いい人
「どーらこッ!」
僕に抱きついてきた彼女は僕の思いなんて知らずにふわりと笑った。
「リア、さっきまでどこに行ってた?」
僕はリアの格好を見てたずねた。
泥まみれだ。
「えへへ」
「顔にも泥がついてる」
僕が彼女の頬の泥を拭った時リアは片目を瞑って「泥ついてる?」と聞いてきた。
頬の泥を拭っている間、どうしようもない感情が僕の中で増幅していった。
拭っていた時間は1秒にも満たなかっただろけど、僕には1時間にも2時間にも感じられた。
「ドラコ?」
「え?あ、あぁ…どうした?」
そう会話している間も僕の視線はリアの首に行ってしまう。
手を伸ばして――、そう。
一瞬だ。
少し力を籠めるだけ。
「ドラコ!?」
リアが僕を呼ぶ声でハッとした。
「大丈夫?最近変だよ、ドラコ」
「いや、大丈夫だ。何でもない」
そう言って僕はリアとは反対の方向に歩き出した。
これ以上リアといれば自分が何をするかわかったものじゃない。
リアのその細い首に触れてみたい。
僕の力でリアの命を終わらせたい。
でも君がこれからも笑ってくれるのなら。
僕の傍にいるというのなら。
僕は君の隣でいい人間を演じて見せようじゃないか。