カナコ、と呼んだら彼女は天井から頭を半分出した。プリンがあるよ、おいで、とプラスチックのカップを見せると、ずぶずぶと全身を這い出して大人しく僕の隣に座った。

カナコはユーレイだ。
白すぎる肌や目の下に大きく広がる隈はちょっと不気味だけど、長い髪の毛の隙間からのぞくぎょろぎょろとした目は非常に可愛らしい。普段は天井裏にいて、たまに下に降りてくる。そして、カナコの気分がいいときは少しお喋りをする。

カナコの前に蓋を開けたプリンのカップを置いてやると、ぐちゃぐちゃとおいしそうに食べ始めた。スプーンは使わない。指で、舌で、カナコは実においしそうにプリンを食べた。

「おいしい?カナコ。」

そう聞くとカナコは、おいし、い、と小さく呻くように言って僕を見上げた。今日は調子がいいようだ。やがて、カップは薄い黄色と茶色が混じった食べ残しだらけのゴミになった。

空になったカップを捨てて、プリンがたくさん落ちてしまったテーブルを拭いていると、カナコが甘えるようにすり寄ってきた。これは非常に珍しい。

「どうしたカナコ。」

優しい口調で訊ねると、カナコは、自分がどうしてここにいるのかわからない、と言った。彼女が自ら何か話すというのもやはり珍しいことだった。(いつもは尋ねたことにしか答えないし、せいぜい単語くらいしか話さない。)

「わたしは、いる理由がわからないし、いていい理由も、ないんだよ。」

自分がなぜ死んだのか、なぜ成仏せずにこの世にとどまっているのか、カナコ本人は何も解らないらしい。そして、ユーレイである自分は本当はこの世に存在してはいけないモノであるという認識を持っているらしかった。

ふと見るとカナコの口元にさっきのプリンの食べ残しが付いていたので、僕はそれを親指で拭ってやる。そのままカナコの頬に手を触れると、生ぬるかった。冷たくはないんだな、と言うと、冷たいのはどこかにある私の死体、と言って少し楽しそうに笑った。

「カナコ、ここにいてよ。」

そう言ったら、カナコは不思議そうに小首を傾げた。その拍子にカナコの右目から涙が流れ出る。その涙は、薄い黄色と茶色が混じっていた。

カナコがここにいる理由は、カナコ本人にはわからなくても、僕の中にある。もう一度触れたカナコの頬は、やっぱり、生ぬるい。




真っ逆さま

20110301
柴崎
酸欠さまへ


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