死を許す事勿れ




鐘が、鳴った――。
それは一人の偉大な王が悠久の眠りについたことを意味していた。
もう息をする事は無い彼の者は、若い王ではあったが民からの信望は厚く良き王であった。
そんな王の早過ぎる死を民は悲しみ悼んだ。胸の奥に王の居ない不安を押し隠して黒衣を纏い喪に服した。
国が黒く染まったまま、幾日かの時が流れた。

…その間、民はただ待っていた。
新たなる王の誕生を。


◇+----*†*----+◇


ある、月が満ちた夜。
宮殿の王妃の部屋にはただ月光だけが降り注いでいた。
部屋の扉が軋み、やつれた顔をした王妃が戻ってきた。月光がより一層と王妃の表情を青ざめさせていた。その足取りは喪心したように覚束ない。
そのまま王妃は、ふらふらとよろけながら長椅子に倒れ込むかの如く腰掛けた。長い溜め息が自然と漏れる。
――わらわがこの国の女王。
先程、王国内の重鎮との会議で決まった事が何度も何度も頭の中で反芻される。それは時に諭すように、時に鋭く頭の中に反響し続けた。
咄嗟に耳を塞ぐ。今は、今はそんなこと聞きたくない。考えたくない。
「…つかれた……」
言葉にすると、どっと疲れが増したようだった。瞼が重くなっていく。
微睡み始めた意識の中に、薄ぼんやりとした記憶が立ち込めた。そしてまた声が響く。次いで幻覚のようにも見える記憶の残像が見えた。


柱時計が、時を一定のリズムで刻んでいく。その度に場の雰囲気は益々淀んでいくようだった。
場に集まった人々がちらと見遣るのは上座の位置に置かれた豪奢な椅子。今は座る者の居ないその椅子を悲しげに見詰めていた。
そして、徐に一人が口を開く。
『ジャキ様やサラ様はまだ幼い。王になる器が育ちきるまで待たねば――』
『待っている時間など無い!民の不安が既に高まっている』
『…では、ジャキ様かサラ様を王に立て、誰かが後見人を勤めると言うのは?』
その提案に、室内がざわついた。互いに目配せし、相手に意向を伺っている。
だがずっと押し黙っていた命の賢者がゆっくりと首を振った。その眉間の皺は刻み込まれたように深かった。
『そのような発言は慎むことじゃな。形ばかりの王などを民が望むと思うのか?ダルトン』
いつの間にか騒がしかった室内は鎮まっていた。
『ですが、早急に王は必要であり、適任者がいないのなら、ジャキ様を王にし、是非私が後見人を――』
『……適任者ならいる』
賢者はぐるりと辺りを見渡した。そして、ある一人に目を合わせて、言った。
『貴女が女王としてこの国を導いて行くべきじゃ。――先王がそうだったように』


それから先は、よく覚えていない。
だが、言われれば言われる程に先王……夫の意思を継いでこの国を導けるのはわらわしか居ないのだと、心の奥で思った。
それに――幼き子供達に王という重責は負いきれない。決してサラやジャキが弱いという意味ではないが、王という責任は苦痛を伴うと言うことはよくよく分かっていた。そんなことを子供にさせたいと思う親など、いる筈もない。
だから頷いた。わらわなら大丈夫だと、思ったから。
……だがそれでも、拭いきれない不安はあった。
あれ程良き王は他に居ないと思っていたのに。
あれ程良き夫は他に居ないと思っていたのに。
どうしてこんなにも早く逝ってしまったのだろうか。
嗚呼、胸が痛い。
王であるそなたも、夫であるそなたも、父であるそなたも皆わらわの大切な人だった。
わらわの――唯一愛した人。
何故死んだ。何故わらわより先に逝った!?
……今、できることなら。
重責に押し潰されそうなわらわを、今、側に居て、そなたの手で頬を撫でて欲しかった。ただわらわをその腕に抱いて欲しかった……。
じんわりと視界が霞んだ。しかし雫が落ちることは無かった。“女王”は泣いてはいけないと思ったから。
嗚呼、寂しい――。
その間も月は、一人の女の孤独を際立たせるように白々と輝いていた。


◇+----*†*----+◇


雄大な空の下。
切り取られた絵のような、外界と切り離されぽつんと取り残されたような場所に、それは在った。
大理石で作られた温もりも命の息づきも感じられぬ冷たい墓。そこに女――ジールはそっと百合の花を供えた。
「わらわがそなたの後を継いでこの国を導いていこう。そなたが果たせなかった夢をわらわが見、引き継ごう」
墓をそっと撫でるとひんやりとした感覚が孤独を伝えた。
その時初めて死というものの哀しさ肌で感じた。
王の意を引き継ぐ、そう言った。だが哀しみの淵で思うのは、わらわのような思いをもう誰もしてはいけないというもう一つの決意。
誰も、死んではいけない。
そう漠然と、しかし確かに思った。
わらわはもう死という物を見たくはない。それは民とて同じだろう。ならばわらわが女王として死という名の悪を取り払ってしまいたい。
死は哀しみしか生まない。その死を遠ざけるには……永遠の命を齎せばよいのだろうか。
まだ、わからない。だが何時か、必ず――!
振り返ったジールの目はもう愁いてはいなかった。強く輝きを放つ女王の眼。
その背後では、哀しみと孤独を背負った白百合がか細く揺れていた。


――死を、許す事勿れ。


*あとがき*
HP移転後初作品となります。これからはこうやってあとがきを書いていこうと思ってますので、どうかよろしくお願いします!!
この話はジール視点の話です。どうして女王が永遠の命を望むようになったのか、というのを考えてみました。とりあえず私の設定は上のような感じですね。王が居なくなってから段々に……という流れです。無論、私の頭の中ではですが←
前のを書いてから時間が結構経っている為、文章の書き方が変わってしまってますがこれはこれで私の個性(←)だと思っていただければ幸いです(笑)
これからも文章の書き方は随時変化していくと思いますが、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m

2011/5/9

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