隣に恋人がいる。手を繋いでる。笑ってる。ふわふわと、しかし君は文脈なんてひと欠片もない話をしている。私は何故だかそれがとても嬉しくて、繋いだ手をぎゅっと強く握り直そうとした。
ぱちり、目を開くとそこは暗闇で、余りの暗さに思わず眉を寄せた。
夢。
隣にあるはずの温もりは今は無く、あるのは柔らかく背中を受け止めるベッドの感触と、聴きっぱなしで寝てしまったらしいiPodのイヤホンが右手に当たる感触だけだった。
探し当てようとするように、夢の中で君がいた左側に手を滑らせてみても、その手に当たるものは何も無かった。
時計を見るとam5:58を示していて、もうすぐ起きる時間である事を知る。いつも起きる時間より30分早く起きただけで、外はこんなにも暗いものなのか。
やっと自分が今1人でいる事をリアルに認識し、背中の内側と心臓との間を粉砂糖のように冷たいものが滑り落ちていくような感覚が腹の底に溜まっていった。
1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌
恐ろしい程のスピードで溜まっていくその感覚に、耐え切れずにがばりと身体を起こした。目尻に涙が溜まる。
1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌1人は嫌
そうする間にも溜まっていくそれに完全には支配されまいと、自然と溜まる涙に感情も理性も任せて喚き散らしたかった。だが実際は、小さな掠れた嗚咽が漏れただけだった。
今から会社に行って、嫌でも沢山の人間と顔を合わせなければならないというのにこの感情は、もしかしたら1日中友達と遊んで別れた後よりもずっと強く、まるで世界に自分がたった1人しかいないような錯覚を感じさせていた。
その原因が何なのかは、知らない。
泣いてはだめ、泣いてはだめ、こんなの小さな子供みたいじゃないか。
必死で涙を堪えて寝室のドアを開けると、白いレース地のカーテンだけが取り付けられたリビングの窓から、白みかけた空がいつもの朝のような日差しを此方に送っていて、私はほっと息をついた。
キッチンのドアを開けると、コーヒーの香りが漂っている。彼が毎朝必ず飲む、ミルクたっぷりで甘ったるいコーヒーの香り。
テーブルの上にはちゃんと私の分の朝食が用意してあって、ゆで卵を重り代わりにして(ものすごく不安定だ)メモが置いてあった。
おはよう。
今日は先に仕事行くぞー。
夕飯はハンバーグ希望。
彼の特徴ある「は」の3画目と「よ」の2画目を見て、救われたような気持ちで私は小さく笑った。
そういえば夢の中で、彼はハンバーグの話もしていたかもしれない。
33414
20100219
柴崎
moog