味が無い。
そろそろ、終わらせるとしよう。
サイラスの首筋の背後に鎌を突き付ける。
少し手元を引き寄せれば、愚かな勇者の首を撥ねる事が出来るであろう。
「お前は…何故、人を殺す…」
サイラスは小さく、しかし敵意に満ちた鋭い声で呟いた。
「邪魔者は消す。それだけだ」
鎌を持つ手に力を込める。
キィン、鋭い音が響いた。
サイラスが剣の鞘で鎌を防いだのだ。
「小賢しい」
「はっ。よく言うぜ」
「…その油断が命取りだがな」
低く、囁く。
「なっ…!」
手の中に魔力を集中させる。
しまった、とサイラスが剣で身を守る構えを取る。
その構えが固まる前に俺の魔術が奴を襲った。
閃光が散る。
―サイラス!剣が……!?グランドリオンが……!!―
哀れな叫びが虚空に響いた。
「…ぐっ」
サイラスが後ずさる。
足元には、柄と刃に別れた聖剣。
「聖剣が折れてしまっては何もできまい!」
高らかに勝利を核心した耳障りな笑い声をあげるビネガーと冷酷且つ残虐な笑み浮かべる魔王を見て、サイラスは諦めた様に仲間に何やら囁いた。
小さな声だが、魔族の聴覚は人間の何倍も鋭い。
「グレン。俺が奴の気を引き付ける。その隙にお前だけでも逃げろ。王やリーネ様を頼んだぞ…」
「しかし!」
会話を聞き取った俺は奴に向かって語りかけた。
「仲間の事を気にかけている場合か?サイラスとやら」
サイラスの身体が強張った。
しかし、恐れを振り払うかの様にサイラスが向かってくる。
…愚かな。
聖剣無くしてどうやって俺に立ち向かうというのだ。
俺は高度な魔術を使う必要は無いと思い、ファイガを唱えた。
「…仲間が燃やされた業火で貴様を葬り去ってくれよう…」
空を一閃した。
「ぐあああっ!」
奴の身体が激しく燃え上がる。
「サイラスッ!」
仲間…グレンという名の青年がサイラスの骸に駆け寄る。
「どうした?お前は来ないのか?」
グレンは挑発に乗らず立ちすくんでいた。
「蛇に睨まれたカエルって訳か!」
ビネガーが嘲笑う。
「…つまらんな」
「魔王様。こやつをお似合いの姿に変えてやってはいかがです?」
ビネガーが意地悪く呟いた。
ハッと我に返ったグレンが俺に背を向け、逃げだそうとする。
「フッ、よかろう。邪魔者は全て消す」
俺はまた魔力を集中させ、敵を見据え、一気に力を解放した。
奴の身体を雷が打った。
「う、うわあぁっ」
衝撃で、奴の身体が崖下の川に落ちた。
「…死んだ、のですか?」
ビネガーが崖の下を覗き込む。
「カエルの生命力は強いらしいからな。生き延びているやもしれん。…まあ、死んだ方が楽な事もあるがな」
「流石は魔王様。死よりも辛い哀しみをあやつに味合わせようというのですね!」
一人で盛り上がるビネガーを無視し、俺は折れた聖剣を見やった。
古代の力…。
使えるかもしれん。
俺は聖剣に触れないように気を使いながらサラから貰った石を剣の横に置いた。
すっと腕を伸ばし、術を唱えた。
力の媒介を移す術。
聖剣に宿っていた力が石に移る。
石に移された力は俺の魔力と混じり合い、害の無い物となった。
「…ビネガー」
「何でしょう?」
「この骸を処理しておけ」
俺はサイラスの骸を指し示した。
ビネガーの顔が何故か輝いた。
「どのように?」
「任せる」
「お任せ下さいっ!っと、あわわ!」
何やら騒音が聞こえた。
眉を潜め、ビネガーの方に目をやる。
ビネガーの足元にあった聖剣の残骸の…柄部分の方が無くなっていた。
「…ビネガー…」
「もっ、申し訳ありませんっ!ただちょっと崖から…」
「……お前はもう何もするな」
「い、いえっ。これはたまたまっ…」
言い訳をするビネガーの言葉を聞き流しつつ、聖剣の片割れを探すか考えた。
…まあ、力はもう消えた。
俺に害を与える事は無いだろう。
「五月蝿い。…剣は放っておけ。これ以上俺の信頼を落としたく無いなら早くその骸を片付けろ」
俺はそう言い放つと踵を返した。
サイラスの憎しみに満ちた眼が一瞬蘇る。
残像を振り払い、俺は一言呟いた。

―邪魔者は…全て消すまで―



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