ある日の魔法薬学


僕ほど容姿端麗、優秀な生徒はいない。

そしてこれから先も現れることはないだろうと豪語できる。

その、僕がだ。

いや、僕だから、と言った方がいいのだろうか。

今まで話した事もなければ顔すら合わせることだって少なかったこの劣等生の彼女と魔法薬学の授業で組まされる事になった。

彼女は、ある意味で、有名だ。

華やかな容姿の彼女は、入学当初から一際注目を集めていた。この僕ですら一瞬見惚れたほどの美貌の持ち主だ。

家柄もそれなりにいいし、男が言い寄るのも当たり前だろうと思われた。


しかし、だ。


何でも出来そうな容姿を持った彼女は、実は超がつくほど不器用だったのだ。

最初から出来なそうなイメージを持たれていれば、ここまで引かれることもなかっただろう。

しかし彼女の場合、最初から何でも出来そうな容姿がある。つまり最初からプラスの方のイメージしかないのだ。

最初はいいイメージを持たれていた彼女も、授業が始まるにつれてその不器用さを発揮し始め、最近では彼女に対し、何でも出来るなどというイメージを持った人間はいない。

寧ろ、彼女に頼みごとなどしてみろ、一瞬で後悔するぞ、などという決まり文句があるほどにまでなっている。

そしてそんな彼女とは真逆に何でも出来る自分。

何でも出来そうな容姿を持った僕は、イメージ通りの頭脳を持っていた。

あっという間に彼女と僕の差は開いた。

劣等生と優等生、その二人が、魔法薬学の授業で組む事になった。

先生の言い分によると、優等生の僕ならば彼女の手伝いもできるだろうと。

先生がこう考えるのにも訳があった。

普段ならば僕の事を贔屓にしているスラグホーン先生は僕の成績を下げるなどという真似はしなかっただろう。

だが、彼女とペアになった相手は授業中に必ず何らかの怪我を負うのだ。

それで困り果てた先生は、僕を頼りにした。

この先生の信頼度を見る限り僕の未来の為の準備は着々と進んでいるようだが、こんな面倒な事はしたくないというのが本音だ。


おっと、前置きが長くなってしまった。

さて、ではそろそろ本題に入ろう。


「リア、て呼んでもいいかな」


まずは彼女を僕に懐かせる事から始める。


「え、えぇどうぞミスターリドル」


あわあわと彼女はたどたどしく言った。


「僕の事はトムでいいよ」


ニッコリと、いつものように笑う。この笑みで大抵の女子は顔を赤らめてそむける。

だが、彼女の反応は僕の予想に反するもので、面食らった。


「じゃあリドルさんで」


仕返しとばかりに優雅に笑う彼女に、不覚だけれども僕のほうが赤面しそうになった。


「ミスターリドルと変わらないじゃないか」


そして思わず突っ込みを入れる。


「あ、じゃあ先ずは君が調合してみてくれないかな」


僕は急いで笑みを取り繕い彼女に言った。

劣等生と呼ばれる彼女の実力がいかなものなのか、少し興味があったのだ。


「あ、えーと、まずは、…芋虫……の、輪切り、か…」


教科書を見、彼女は落胆したようにそう言い、恐る恐る芋虫を掴み、思い切りナイフを振りあげた。

それはもう大層な恨みがあるかのごとく高く振り上げ、勢いよく振り下ろした。


「ちょ、ちょっと待とうか、何でそんなに力を入れて芋虫を切るんだい?」


とりあえずストップをかけた。

ダァンとナイフが机に当たってこれ以上僕に芋虫がかかるのを防ぐ為だ。

それにもしこの力で何度も机に振り下ろしていたらナイフが折れるに違いない。

なるほど、毎回怪我人が出るというのは大げさに言っていたのではなさそうだ。


「え?だって、芋虫なんて害虫この世から消えたほうがいいと思いません!?それを思ったら何故か手に力が入って勝手に手が……!!!」

「君は幽霊にでもとりつかれたのかっ!!」


思わずツッコム。

僕は急いで笑みを取り付け、「じゃあ芋虫は僕がやっておくから」と言った。


「君は材料を順番通りに鍋に入れておいて」


順番通りに、という言葉を強調して芋虫に取り掛かった。

僕が几帳面に芋虫を切っていると、いきなり「リドルさんリドルさん」と呼ばれたので彼女のほうを見た。



「リドルさんリドルさんリドルさんリドルさんんんんん」

「そんなに呼ばなくても聞こえてるから。何?」


くいっくいっと彼女は僕のローブを引っ張って鍋の中を指差した。


「何か黄色いんですけどおおおおおおおおおおお」

「寧ろこの時点では無色透明になるはずなんだけどどこをどうしたらこうなるんだい」

「うわ、動いた!ぎゃあこっちくんな!しっしっ!」


彼女の容姿からは想像もできないような次々と言葉が飛び出してくる。


「ぎゃあ触るんじゃねぇこの未確認生命物体が!てかお前は生命なのか!生命じゃないだろうきもいいいいいいこっち来ないでええええええええええ」


どうやらその液体はスライムとなって彼女に襲い掛かっていたようだ。

ぎゃーぎゃー騒いでる彼女を見ているのは中々楽しかったが、何しろ周りの目があるため、僕は消失呪文を唱えてそのわけの分からない物体を消し去った。


「はぁ…僕も一緒にやるから、材料を先生に貰ってきてくれるかい?」

「はっ、はいっ!おっけいです!」


そう言って彼女は何がそんなに嬉しいのかスキップしながらスラグホーン先生のところへ向かった。


とりあえず僕は彼女が帰ってくるまでの間、残った材料を揃えたり材料を千切りにしたりと、下準備を進めることにした。


「リドルさんリドルさん、持って来ましたけどどうすればいいんですか?」

「あぁ…まずそれを刻んで、それで鍋に入れて。その後は…」


とりあえず彼女に正確な指示を出し、彼女を横から傍観。


「違う、まずナイフの持ち方はこうだ」

「え、こうですか?」

「違う!どうして刃の方を持ってるんだ!」

「えーと、これを刻んで…痛っ!!!」


いやどうやったらそんなんで指を切るんだ。

僕がついていながらこういう事態になった、というのは避けたいのでとりあえず止血の呪文を唱えておいた。


「これくらいなら大丈夫」


彼女は自分の指を見て、うわーあ、とつぶやいている。


「すごーい……」

「それより、あとは材料を入れるだけだから、僕の言う順番通りに入れて」

「りょーかいっ!」

「まずはこのオオタケツルを13g鍋に入れて」


といった風に進めてゆき、もう彼女一人でも大丈夫だろう、と思われたため、僕は少しの間、教室を見渡した。


これがいけなかった。


本当に少しの時間でも、彼女は何かをやらかしてくれる。



「どこをどうしたらこんな風に作れるのか、教えてくれないかな」

「え…いや、そのぉー…」


僕の前で項垂れる彼女と、彼女のわきにあるごぽごぽと怪しい音をたてた変色した鍋。

それはもうあの短時間でこんなに変化させるには意図的に失敗させるしかない。

いや寧ろあの短時間でこんなに変化させるのは中々出来ることではない。


「リア、きちんと教科書を見ながら、その通りにやったかい?」

「やりました!はず…うん、あたしはやった、うん…」


どんどんと小さくなってゆく彼女の声に、僕はため息をつかずにはいられなかった。


「とりあえず、これから先は僕がやるからよく見ててね」


とりあえず優等生の名にかけて、僕はこの状態から見事この薬を完成させたのだ。


「リドルさんすごいすごいすごいーっ!!」


すごいすごいと本当に無邪気にはしゃぐ彼女に悪い気はしない。

ふふんと得意げに鼻を鳴らす僕を見て、彼女はこう言った。


「裏表がある人って皆頭いいんでしょうかねぇ」


いつもの調子で言った。

僕は驚いて彼女を見たが、いつものような調子で頭にはてなマークを浮かべ、子犬のように首を傾げてくるものだから、言葉の意味を聞く機会を失った。

心の片隅で、彼女は実は要注意人物なのではないか、と思った。


そして彼女が魔法薬を先生に見せるため運ぶ時にこけて中身をぶちまけたのを見、その考えを改める事にしたのであった。









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