02
言い放ちつつも、彼女は俺を引き摺った。細い腕なのに、力は強い。
どうやら力の図は俺<彼女になるようだ。
虚しいです。女の子に負けるとか、虚しすぎる。
悲しみに暮れるなかでもずるずるずるずると引き摺られ、森か林を抜けたらそこはやはりRPGの世界が広がっていた。一言で言い表せば、RPG村。あーるぴーじーの何物でもない。
茶色や白色の煉瓦造りの家が軒を連ね、村の中心部には噴水がある。小便小僧ならぬマーライオン……でもなく、ドラゴン――チビの像の口から水が勢いよく流れている。
マイナスイオンか。マイナスイオンブームは異世界まで及んでいたらしい。
「チビはこの村の番犬なの。人間は食べはしないけど、威圧感はあるでしょ」
「ほら」と言いながら彼女は後ろ姿のチビを指差す。番“犬”かどうかはこの際置いておこう。明らかに犬ではないけど。
左右に尻尾を振り、地面に着く度にビタンビタンと大きな音が出ている。しかも漏れなく土埃付き。つか、威圧感が在りすぎて近付けねぇよ。
「そう、ですね」
「初めはこんなに小さかったのよ」
と、彼女は屈む。俺の膝くらいに、彼女の頭があった。
「そうで……えっ? ちょっ、えぇ――――!?」
育ち過ぎだろ! どんなイリュージョンだっ。
「番犬は大きく育つものよ」
意味が解らないことを言い放ち、むんずと俺の首根っこを掴む。
「貴方は選ばれたヘタレなの。さ、村長さんのところに行きましょう」
なんに選ばれたんだか。ヘタレを選ぶ基準はなんだ。
再度、彼女にずるずると引き摺られながらやってきた場所は、村で一番デカイ白い煉瓦の家屋だった。
その内装はシンプル・オブ・ザ・ベストである。目立つ物は木製の丸いテーブルセットに、これまた木製の小さな本棚くらいしかない。ついでに、二階に続く階段があるが、二階は寝室だろうな。階段は言わずもがな木製。言わば、トリプル木製攻撃。木のにほいが仄かにします。
「よく来てくださった」
いやいやいやいや、来たくて来たんじゃないんですー。通学路をのろのろ歩いていたら、マンホールの蓋が消えたんですー。有り得ないと思いましたがー、ガチで消えたんで吃驚しましたー。でも本当は、吃驚する隙もなく、マンホールに落ちましたー。――なんて言えたらどんなに楽か!
村長って言ったから、RPG的にヨボヨボないかにもな村長じいさんを想像していたのに、これ、いかに! どうして筋肉隆々なマッチョなんだよ! イスがギシギシ軋んでるんですけど、大丈夫なんだろうな? イスが壊れて床に尻餅とかベタな展開になるなよ。なるなよ、マジで! いたたまれなくなるから。その場の空気が悪くなるからな!
「ノアから聞いていると思うが、ヘタレさんは私達の救世主。どうか村をお救い下さい!」
ボディービルをやりながらでは、説得力の欠片もない。寧ろ、テカテカと光る筋肉が気になって、話しなんて半分も頭に入ってこないぞ。
「近頃、隣国や本国に盗賊被害が出ているのじゃ。十二キロ先の隣の村は作物を奪われ、村を焼かれた。盗賊団の“テンシタン”によって! アイツ等は隣の村のそのまた隣のさらに隣の洞窟に居を構えている」
盗賊なのに“テンシタン”とかネーミングセンス酷すぎやしないか? 遣っていることは非道だけれど。要するに倒してこいと。おそらくはそういうことだろう。
「ていうか、場所まで解ってんなら討伐に行けば……」
いいんでね? 俺が行く意味なんてなくね? ないよな、うん。
俺は丸テーブルに置かれたカップを手に取り、口に運ぶ。おー、梅こぶ茶の味だ。
「討伐に行きましたさ。行きましたともっ。しかぁし! 負傷して帰って来ただけでしたぁあぁっ! テンシタンは世老《せいろう》使いが多いのです。中には法力も使う奴もいます」
世老? なんだそれは。訳が解らない顔をしているであろう俺に、彼女は口を開く。
「世老は武術のことよ。中には素手でくる人もいるけれどね」
ちょっ、武器使いじゃないかよ! 死ぬし、確実に死ぬし!
「いやー、俺はそういうのはちょっと。母に止められてますんで」
必殺の口から出任せ。咄嗟でも出てくるもんだな。
「そうですか……」
長老はボディービルを止めて肩を落とした。見るからに落ち込んでいるがな。少しばかり良心が痛むが、致し方無い。死ぬよりはマシだ。
「ヘタレ」
彼女――ノアは唇を尖らせ、半目で俺を見遣る。
「ヘタレヘタレヘタレヘタレヘタレエッチヘタレ」
ヘタレだけど、エッチだけども! ――死ぬのは嫌だ。
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