剣と風




「久しぶりだな…魔王」
俺は剣を構えた。
この時の、この瞬間の為に俺は今まで生きてきたのだ。
蒼い髪がどんよりと曇った空に靡いている。
「魔王様に刃向かうなど、この愚か者があっ!」
ビネガーが卑しげな笑みをうかべている。
ちらと魔王をみやる。
隣にいるビネガーと並ぶとやはり外見は整っているように見えた。
しかし、冷酷さと残酷さが彼を魔王と知らしめている。
「…ほう。人間ごときが私に刃を向けると言うのか…」
ゆっくりと魔王が俺の目を睨みつけた。
どこか楽しそうだ。
一瞬怯みそうになった自分を叱責し、その目を睨み返した。
「お前を打つ為に俺はここまできた…っ!いくぞ、グランドリオン!」
「そうはいかぬわっ!」
ビネガーが火の玉を投げつけてきた。
「グレンっ!」
「分かってる!」
グレンにビネガーを任せ、俺は魔王に集中した。
何故かグランドリオンを見た奴の目が一瞬だけ驚いたように陰った。
やはり、この剣は…!
その目の陰りを弱みだと受けとった俺は一気に切り込んだ。
魔王が漆黒の大鎌で剣を退ける。
防ぐ、弾く、切り込む、また防ぐ―
俺の剣が奴の脇腹を掠ったと思った瞬間俺の左腕から鮮血が散った。
キィン、という一際高い音を響かせて飛びずさる。
肩で息をついた俺に奴が唇端を歪めて笑った。
「その程度か。つまらぬな」
「なにをっ」
奴の挑発に乗せられそうになり、ハッと我に返る。
自分を見失っては駄目だ。
俺は即座に薬を使って回復した。そして再び奴の心臓を狙う。
渾身の一突きを悠々とかわされた。
耳元で悍ましい声が響いた。
「貴様も死にたくはないだろう…?守るべき物が有るはずだ」
一瞬、リーネ王妃と王の姿、隣で戦っているグレンの姿が脳裏を過ぎった。
もし、俺が死んだら、悲しむだろうか…。
俺の為に涙を流すだろうか…。
…違う、今はそんなこと考えてる場合では無い。
目の前の魔の根源を絶たなくてはならないのだ。
「そのために…お前を打つと決めた…!」
剣を一閃する。
しかし迷いが剣筋に影響を与えた。
緋色のマントを剣の切っ先が捕らえたものの、手応えは無い。
「迷っているな。それこそ人間の弱き性。…やはり、貴様では私は殺れぬ」
「煩い!愚弄するか!」
激昂した俺に、奴が冷笑する。
「…愚弄?愚かな者を愚弄して何の意味がある…?」
「――ッ!」
怒りに任せ、剣を振り上げる。同時に無防備な箇所が出来た。
瞬間。憎き者の声が耳を劈いた。
「…愚かな勇者よ。辛辣な末路を辿れ!」
そう言うか否か魔王が闇の塊を作りだし、俺の心臓に向かって手を伸ばした。
反射的に、剣で身を守る。
破れ被れの防御だった。
俺は“魔力”ではなく“死”が穿たれようとしていることに戦慄した。
その瞬間、何かが砕ける音がした。
「サイラス!剣が…グランドリオンが…!」
……空虚な声が、遠く聞こえた。


◇+----*†*----+◇


―あの人、ボッシュの知り合いだった…。
―…ジャキだ、リオン。女王の息子。
―どうして此処に?
―さあ、俺達と一緒に飛ばされたんじゃないか?
―凄い力だね。兄ちゃん。魔力が溢れてる。
―あの力は魔神器の力と似てる。俺達とは相容れない力だ。
―それだったら、僕たちなら止められるかもしれないね。兄ちゃん。
―…ちゃんと俺達を治して、使ってくれる人が現れたら、な。
―じゃあ僕達それまで風になろうよ!びゅびゅーんっ!


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