「あと何分?」

「え、知らない」


お風呂から上がって髪の毛をタオルで拭きつつリビングに戻ると、遥は30分ほど前に私が席を立った時と全く同じこたつむりの格好で雑誌を捲っていた。お風呂に入ったために時間感覚があやふやになってしまい新年を迎えるまでの残り時間を訊いてみたものの、ナメクジのような声が返ってきただけだった。お風呂に入る前には賑やかなアイドル歌手のカウントダウン番組を映し出していたテレビも今は消されてしまっている。私は呆れ返った。


「君には大晦日を有意義に過ごそうという覇気とか新年への意気込みとかないわけ?」

「有意義に過ごしてるよ、ほら」


遥が示したこたつテーブルの上を見ると、みかんの皮が2つ載っていた。大晦日にみかんを食べるのが有意義な過ごし方だとでも言いたいのだろうか。
そう言えばこの男は私が夕方ここへやって来た時からずっとこんな具合にこたつでゴロゴロしているが、風呂には入ったのだろうか。風呂に入っていない体で新年を迎えるだなんて私的には有り得ない。本人は「亜希子が来る前に入ったんだよ」なんて言っているが、それも疑わしい。だが今こいつに風呂に入って来いなんて言ったところで動きそうもないし、第一もうすぐ日付が変わってしまう。私は諦めてこたつの遥の隣に座った。


「新年を迎える瞬間くらいしゃんとしなさいよ。もうすぐでしょう?ほら、時計見て」

「んー」


そう言って背中の上のあたりを軽くぺしぺしと叩いてやると、遥はこの上なく面倒臭い、といった様子でのそのそと起き上がり始めた。本当に蝸牛が動いているみたいだ、と私は思った。

やっとこさ起き上がって、2人並んでこたつの一辺に座っている形になる。まだぼーっとしている様子の遥の頬っぺたに軽く一つキスを落としてやると、ふわりと石鹸の香りが鼻腔に届いた。私が来る前に風呂に入ったというのは本当のようだ。遥がふっと笑って、ジーンズのポケットから携帯を取り出して開いた。


「あ、今、いま日付が変わりましたー」


遥の声につられて携帯を覗き込むと、ディスプレイの時間表示はぴったり0:00を示していた。時計の横の日付の表示も1/1に変わっている。
この年齢になれば日付が変わる瞬間に起きているのは珍しくも何ともないし、新しい年になったからといって何か新しい事に充ち溢れているという訳でもない。それでも新たな年を迎えた瞬間というのは多少なりとも改まった気持ちになるもので、隣にいるこの男に新年の挨拶でも、と思った瞬間にはもう遥はこたつむりになっていた。なんだかなあ、と思いながらもそのままの体勢で眠ってしまいかねない遥にタオルケットをかけてやった。


「亜希子?」


タオルケットから顔を出そうともせずに、遥はまたナメクジのような声で言った。ただ今度の声はさっき以上に間延びしていて、本当に今にも寝てしまいそうだ。


「ん、何?」


そう訊きながらも、私も寝る準備をしようとこたつテーブルの上のみかんの皮やマグカップなどを片付けながら立ち上がった。


「あけましておめでとう」





変に空いた間のせいで、私は一瞬変な顔をしてしまった。だがそれもすぐに笑顔に変わった。

今年もまた、この蝸牛だかナメクジだかわからないような男と一緒に過ごすのか。こうやって形容すると、もの凄く嫌だけど。


「今年もよろしくね」





スロースタート

20100122
柴崎


(前サイトに掲載したものを修正)
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