儚い雪は
ひらりひらりと舞ってゆき
貴方の許へ──
〜ありがとうの言葉〜
「白雪、何処へ行く」
「救慰寮よ、千白」
先程までいた斎宮殿をこっそり抜け出した白雪は、短く告げた。
一方、問い掛けた輝石神──名を千白という──は、大丈夫なのか、ともう一度問い掛けた。
「騎士達に黙って行くと、また怒るんじゃないか?」
「平気よ。千白だっているんだし、救慰寮に行くんだもの。蘇芳たちに言わなくても大丈夫」
千白は何かを言い掛けたが、自分が頼られていると解ったので口を噤んだ。
白雪は“神杖国”の斎宮である。斎宮は“神杖国”の守護を司る役目を持っている。
まだ一五である白雪には重荷なのだが、どうにかやってこれているのは斎宮の騎士と千白のお蔭だった。
「今日は何をしようかな……千白は何かある?」
「白雪がやりたいようにすればいい」
「そうね……じゃあ茉莉ちゃん達と」
「茉莉と何をするって?白雪」
「!? ……青磁、いつからそこに?」
「どうせ、またおまえが抜け出すだろうと思っていたからな。夕食の後からだ」
そんなに、と思わず白雪は呟いた。
白雪が抜け出したのは、もう日が暮れてから大分経った後である。
つまり、青磁は長い間此処に居た、ということだ。
「おまえ、今日も救慰寮に行こうとしているだろ?」
「…………」
白雪の沈黙を肯定と見なした青磁は、はぁと溜め息を吐いた。
「ねぇ青磁。どうしても駄目?」
「駄目だ。まったく、おまえはどうしてすぐ抜け出そうとするかな……」
青磁が厭きれた様子で言うと、白雪はむっとした。
「だって凄く心配だもの。茉莉ちゃんたち、元気にしてるかな、とか」
白雪の返答に、青磁は冷静に返した。
「昨日も行っただろうが」
青磁の言葉に、白雪は何も言えなかった。
白雪が渋々青磁の後に付いて行っていると、前方から白雪を呼ぶ声がした。
「しらゆき〜!」
「この声は……琥珀?」
暫くすると、琥珀の姿がはっきりしてきた。
琥珀の腕には、大きい袋が抱かれている。
「白雪、それに青磁もいたんだ」
「琥珀、俺をおまけ扱いするな」
「あはは、ごめんねお兄ちゃん」
琥珀が青磁を“お兄ちゃん”と呼ぶときは、大抵面白がっているときである。
それを知っている白雪は、微笑した。
「そうだ、白雪。黒曜が何処にいるか知らない?」
琥珀の問いに、白雪は首を横に振る。
青磁も同じだ。
「そっかぁ。何処に行っちゃったんだろ? ……じゃあ僕は今から星曜館に行ってくるから!」
「ちょっと待て、琥珀」
先を急ごうとする琥珀を、青磁は引き止めた。
「何、青磁」
「その……その袋の中身は何だ? 動いているぞ……」
琥珀は視線を自分の腕に向ける。
白雪も同じように袋に目を向けると……
「琥珀、それ、何っ!?」
袋の中にいるモノは、今にも破れそうなほど動いている。
白雪は、青磁の後ろにいそいそと避難する。
琥珀は、大丈夫だと笑った。
「ほら、ただの────」
「それ以上言うな、琥珀!」
青磁は白雪の腕を掴むと、疾風の様に駆けていった。
取り残された琥珀は、つまらない、といった顔をしていた。
「何だよ、せっかく白雪に見せようと思ったのに」
少々拗ねながら、琥珀は星曜館へと向かった。
「はぁ危なかった……。危うく殺されるところだった」
「そ、そんなに危ないものだったの?」
二人は息を切らせながら会話をしていた。
先程、琥珀が持っていたモノから逃げるために、全力疾走で走ってきたのだ。
「琥珀はたまに恐ろしいモノを持ってくるからな……」
青磁は何度目かの溜め息を吐いた。
二人が斎宮殿に向かっていると、今度は前方に赤い髪と黒髪が見える。
思わず白雪は二人の名を呼んでいた。
「蘇芳! 黒曜!」
白雪の声に、二人は振り返る。
蘇芳は照れた様子で、黒曜はにっこりと笑った。
「白雪、こんな時間に何を?」
蘇芳が問うと、白雪ではなく青磁が答えた。
「また抜け出そうとしていたんだ。兄貴からも何か言ってくれよ」
「そうは言ってもなぁ……」
青磁の乞いに、蘇芳は苦笑する。
一方白雪は、黒曜に琥珀が探していた事を伝えた。
黒曜は、ありがとうと笑うと、星曜館へと向かった。
「あれ、黒曜は?」
青磁が白雪に問うと、白雪は、星曜館に行ったわ、と答えた。
青磁は、なるほど、と頷く。
解らない蘇芳に、白雪は琥珀との会話を話した。
「また何かを捕まえたのか、琥珀は」
「兄貴、琥珀にも何か言ってくれ。俺は頭が痛くなりそうだ……」
青磁が頭を抱える素振りを見せると、蘇芳は青磁の頭に右手を乗せた。
「解った。俺が言って効き目があるとは到底思えないが、努力するよ」
青磁の頭を撫でると、蘇芳はその場を去った。
そんな兄弟の様子を見ていた白雪は、つい呟いてしまった。
「いいなぁ、兄弟って……」
「何か言ったか、白雪?」
自分が口にしていたと解り、白雪は、はっとした。
急いで青磁に何も無い事を告げると、小走りに駆けて行った。
「じゃあもう今日は抜け出すなよ」
「解っているわよ。もう晩いし、影が出ないんじゃ千白も出て来れないし……」
青磁が現れてから不機嫌になった千白は、その時からずっと白雪の影の中に居る。
今日は救慰寮に行く事は諦めた方が良さそうだ。
「それじゃあまた明日」
白雪が斎宮殿に入ろうと背を向けた時、青磁が彼女の名を呼んだ。
「白雪!」
「? 何、青磁」
青磁はつかつかと白雪に近付くと、右手を上げた。
一瞬、叩かれると思った白雪は瞳を瞑る。
しかし、痛みは襲って来なかった。
恐る恐る瞳を開けると──
青磁が、白雪の頭を撫でていた。
「え……? せい……じ?」
「俺たちは、おまえの兄弟にはなれないが、おまえの騎士だ。俺たちはずっと傍に居る。それを忘れるな」
「青磁……」
途端に、青磁の顔が真っ赤になった。
今頃、恥ずかしい言葉を言ったと自覚したのだろう。
別れの言葉も程々に、青磁は踵を返した。
すると、今度は白雪が彼を呼び止めた。
「青磁!」
青磁が振り返ると、白雪は満面の笑顔でこう告げた。
「ありがとう!」
その笑みに、青磁は自分でも驚くぐらいに優しく微笑んだ──。
*fin*
初星宿姫伝小説。今回は青磁オチ(?)
2007.11.04 掲載
2010.04.06 修正