ある日、私は見てしまった。
クラスで恐ろしいと言われ、忌み嫌われている彼の本当の姿を──。
『ほら、パンあげるから食べな』
ダンボール箱に入れられている捨て猫に、塚原くんはパンを与えていた。
学校では、授業をサボり、何かヤバいことをしていると噂されている彼からは、とても想像出来なかった。
そして私は、そんな彼に恋心を抱いてしまった。
本当の彼は、きっと優しい人なんだ。
「遥、好きな人とかいないの?」
「い、いないよ」
「あたしは鹿野先輩が好み〜」
「じゃあ、あたしは長澤先輩」
「じゃあって何よ」
アハハ、とクラスメートたちは談笑する。
私は本当の事なんて言えない。
だって、彼が好きだと言えば、みんなに一蹴されてしまいそうな気がして怖い。
ガラッと扉が開き、塚原くんが教室に入ってきた。
「やだ、塚原くんが来たわよ」
「あたし怖ーい」
「遥、気を付けてね。アンタ真っ先に狙われそうだし」
「だ、大丈夫だよ、きっと」
大丈夫だという確信なんて無い。
だけど、塚原くんは優しい人だ。
あの日の出来事が、それを証明してくれていると思う。
だから、私は彼に恋をした。
ガラッともう一度扉を開く音がした。
慌てて扉に視線を戻すと、塚原くんが教室から去っていた。
せっかく来たのに、また授業をサボってしまうの?
「私、トイレに行ってくるね!」
「え? もうすぐ授業が始まるわよ」
「すぐ戻るから!」
トイレに行くふりをして、私は塚原くんを追った。
彼の姿は見えないけど、行く場所は判っている。
階段を駆け上り、屋上へと続く扉をそっと開けた。
屋上には、やっぱり塚原くんがいた。
私は制服のポケットから小さな紙を取り出す。
遥、勇気を出すのよ。
「つ、塚原くん!」
「!? ……梶原さん?」
私の名前、知ってるんだ…。
塚原くんは、誰よりも周囲に目を配っていると思う。
話したこともない私の名前を知っていたり、クラスの虐めを止めたり…。
私は、そんな塚原くんが──
「あの、これ!」
私は塚原くんに紙を押しつけると、一目散に逃げ出した。
ああ、どうか私の想いが届きますように!
急に現れた同級生から小さな紙を押しつけられた究悟は、呆然と扉を見ることしか出来なかった。
とりあえず、彼女から押しつけられた紙を開いてみる。
「……どうして梶原さんが、俺の誕生日を知ってるんだ?」
紙には、可愛らしい文字で一文書いてあった。
『お誕生日おめでとう』
入学してから同級生に避けられていた究悟にとって、その一文がとても心に響いたのは言うまでもなかった。
「梶原さんなら、俺の気持ちを解ってくれるかな? ……ううん、ダメだ。彼女を巻き込んじゃいけない」
究悟は頭を振ると、紙を乱暴に制服のポケットに突っ込んだ。
ごろんと寝そべり、空を見上げる。
青空に見えるのは、白い雲。
しかし、究悟の心はどんよりとした灰色の曇り空だ。
(いつか、梶原さんにお礼を言わなきゃ……)
ぼんやり思っていると、バンッと扉が思いっきり開いた音がした。
究悟は慌てて飛び起きる。
(まさか、先生?)
扉の方に視線を向けると、そこには息を切らしながら立っている遥がいた。
「つっ塚原くん!」
「は、はい」
「言い忘れていたけどっ、私は捨て猫に餌を与えるような、優しい貴方が大好きですっ!」
「えっ!?」
「じゃあ、もう授業が始まるから行くね。良かったら、塚原くんも来てねっ!!」
またもや一目散に階段を駆け下りる遥の足音を聞きながら、究悟は先程と同じように呆然と扉を見ることしか出来なかった。
「……好き? 俺を? ……えー!?」
究悟の叫び声が、雛森高校に響き渡った。
どうしよう。
私、塚原くんに告白してしまった。
しかも返事を聞かないまま逃げてしまった!
……でも、自分の気持ちを伝えることが出来て良かった。
塚原くん、お誕生日おめでとう!
そして、私は貴方が大好きです!!
Happy birthday to Kyugo!
2009.05.30
今回は誕生日とは殆ど無縁、そしてなんと甘い要素も無く、意味不明な話でした(←)私は一体何が書きたかったんだ…。三部分の内、真ん中の部分は第三者視点、残りはヒロイン視点です。判りにくくてごめんなさい。時間的には、究悟が救護クラブに入る前ですね。だから究悟に対する扱いがヒドいです。ああ、みんなが究悟を可愛がるシーンを書きたかったのに!(笑)究悟は可愛いと思います、はい。
2009.05.31 掲載
2010.04.06 修正