今日は夜から仕事が入ってるから家でごはん食べてから行くね。コーヒーごちそうさま。夜はちゃんと鍵閉めるんだよ。


そう言い残して彼が去った後の部屋には、薄暗い光とコーヒーの残り香ばかりが満ちている。部屋の東側に位置する窓から差し込む青っぽい光は、ぐしゃぐしゃになったベッドの白いシーツを照らしていた。
さっきまでの情事なんて余りにも現実感のない話だ。2つ並んだコーヒーカップと使用済みのあれだけが彼と一緒にいた事の証明のようにテーブルの上にあっても、彼の気配は1ミリも残されていない。

コンドームを置いて帰るなよ。持って帰って捨ててくれたっていいのに。

底にコーヒーがこびりついた2つのカップを睨み付けて、それらをキッチンの流し台に運ぶついでにコンドームを生ゴミに捨てた。

カップをシンクに置いて部屋に戻ると、部屋に満ちている光の色はますます青っぽさを増していて、私はふいに激しい虚無感に包み込まれた。
彼がいないのが悪いのか、この青い光が悪いのか。彼がいた時とは全く表情を変えてしまったこの部屋に1人でいるのが酷く苦しくなった。

ああ、依存性だ。私は何時から1人が嫌いになったんだろう。

私は壁際のベッドに上がった。ぎし、とベッドのスプリングが軋む。
そのまま窓のカーテンを引いてその光を遮断した。途端に部屋の中は光源を失って、ほとんど真っ暗に近いような暗さになる。その中で、何処からか入り込んで来る外からの光だけがテーブルとベッドの影をぼんやりと浮き上がらせていた。




部屋の中に急に音楽が流れる。
大して好きではないアーティストの、だけど歌詞が綺麗で気に入ったから設定している甘い恋を歌ったラブソング。気が付くと、彼が部屋を出てからいつの間にか1時間近くも経っていた。音楽が流れると同時に光り出した青い着信ランプが再び暗闇の室内を照らした。

画面に表示された彼の名前を確認するまでもなく、彼からのメールである事は解っていた。

きっと其処には「ただいま」の文字と、今日私がコーヒーと一緒に出したお菓子の感想でも書かれているのだろう。

そう考えただけで、真っ暗だった思考が急に回路を再開したように嬉しくなっている自分に気付いて、単純だなあ、と呟いて私は携帯電話に手を伸ばした。




ブラックアウト
20100216
柴崎


moog


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